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結婚式の夜、シャロンはアレクシスとカリーナに任せてエリアスたちは皇帝の寝所で甘い時間を過ごしていた。
「……左目、もう痛くない?」
「ん? ああ……たまに少し。でも、本来なら命をもって償わないといけない身だ。左目だけでいいのかと思うくらいだな」
「そういうふうに言わないで。生かされたなら、バルドにはやらなくちゃいけないことがあるんだよ」
「そうだな……俺の皇后と一緒に皇帝の責務を果たしていこうと思う」
広いベッドに寝転がっているバルドの左目にエリアスはそっと触れる。普段は眼帯をしているが、眠りにつく時は外してほしいとエリアスが懇願したのだ。
閉じてしまっている左の瞼に優しく口付けると、エリアスの腰を抱いているバルドの手がぴくりと反応した。
「……なくなったものは俺の能力でも回復できないのが惜しい」
「神竜ではないのだから、できないことがあって当たり前だ。これ以上の傷が広がらなかったのはお前とシャロンのおかげなのだから、それを誇ってくれ」
「うん……」
バルドの傷を見るたびにしゅんとしてしまうエリアスだが、バルドはいつも目の傷と腹の傷のことをエリアスとシャロンのおかげで助かったのだと言ってくれる。
エリアスに小さく口付けながら、バルドはエリアスの細い手を自身の腹の傷に添える。ぐりぐりと額を押し付けながら「この傷もお前が救ったものだ」と呟くと、エリアスはぎゅっとバルドに抱きついた。
「……この傷をつけた子が住んでいる領にも色々な支援をしているけれど、領主だった父親の代わりにその子が領主になったみたいだね」
「ああ。時折足を運ぶようにしているが……彼はきっと立派な領主になるだろうな」
バルドが初めてヴェルデシア村に来た時に負っていた腹部の傷は、ネレイシア王国との国境付近での戦いの際にまだ幼く見える少年から刺されたものだと王宮に帰還してからエリアスに話してくれた。
その少年の父親は帝国内の領を治めていた領主だったのだが、ある戦いに巻き込まれて亡くなったという。父親が亡くなったのはバルドのせいだと復讐心に燃え、戦いの混乱に乗じてバルドを刺したのだ。
ただ、バルドが助かったのはエリアスとシャロンの力だけではなく、アレクシスの力もあったからである。バルドが刺され、体勢を崩して崖から転落する寸前に微量だが回復魔法を施していたらしい。
しかもアレクシスは何かあった時のためにと村長たちに連絡を取っていて、川に転落したバルドの救助をすぐにしてもらったのだとか。
もちろんバルドもエリアスと同じで、皇帝の指輪が落下ダメージを軽減してくれたのだという。ただ、お腹の中にシャロンがいたエリアスとは違いバルドの指輪は体内に残ることなく、役目を終えたらその場に取り残されてしまったのだ。だからその後、アレクシスが指輪を回収したのである。
「あの子に……民に赦されるよう、努力するつもりだ」
「バルドならきっと大丈夫。なんせ俺がついてるから」
「ふは、頼もしいな、俺の皇后は」
エリアスの細い顎を掬われ、熱い唇が押し付けられる。くちゅ、と小さな水音と共にバルドの舌が絡んできて、エリアスはだんだんと息が上がってきた。
「ん……ねぇ、あの……」
「どうした?」
「今更こんなことを聞くのは、おかしいかもしれないんだけどさ」
「なんだ。聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれ」
「……シャロンのこと。本当にバルドとの子だって、信じてくれてる?」
実はずっとエリアスの心に引っかかっていたことだ。バルドから何度か『シャロンの父親は誰だ』と聞かれその都度バルドだと答えてきたのだが、記憶を失う前もバルドに妊娠を告げていなかったので、本当に信じてくれているかどうか不安に思っていた。
エリアスがおずおず聞くと、バルドはきょとんとしていた。そしてエリアスの質問をようやく理解したのか「大馬鹿者だな、俺は」と言って、エリアスの体をぎゅうっと抱きしめた。
「不安にさせたか」
「そ、ういうわけじゃ、なくて……俺のほうが不安にさせてるかも、って」
「俺が何度かそう聞いたからだろう? 余計な心配をさせた」
「ちが……3年前、バルドと口喧嘩をした頃は安定期に入っていなくて黙ってたのが悪かった。妊娠への不安と、皇后として何もできていない焦りとか色々なことが重なって、理不尽にバルドに当たっただけだから……ちゃんと伝えていたらよかったって後悔してる」
エリアスはバルドの胸に頭を押し付けながら、これまでのことを振り返る。今更、あの時こうしていればよかった、と後悔をしても過ぎた時間は戻らない。
時間も、人も、関係も、出来事も、過ぎ去ったあらゆることは、きっとこれからの未来のために起きたことだったのだと思うようにした。
「もちろん、シャロンの出産に立ち会えなかったこと、3年の間子供の存在を知らなかったこと、何よりお前の気持ちに気がつけなかったことを俺も後悔してる。こう言えば聞こえがいいが、俺たちにとっては必要な3年間で、必要な出来事だった。……一人にさせて悪かった。一人でよくシャロンを護り、育ててくれたな。俺は本当にエリアスのことを誇りに思う」
バルドがエリアスの両頬を包み込み、真っ直ぐに見つめた。バルドの素直な気持ちを聞いてエリアスの小さな胸はいっぱいになり、バルドに対しての『愛』が溢れてくる。
エリアスはまた視界が滲んでくるのを感じて、鼻の奥にもツンっと痛みが走った。バルドの腕に抱かれながら、この人の隣ならばずっと一緒に歩んでいけるだろうと、エリアスはやっと一人ではないと感じて安堵した。




