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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第7章:聖なる証人

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 バルドが裁きの間に入ってくると、大臣たちが一斉に立ち上がって頭を下げる。コツコツと足音を鳴らしながら近づいてきたバルドは、エリアスの隣に座っているシャロンの頭に唇を落として「いい子だったな、シャロン」と言いながら頭を撫でた。


「それで、俺の皇后は一人で何を頑張っているんだ?」

「……陛下のお力を借りずとも、俺だけで解決できます。安静にしていてください」

「片目を失っただけだ。体はぴんぴんしてる」


 するりとエリアスの肩にバルドの手が触れ、頬に唇が押しつけられた。バルドの行動により、エリアスの目の前にいるアベルが鋭い視線で睨みつけている。バルドはアベルの視線をよそにエリアスの隣に腰掛けた。


「アベル・ウィリントンの断罪か。これは見ものだな」

「遊んでいるわけではありませんよ、陛下」

「そんなにカリカリするな、エリアス。それで? 今は何について話をしていたんだ?」

「国庫金への着服の件です。皇后の名を使い、寄付に見せかけて横領していることを指摘していました」

「そうか。では俺のほうで、先日の襲撃に使われた矢のことについて話をしよう」


 バルドが矢の話を持ち出すと、アベルの体がびくっと震えた。


「矢尻に塗られていた毒の成分と入手ルート、そして矢自体に込められていた威力増幅の魔法について分析を行った」


 バルドは持ち手と羽根の部分が赤く染まっている矢を取り出してアベルの目の前に差し出す。その矢をちらりと見やったアベルはすぐにふいっと顔を逸らした。


「毒はベレスティアム同盟領から密輸された特殊なもので、体力が並外れている獣人や竜人を殺すことに適したものだと分かった。そして、その毒を依頼し手に入れたのはアベル・ウィリントンの侍女ということも」

「で、でたらめです。うちの侍女がそんなことをするわけが……」

「毒の件は何とでも言い訳ができるかもしれないな。ただ、矢に込められた微量な魔法はどう説明をする? あれは代々ウィリントン家の者にしか受け継がれない増幅魔法だ。役目を終えたら消えるように仕組まれていたようだが……詰めが甘かったな。負傷した俺の眼球とアレクシスの傷口から魔力を感知した」


 実は、帰還後に処置をしていた際「傷口から微量な魔力が」と王宮医師が魔力を感知していた。その魔力を分析した結果、『威力増幅』魔法だと分析されたのである。


 この魔法は傷の損傷や毒の威力も増すように施されるもので『戦いの象徴』とされている赤竜のウィリントン家の者に代々伝わるものだと分かったのだ。


 襲撃された時のバルドとアレクシスの怪我は酷いものだったので、エリアスの治癒能力では止血が精一杯だった。解毒はできたが、傷口に関してはそれ以上酷くならないように進行を止めていたといったほうが正しい。


 だからなのか、本来は魔力が残らないように細工されていた魔法もわずかに残ってしまったのだ。


「これ以上黙っていても状況は悪化するだけだ。認めて罪を償うのなら、少しは譲歩してやる」


 バルドの言葉を俯いたまま聞いているアベルはぶつぶつと何かを繰り返していて、エリアスが瞬きをした間にアベルは真紅の竜に姿を変えていた。


「……お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ! お前があの時死んでいたら、こんなことにはならなかった! ずっと陛下のお側にいた運命の番なのは私なのに、なぜお前のような卑しい混血が皇后なんかに……! 私の居場所を返せ! 私から全てを奪った卑しい混血竜めッ」

「アベル、やめてくれ! お前が恨むとしたらエリアスではなく俺だ。お前から居場所を奪い、尊厳を踏み躙った。俺も謝っても遅いことは分かっているが、まだ引き返せる」


 竜の姿で咆哮するアベルの前に、純白竜の姿になったバルドが立ちはだかる。恐ろしい顔をしてこちらを睨みつけているアベルにバルドの言葉は届いていないのか、金色の瞳には怒りと憎しみだけが浮かんでいた。


「陛下もろとも死ぬがいい――ッ!」


 怒りに震える真紅の竜は口の中に赤いエネルギーを溜めた。その矛先は言わずもがなエリアスで、シャロンを守る背に攻撃が放たれそうになった。


 ただ、エリアスが想像していた痛みや苦しさは感じない。硬く瞑っていた目をそっと開けると、純白の竜がアベルの喉元に噛み付いていた。


「ぐぁ、あぁぁー……っ」


 喉元に噛みつかれてバランスを崩した真紅の竜が倒れると慌ててやってきた大臣たちに拘束具をつけられ、アベルは人の姿に戻った。


「へいか……わたしは、あなたにとって……」


 隻眼の純白竜もバルドの姿に戻り、意識を失いかけているアベルを苦しそうな顔で見つめている。血だらけのアベルは震えながらバルドに向かって腕を伸ばしていたが、彼がその手を取ることはとうとうなかった。


「――バルドっ」


 体調が万全ではないのに無理をしたからか、人の姿に戻ったバルドがふらりと倒れる。荒い呼吸を繰り返しているバルドは発熱もしていて、左目が痛むのか無意識に包帯を外そうとしていた。


「皇帝陛下を寝所へ!」


 エリアスが叫ぶと衛兵たちがバルドを抱えて裁きの間を出て行った。カリーナに頼んでシャロンも連れ出してもらい、残ったエリアスは倒れたままのアベルの元へゆっくりと向かう。取り囲んでいた大臣たちが道を開け、エリアスはアベルの前に屈み込んだ。


「何か、言い残したいことはありますか」


 そう聞くとアベルは失笑する。血で赤く染まっている口元に笑みを浮かべ、金色の瞳がエリアスを睨みつけた。


「お前のような卑しい混血竜に言い残すことはない。私はきっと、死んでもお前を恨み続ける……せいぜい、混血の名もなき皇后だと笑いものになって生きるがいい。エリアス・ストックデイル・アルバディア」


 エリアスに恨み言を残したアベルは、そのまま息を引き取った。




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