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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第6章:記憶と選択

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 ――どうしたらいい? どっちから? そもそも俺の治癒能力で解毒できるのか? このままだと二人とも死ぬ、死んでしまう、どうしたら……っ!


「エリアス!」


 エリアス目掛けて飛んできた弓矢に気がついていなかった。なす術もなくエリアスもその毒牙に貫かれるかと思っていたが、毒に侵された体を引き摺ってきたバルドが剣を抜いて矢を叩き落とした。そして、倒れているアレクシスの剣を引き抜いて森の中を目掛けて槍のように投げると「ぐぁぁあッ」と悲痛な叫び声が聞こえた。


「バルド、動かないで! 動いたら毒の回りが速くなるから……!」

「死んでも俺はお前を守る。お前とシャロンだけは、絶対に死なせない」


 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返すバルドは左目から血を滴らせ、地面に血溜まりを作る。強靭な精神力で保っているだけだろうが、バルドの背中を見るとエリアスの視界は涙で滲んだ。


「かかさま、ととさま!」

「シャロン! こっちに来たら駄目だ――っ」


 奇跡的に弓矢の攻撃を逃れたカリーナの腕の中にいたシャロンが、アレクシスの治療を進めているエリアスとそれを守るバルドに向かって駆けてくる。その間にもシャロンの頭上には弓矢の攻撃が降り注ぎ、エリアスは目を見開いて叫んだ。


 ただ、その弓矢たちはシャロンの体を貫かなかった。驚くべきことに、それらはすべてシャロンに当たらず宙で跳ね返ったのだ。


「……防壁魔法か!」


 バルドが驚いたように呟く。どうやらシャロンの特別な力は治癒能力や古語だけではなく、身を守るための防壁魔法も備えているようだった。


「シャロンが守るのっ!」


 二人の側に駆けて来たシャロンは小さな竜の姿になると、エリアスたちの周りが光り膜が張られたのが見えた。


「カリーナ、こっちへ!」


 一人離れていたカリーナを呼び寄せると、彼女もシャロンの防壁の内側に入ることができた。きっと、今まで攻撃を逃れていたのは奇跡ではなくシャロンの能力によるものだったのだろう。


「防壁魔法を使えるのなら、安心……だ……」

「バルドッ! 駄目だ、目を閉じちゃ駄目!」


 体力の限界がきたのか、バルドは膝から崩れ落ちる。アレクシスの止血を終えたエリアスがすぐに支えると、心臓の脈拍が事切れそうになっているのが分かった。


「エリアス様、王宮へ向かわれますか!?」

「このままじゃ間に合わない! 王宮まで急いでも、このままじゃ……っ」


 バルドもアレクシスも、急いで処置するべきなのは解毒だ。ただエリアスの治癒能力には解毒の力はない。今の所持品に解毒薬もなく、王宮まで行ったとしても二人の体が持つかどうか怪しい状況だ。


「――ヴェルデシア村に行く。村の診療所には俺が作った解毒薬がある!」


 ただ問題は、ここからバルドとアレクシスの体を引きずって移動しないといけない。エリアスがバルドを運ぶとしても、完全に意識を失っているアレクシスの大きな体をカリーナが支えるのは無理があった。


「エリアス! これは一体どういうことなんだ……!?」

「え……っ!?」

「村長に指示されたから来てみれば、なんでこんなことに!?」

「攻撃してきていた怪しい奴らも全員捕えたぞ!」


 絶望的な状況で現れたのは、ヴェルデシア村の住人たちだった。


 全員武器を持っていて、エリアスたちを襲撃した犯人までも捕えたらしい。その中の一人が「村長から、何かあればエリアスに渡してほしいと言われた」と、差し出したのはエリアスが調合した解毒薬だったのだ。


「何か悪いことが起きると思うから――そう言って、俺たちにあとを託していたんだ」


 エリアスが記憶を取り戻すため、現場検証をすることはアレクシスから伝わっていたのだろう。彼らの経験上、襲撃されるのも見込んでいたのかもしれない。


「ありがとう……!」


 三人の命は救えなかったが、バルドとアレクシスはまだ息がある。ここで二人とも死なせてはいけないのだと、エリアスは解毒薬を彼らに服用させた。


「脈拍が戻った、けど……」


 解毒は成功したようだが、二人とも大量に血を失っているので目を覚ます気配はない。どちらにせよ一刻を争う状態で、危機が去ったとは言えなかった。


「――このまま王宮へ帰還する。そこで処置をしないと二人とも危ない」

「エリアスたちの御者もすでに……俺たちが連れて行ってやるから安心しろ!」

「シャロン、道中も防壁魔法は使える?」


 竜の状態では会話ができないのか、シャロンはこくこく頷くだけだった。バルドとアレクシスを荷車に乗せ、シャロンの防壁魔法で守られながら一同は王宮を目指した。


「手が空いている医師は手伝ってくれ! 出先で皇帝陛下とアレクシス、それと民間人が襲撃された!」


 無事に王宮について、エリアスは血だらけのアレクシスを背負いながら王宮医師のいる塔へ駆け込んだ。大量に出血をして意識を失ったバルドをカリーナと竜になったシャロンが支えながら医務室に入ると、その場にいた医師全員が顔面蒼白になって固まっていた。


「毒矢で襲撃され俺とシャロン皇子の力で解毒と応急処置は行ったが、陛下は左目を貫かれた。陛下は気を失っているから、傷の処置をしてくれ! アレクシスは心臓のギリギリを貫かれているから、今から俺が処置を行う」

「あ、あ、あの……あなたはどなた様でしょうか?」


 エリアスが王宮医師として働き始めてすぐにバルドと結婚をしたからか、医師の中にエリアスのことを知る者がいないのかもしれない。負傷したアルバディア帝国の皇帝とその侍従を連れてきたエリアスのほうが怪しく見えているのだ。


 ただ、今は詳細に話をしている暇はない。エリアスとシャロンの高い治癒能力で応急処置をしたといっても、一刻も早く処置をしなければならない状況だ。


「俺はこのアルバディア帝国の皇后、エリアス・ストックデイル・アルバディアだ。陛下とアレクシスの命を救えなければ自害する」


 皇后の証である金色の指輪を見せながら身分を明かすと医師たちはハッとして、エリアスに深々と頭を下げた。


「シャロン、ここまで守ってくれてありがとう。あとはかかさまが頑張るから、カリーナと一緒に休んでいいよ」


 エリアスがそう言うとシャロンは安心したように人の姿に戻り、そのままカリーナの腕の中で眠りについた。医務室の休憩スペースにカリーナたちを移動させ、エリアスはアレクシスを乗せた診察台の前に立って深呼吸をする。二人とも自分の手で処置したいのは山々だが、バルドならアレクシスを優先してくれと言うだろう。


「――二人とも死なせるわけにはいかない」


 自分の記憶を戻してほしいとか、アベルの悪事を証言してほしいとか、そういうことではない。ただアルバディア帝国の未来のために必要な二人だから、このまま死なせるわけにはいかないのだ。


「俺と一緒に道を切り拓くんだろ、アレクシス……! こんなところでは死んでも死にきれないぞッ」


 懸命に声をかけながら、エリアスは命の灯火を消さないためにも一心不乱に治療を進めた。




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