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「――二度も皇后陛下を、そして皇帝陛下や第一皇子の命を危険に晒したこと、深くお詫びいたします。いかなる処分もお受けします」
謁見の間に膝をつき頭を下げているのは、先日やっと目覚めたアレクシスだった。随分と長い間眠っていたので体はすっかり痩せ細り、頬はこけ、見るからに痛々しい。
バルドは溜め息をつき、隣に座っているエリアスをちらりと見やった。
「どんな処分も受けるそうだ。お前が決めてくれ、エリアス」
エリアスは「ふむ」と言いながら、顎に手を当てて考えた。
「ではとりあえず、人員不足なのでアレクシスは皇后付きにしてください」
「決めていいとは言ったが、こちらもアレクがいないと仕事にならん。他のことにしてくれ」
矛盾したことを言うバルドにエリアスは顔を歪め、バルドに聞こえるように盛大な溜め息をついた。
「陛下、もうお忘れですか? アレクは俺と共にヴェルデシア村の建設計画を命じられました。それに、病み上がりで陛下付きに戻すのはまた倒れる原因になりかねません。あなたには別の侍従をつけますので、アレクは俺のほうに」
「先日も言った気がするが、敬語はやめろ。距離を置かれているみたいで好きじゃないと言っただろう」
「この場で皇帝陛下に不躾な口調で話をする皇后なんて大陸中探してもいませんよ」
「ではお前が最初の皇后になればいい」
「あの、お二人とも……」
エリアスとバルドはアレクシスを取り合っていたのに、いつの間にか二人の甘いやり取りを見せられたアレクシスがおずおずと声をかける。エリアスたちはきょとんとした顔でアレクシスを見つめ、今度は彼のほうが溜め息をつく番だった。
「私が言っている“処分”は、すなわち処刑のことです。第一皇妃をはじめとするウィリントン家は族誅されたと聞きました。……私もそうなるべきかと」
「襲撃された日にも話したが、お前にはアルバディア帝国の未来のためにやってほしいことがある。それとも、皇后を狙ったのはお前の考えだったのか? 今でも、隙があれば俺や皇后を殺そうという意思が?」
バルドが鋭い声でそう聞くと、アレクシスは慌てて首を左右に振った。
「そんな意思はございませんッ! 私の命は皇帝陛下と皇后陛下、そしてアルバディア帝国のためでしたら捨てる覚悟です!」
「……命を捨てるのではなく、これからはあなたが“拾う側”になってくれ、アレクシス」
「皇后陛下……」
アレクシスが眠っている間に、エリアスは彼の出自を調べていた。アベルの刺客から襲撃された日、アレクシスは自身が混血だから勘当されたと話していたのだ。
それが事実なのかどうかを調べると、アレクシスは確かに貴族の家の出身だったのが分かった。混血竜だから家の役に立たないと罵られ勘当され、バルドの直属の侍従として働き始めてからは毎月のように実家から金をせびられていたらしい。
どこからアレクシスが王宮で働いているのが漏れたのかは分からないが、彼は勘当されたにもかかわらず毎月大金を仕送りしていた記録が残っていた。
昏睡状態が長く続き、もしかしたらもう命を落とすかもしれないとエリアスも心配していて、一か八かアレクシスの実家にその旨を伝えたことがあった。
すると『死んだら財産を一つ残らず送ってくれ』とだけ書かれた手紙が送られてきて、エリアスの堪忍袋の緒が切れたものだ。その時にアレクシスは眠っていたが、もう二度とアレクシスに連絡するなと絶縁状を送りつけたのは言うまでもない。
そもそも勘当されているので絶縁もされているのだが、改めて今後もう二度とアレクシスに関わらないように皇后の権限を使って誓約書も書かせたのだ。
「この国の未来を変えたいのは本心だろう? 辛い思いをしてきたアレクなら、全ての者の気持ちが分かる唯一になれると思うんだ。俺にもその手伝いをさせてほしい」
「……本当に、私なんかでよろしいのですか……?」
「お前じゃないと務まらない仕事だと言ってるだろう。この国を豊かにするため、アレクの力が俺と皇后には必要なんだ」
バルドとエリアスの言葉を聞き、アレクシスの瞳には涙が溜まった。涙が溢れるのを必死に堪えるアレクシスは鼻の頭を真っ赤に染め、何度かぐすっと鼻を啜りながらもう一度深く頭を下げた。
「この命を賭して、皇帝陛下と皇后陛下と共にアルバディア帝国を良き国に導きます」
「――ああ。頼んだぞ、アレク」
「これからよろしく。病み上がりだろうけど、仕事が山積みなんだよね」
「何なりとお申し付けください。休ませていただいた分、馬車馬のように働きます」
「とろこでだ、アレク。相談があるんだが……」
「ご相談ですか?」
アレクシスの処遇が決まったところで、エリアスとバルドは顔を見合わせてお互いに少し頬を染める。バルドがそっとエリアスの手を握りしめると、じわりと甘い熱が伝わってきた。
「俺たちの結婚式を、今度は民の前でやりたいと思っているんだ」
「そ、それはとても……素晴らしいことだと思います……!」
「今更かなとも思ったんだけどね。これからはきちんと、俺がアルバディア帝国の皇后だってみんなにも知ってほしくて」
最初の結婚式は、バルドと二人きりだった。美しい装いのエリアスを誰にも見せたくないからと、エリアスの両親ですら式には呼ばなかったのだ。
バルドとエリアスだけが神官の前に立ち、二人だけで神に誓い合った。だからほとんどの者はエリアスが皇后とは知らず、顔も名前も知らない状態である。
今では復興支援や医療支援によって皇后の名が知られてきているので、このタイミングしかないと二人で話し合って決めたことだ。
「混血の皇后は、これからの未来の希望になります。きっと……きっと、お二人は歴史に名を残す皇帝と皇后になるでしょうね」
アレクシスの言葉に、エリアスとバルドは顔を見合わせて優しく微笑んだ。




