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「〈おいで〉」
シャロンが眠ったあと、エリアスは耳元でコマンドを囁かれて皇后の部屋へと足を進めた。
「アレクシスを赦してくれたこと、感謝する」
ベッドの上でエリアスを抱きしめるバルドは胸元に顔を埋め、心の底から振り絞ったような声を出す。その言葉は少し震えていて、エリアスはそっとバルドの頭を撫でた。
「……お礼を言われることじゃないよ。むしろ、アレク以外の命を失ってしまった。あの三人もこれからの未来には必要だったはずなのに」
「しっかりと弔ったから、きっと分かってくれるはずだ。ヴェルデシア村の住人たちも理解してくれたからな」
ヴェルデシア村の村長・アイオンたちの死後、王宮に勤めている古代魔法に詳しい神官を連れてエリアスとバルドはヴェルデシア村を訪れた。
住人たちにかけられていた古代魔法である記憶操作の魔法を解除してもらい、もともとヴェルデシア村に住んでいたと錯覚していた住人たちの記憶を戻したのだ。
ヴェルデシア村に住んでいた時の記憶も、帝国から追い出された様々な事情のことも思い出した住人たちだったが、全員変わらずヴェルデシア村で暮らしていきたいとエリアスたちに話をしてくれた。
エリアスとバルドはこれらの帝国の未来の話をし住人たちの理解を得て、これからもっとよりよい村にするための計画をしている最中である。
そして、エイデン――ルイスやジェラルド、そしてスザンヌたちの墓はヴェルデシア村の中で年中綺麗な花が咲き誇る場所に建てた。帝国にいた頃の名前と存在ではなくヴェルデシア村に存在した一人の人間として、エイデンとアイオン、マリアベルの名前を墓石には刻んでいる。そのほうがきっと、あの三人も浮かばれるだろうとエリアスが提案したからだ。
「俺のほうこそ、バルドにお礼を言いたい」
「なぜ?」
「エイデンたちのことを赦してくれてありがとう」
あの三人が王宮にいた頃、それぞれが何かしらの問題を抱えていた。たとえエリアスが赦したとしても皇帝であるバルドが赦さなければ、三人の体は墓の下に埋められることはなかっただろう。
「お前を護っていた3年間を考慮した結果だ。御者が残していた資料のおかげで密輸人も取り締まることができたし、侍女がお前の献上品に手をつけていたのは生まれ育った孤児院に金を送るためだっただろう? 全てを赦すわけにもいかないが、全てを悪だと言うわけにもいくまい。……あの男の、お前への思慕も」
記憶を失くす前のエリアスの専属騎士だったルイスの想いと、ヴェルデシア村でエイデンとしてエリアスのパートナーだったエイデンの気持ちと行動に関してもバルドは赦すと言ったが、その割にはあまり納得していない顔をしている。
冷静に考えてみれば、記憶がないとはいえ自分の伴侶が違う男と性的なことをしていたのだから、バルドにとっては複雑な気持ちだろう。
それが分かるのでエリアスが小さく口付けると「俺の皇后は機嫌を取るのが上手い」と言いながら、ベッドに柔らかく押し倒された。
「……でも、皇帝陛下も人のこと言えないのでは?」
「俺に、どんな文句があるんだ?」
「俺が王宮にいる時もいない時も、アベルの相手をしてた」
バルドとアベルは運命の番同士で、本来なら二人が正式に結ばれて皇帝と皇后になるはずだった。普段はお互いに強い抑制剤を服用してフェロモンを抑えていたようだが、アベルの発情期の時にはバルドが相手をしていたのだ。
エリアスも了承していたことだとはいえ、エイデンとのことを持ち出されるとエリアスはムッと唇を尖らせた。
「それは、まぁ……お前にもアベルにも配慮がなかったと思う。すまなかった」
「本気で怒ってるわけじゃないけど、赦してあげる。俺との出会いのほうがイレギュラーだったわけだし」
「なにを言ってるんだ。お前との出会いのほうが、俺には運命だった」
こつんっと額を合わせてバルドと見つめ合うと、なんとも言えない甘い空気が流れた。
――こんなにも幸せでいいのかな。
ヴェルデシア村で暮らしていた時も、記憶を失う前も、こんな幸せが待っているなんてエリアスは想像したことがなかった。
もちろん結婚した頃からバルドのことを愛していた気持ちは嘘ではないが、あの時はお互いに距離があったのは事実。3年間の空白は、二人にとってもアルバディア帝国にとっても必要なことだったのだろうと今なら思えるのだ。
「〈俺のことをどう思ってる?〉」
目を合わせながらそう問われると、脳に電撃が走った。それは甘い痺れで、エリアスの体の全てをバルドに支配されているような感覚。
エリアスはそっとバルドの頬に触れ、彼の形を確かめるように輪郭をなぞった。
「――愛してる。愛という言葉では足りないほど、バルドのことを愛してる」
愛という言葉はどんな宝石よりもキラキラと輝いていて、尊いものだと知った。
どれだけ金を積もうとも本物の愛は手に入らないし、見せかけの愛はすぐに綻びが生じる。
でも、バルドからの愛は違ったのだ。
今も昔も、彼だけの愛はエリアスを信じさせてくれたから。
「お前は俺のものだ、エリアス。お前にとってもそうだと言ってくれ」
「うん……バルドはずっと、俺だけのもの。俺にしか発情しないで、命令しないで……俺のDomアルファ様」
交わした熱い口付けは、涙の味がした。




