5
アベルの断罪から数日後。
目が覚めたバルドに呼ばれ、エリアスは皇帝の寝所を訪れていた。
「〈来てくれ〉、エリアス」
起き上がってヘッドボードに背中を預けているバルドにコマンドを出され、部屋の入り口に立っていたエリアスの足がようやく一歩を踏み出した。バルドのコマンドに従ってベッドに腰掛けると「そこじゃないだろう?」と言われたが、エリアスはぷくっと頬を膨らませて抗議をした。
「……傷に障る、から」
「足や腹に怪我を負ったわけじゃない。〈来なさい〉」
「う……」
コマンドを出されてはエリアスに拒否権はない。ぽんぽんっと自分の膝を叩くバルドの上に渋々座ると、ぎゅうっと抱きしめられた。
「はぁ……久しぶりにお前に触れた気がする」
「ん……そうです、ね」
「……おい、なんだその喋り方は。よそよそしいな」
「えっと、だって、あの……」
「なんだ? 〈はっきり話してみろ〉」
今度はバルドのほうが拗ねたような顔をして、エリアスは言葉に詰まった。こうしてバルドと二人きりになるのは本当に久しぶりで、まだどうやって彼と接していいのか分からずに緊張しているのだ。
「記憶が、戻ったので……」
「昔の記憶が?」
「はい。襲撃された際、アレクシスが気を失う前に記憶操作の解除をしてくださいました」
「そうか。それはよかったと言いたいが……俺に敬語を使うお前をあの頃は初々しいと思ったが、今はもうあまり好きじゃない」
バルドと結婚する前のエリアス・アーノルトだった時の記憶も、結婚をして皇后になってからの記憶も全てをエリアスは思い出していた。だからこそアベルの不正な動きも思い出して調べることができ、名もなき皇后なりに威厳のある振る舞いを心掛けたのだった。
以前のエリアスはバルドに敬称をつけて呼んでいたし敬語を使っていたのだが、距離があるようなエリアスの態度をバルドはお気に召さないらしい。不機嫌そうな顔をしてぐりぐりと額を押し付けるバルドを見ると、あまりにも愛おしくてエリアスの小さな胸はきゅうっと締め付けられた。
「……皇后に馬鹿にされている皇帝だって言われても知らないから」
「俺はお前に弱い。そう言われるのなら本望だ」
「ばか……」
「なぁ、エリアス。〈口付けをしてくれ〉」
バルドからとびきり甘い声で強請られて、エリアスはごくりと唾を飲み込んだ。そっとバルドの頬を包み込み、顔を傾けながら赤い唇に吸い付いた。
ヴェルデシア村でバルドと会った頃はぎこちない口付けが、今ではすっかりエリアスも慣れてしまった。
ちゅっとリップ音を鳴らして離れると、欲にまみれた緋色の瞳がじっとエリアスを見つめていた。
「――愛してる」
バルドの瞳を見つめていたら、エリアスの口から自然とそんな言葉が紡がれた。唾液で濡れているバルドの唇が驚きに薄く開き、あまりに突然のことだったからかきょとんとしている。
つい言葉が出てしまったエリアスは自分が何を言ったのか理解した途端にぶわりと全身を赤く染め、バルドから離れようとしたが大きな手に阻まれた。
「……なんだって?」
「ちょ、は、離して!」
「もう一度その言葉を聞くまで離さない。なんて言ったんだ?」
「やめ、意地悪しないでよ……」
形勢が逆転し、エリアスはいつの間にかバルドに押し倒されていた。両腕を押さえつけられているので真っ赤になった顔を隠すこともできず、逃げることもできない。
恥ずかしさに震えている唇をバルドから噛まれると、自分の意思とは反対にぞわりと興奮が襲ってきた。
「“今”のエリアスの言葉で聞かせてくれ」
あえてバルドはコマンドを使わず、エリアスの気持ちに任せてくれているのが分かった。そうは言っても逃げられる気はしないのだが、バルドがエリアスの言葉や気持ちを待ってくれているのを痛いほど感じる。
思えば、出会ってからのバルドはずっとエリアスを求めてくれていた。
結婚してからも『何もしなくていい』とバルドが言ったのは、本当にただ自分の側にいてほしかったからだろう。
そしてエリアスが失踪してから3年の間も探し続け、ヴェルデシア村で再会してからのバルドは自分自身ともエリアスとも向き合って次の『愛』のステージに歩みを進めたように思える。
その変化を側で見てきたエリアスも、バルドと共に次のステージへ進まないといけないと覚悟は決まっているのだ。
「愛してる、バルド……」
「……ああ」
「すごくすごく愛してる。俺を見つけてくれてありがとう」
緋色の瞳から溢れてきた涙をそっと掬うと、純白のカーテンが揺らめいてエリアスに降り注いだ。




