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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第1章:迷子の竜

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「……本当に大丈夫なのか?」

「絶対に大丈夫だと言える確証はありませんが、何があったのか覚えていないようで……名前は覚えているようですが帰る場所はないのだと」


 あれからすぐ、エリアスは家に村長のアイオンと騎士のエイデンを呼び出して状況を説明した。


「はぁ……まるでお前の時と同じだな、エリアス。あの時もお前は瀕死の状態で記憶もなかった。あの河岸に辿り着く者は全員そうなのか?」

「記憶がないと言っても……滞在させて本当に大丈夫なのか?」

「そこは俺も不安だけど、なんせシャロンが……“ととさま”と言って懐いてるんだ」

「ととさま? じゃあ、もしかしてお前の番の旦那か?」


 アイオンからそう聞かれるが、エリアスは首を捻りながらうなじの噛み跡に無意識に触れる。もしも番の相手であれば記憶がなくても会った瞬間に分かりそうなものだが、ヴラドにはDomアルファとしての恐怖しか感じない。


 シャロンが初対面の時点で懐いているのがどうにも理解し難いが、もしかすると本当にエリアスの過去に関係している可能性もある。ただ、ヴラドは『知り合いに似ていた』と言っていたので、関係ない可能性も高いのだ。


「……正直なにも分かりません。あの人が強いDomアルファだとは分かるけど、俺の過去と関係しているのかはちょっと……様子を見るしかないのかもしれません」

「そうか……まぁ、怪我も酷かったし、すぐすぐは追い出せまい」

「ですね。体力が回復したらすぐに村から出ていってもらいましょう」

「騎士団は通常の見回りに加えて、エリアス宅と診療所周辺の見回りを強化します。そのほうが安全に過ごせるかと」

「ありがとう、エイデン。頼むよ」


 エリアスの家は村外れにあるので、巡回を強化してもらえると不安は大分軽減される。日中は家ではなく診療所のほうにシャロンと一緒に連れてくるようにしたら、住人の目もあるのでヴラドも下手なことはできないだろう。


「しばらくは家と診療所の往復で様子を見ます。来てくださってありがとうございました」

「何かあればすぐに呼びなさい。十分気をつけるんだぞ」

「はい、分かりました」

「俺も来がけて様子を見ておくから」

「うん。よろしく」


 アイオンとエイデンが帰ったあと、エリアスはキッチンに立って病人用のスープを作っていた。ヴラドの部屋は一階の奥にあるがシャロンと二人にさせるわけにもいかないので、居間のソファに呼び寄せるとシャロンを膝に乗せながら絵本を読み聞かせていた。


 シャロンは村の住人みんなに可愛がられていて、アイオンやエイデンの膝に乗って絵本を読んでもらうような姿は別段珍しくはない。


 それなのに、ヴラドの膝に乗ってニコニコしているシャロンを見るとエリアスの胸がざわついた。なんだか心の奥底で求めていたような、それでいて警戒しないといけないような、そんな気持ちになる。


「……食事を作ったので、どうぞ食べてください」

「ああ……すまない」

「かかさまのごはんおいしいよ、ととさま」

「そうか。それは楽しみだな」


 エリアスは緊張しながら、スープを飲むヴラドの反応を窺った。彼は一口スープを飲み「美味い」と呟き、続けて何度か口に運ぶ。ヴラドがスープを飲み干す頃、エリアスは彼の髪の毛の一部がざっくばらんに切れていることに気がついた。


「もしかしてシャロンが刃物を使ったりしましたか!?」

「ん……? ああ、気づいた時にはこうなっていた。この子が何かしたというわけではない」

「シャロンがしたわけじゃないなら安心しましたが……もしよければ整えましょうか? 髪の毛は短くなってしまうけど」

「すぐに伸びるから気にするな。ただ伸びるタイミングがおかしくなるから、整えてもらえるなら有難い」

「じゃあ、少し整えますね」


 長い部分は背中の中腹ほどまであるが、短い部分は胸の少し上で切れている。重傷を負った時に切られたのだとしたら、左胸の辺りなので心臓を狙われたのかもしれないなとエリアスは考えた。


 エリアスが髪の長さを整えている間、シャロンは変わらずヴラドの膝の上で絵本を読んでいて、時々言葉の意味を彼に聞いて読み進めている。馬鹿みたいだが、エリアスはまるで『家族』のようだなと思ってしまった。それはきっと、シャロンが彼を『ととさま』と呼んでいるせいだろう。


「……綺麗な髪の毛なのに、もったいない」

「それなら、切れた髪の毛を何かに使うと良い。一応この髪には魔力が宿っているから、薬などに使うと効果が高まると言われたことがある」


 ヴラドから初めての話を聞き、エリアスの瞳が煌めいた。薬に使えそうなことに関しては目がないエリアスは、食い気味に身を乗り出した。


「白い髪の毛には治癒効果があるんですか?」

「煎じる薬草との組み合わせによる。大きな効能としては治癒ではなく抑制剤だ」

「え!? 抑制剤と同じ効能があるということです?」

「ああ、そうらしい。これも組み合わせ次第だが、アルファ用の抑制剤か、Dom用の抑制剤になる。または俺のようにDomアルファの抑制剤だな」


 ヴラドはアルファでDomだからか、どちらかに効く抑制剤になると聞いて、エリアスは真剣な顔をしてメモを取り始める。エリアスは今までオメガかSubに効くような抑制剤ばかりを作っていたので、医者としての興味を引かれた。


「へぇ……! 実験に使ってもいいですか?」

「好きにしろ」

「ととさま、シャロンの髪の毛もおなじ?」

「お前のはどうだろうな、俺とは色が違うから」


 さらり、ヴラドがシャロンの髪の毛を梳く。その手が気持ちよさそうだなと、エリアルは無意識にそう思いながら彼の指の動きを辿った。




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