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「――ただいまより、皇后陛下エリアス・ストックデイル・アルバディア様のご意向により第一皇妃アベル・ウィリントン様の裁判を開始いたします」
裁きの間と呼ばれる部屋の中にはエリアスとアベルが向かい合って座っており、その二人を取りまとめる裁判官が一人と、判決を下すための大臣たちが出席していた。
アベルは牢に閉じ込められていたにもかかわらず、久しぶりに姿を見ても痩せ細っていたりやつれている様子はなく、エリアスを地下牢に閉じ込めた時と同じように健康的な姿を見せた。
そして、彼からはどことなく余裕の雰囲気を感じる。何があっても構わない、というような態度で臨んでいる姿勢のアベルをエリアスは冷静に見つめた。
「第一皇妃のアベル様には、皇后陛下を不当な理由で処罰しようとした罪、皇后陛下の殺害の指示疑惑、そして皇帝陛下を含め第一皇子とその側近の殺害指示の疑惑が浮上しております。これらについて何か弁明はございますか?」
「弁明もなにも……確かに皇后陛下を偽物だと勘違いし、牢に閉じ込めてしまったことは事実です。その件についての処分はいかようにも受け入れますが、その他の件に関しましては事実無根です。言いがかりも甚だしい」
裁判長の質問に淡々と答えるアベルは、3年前のエリアスの殺害指示や先日の件に関してはシラを切ることを決めたようだ。アベルの顔に穴が開きそうなほど真剣にエリアスが見つめていても全く動揺の色を見せず、あくまで自分はエリアスを偽物だと勘違いした件のみが事実だと言い張っている。
そんなアベルの態度にエリアスは溜め息をつくが、こうなることは予想していた。
「皇后陛下、何かお話したいことはございますか」
「もちろん。裁判長の言った三つの出来事に関して、第一皇妃が関わっていないとは思えませんから」
「そうおっしゃられるのなら、もちろん証拠をお持ちなんですよね? 皇后陛下」
アベルが挑発的な視線と口調でエリアスに話しかけ、彼の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。そんなアベルの挑発には簡単に乗らないエリアスは、姿勢を正し直して弁明を始めた。
「まず、3年前の皇后殺害指示についてです。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、皇后である俺と皇帝陛下は些細な言い争いをした末、俺が王宮を飛び出しました。それから3年間、失踪したと言われていたと思います」
「お言葉ですが……先日、バルド皇帝陛下は“皇后陛下は出産のために帝都を離れていた”とおっしゃっていましたよ? それは事実とは異なるということでしょうか」
アベルは勝気な笑みを浮かべ、エリアスを見つめる。だがエリアスは強い決意を胸に、動揺を表に見せないように振る舞った。
「……3年前に出産をしたのは事実ですが、仕組まれた失踪劇だったのです。第一皇妃から殺害の指示をされた侍女や侍従そして御者の三人が、殺害したと見せかけて逃がしてくれたので今も生きてここにいます。シャロン皇子もそのため助かりました」
「にわかには信じがたいお話ですね。私を陥れるための嘘だと思われます」
「嘘ではありません。この耳でその者たちから話を聞いたのです」
「では、今すぐこの場に連れてきてください。皇后陛下のお話を裏付ける大事な証人ですよね?」
証人の話を出されると、エリアスは思わず口をつぐんだ。なんせ、真実を話してくれたあの三人は既に永遠の眠りについてしまったのだ。
「……話を聞いた後、その者たちは襲撃されて帰らぬ人となりました。ただ、襲撃した犯人たちは捕えています。尋問では“第一皇妃に命令されてやっただけだ”と」
「そんな証言、なんとでも言えますよね」
アベルは鼻で笑った。いくら犯人たちの証言があるとしても、それを裏付ける証拠がないのだから確実ではないのは明らかだ。
実はバルドもアレクシスも昏睡状態のままでいまだに目を覚さない。どちらかが起きてくれたらよかったのだが、黒幕と思われるアベルをのうのうと野放しにしておくわけにもいかないのでエリアス一人だけでも裁判を試みた。
バルドもアレクシスも一命を取り留めたが、アレクシスに関しては射抜かれたのが心臓の数ミリ上だったこともあり、損傷によるショック状態が続いているとエリアスは診断した。
バルドは射抜かれた左目は回復しなかったが血を流しすぎたので、体が守りに入っているのだろう。目を失ったことでかなりの高熱が連日続いているが、バルドの体もなんとか保っている状態だ。
二人ともヴェルデシア村で処置をしたあと、少し状態が落ち着いたので王宮へ帰還した。万全な医療体制が整っている環境でも目を覚さないのだから、このままもしかすると――なんてことを考えると、エリアスの胸には不安が渦巻く。
だからこそ、その分までエリアスが一人でアベルと戦わなければならない。バルドやアレクシスが目覚めた時には新しいアルバディア帝国の幕開けと言えるような、クリーンな状態にしておくのが『皇后』であるエリアスの役目だと考えた。
「証人はいませんが、証言ならできます」
「証言? 誰のどんな証言か知りませんが、この場に出てこられない者の証言なんて無いのと同じですよ」
「では、言い換えましょう。証人は俺です。アルバディア帝国の皇后、エリアス・ストックデイル・アルバディアが証人となります」
――笑っていられるのも今のうちだ、アベル。
エリアスとアベルの間にはバチバチっと火花が散った。




