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血だらけになり大怪我を負った男性がヴェルデシア村に来てから一週間。彼はいまだに、目覚めないままエリアス宅のベッドに眠っている。
「呼吸は安定してるんだけど……でもあの大怪我じゃ仕方ないな」
「ととさま、まだねんね?」
「あのね、シャロン。この人はととさまじゃないよ。ちゃんとお名前聞いたら、呼び方を変えようね」
シャロンがいるので診療所に寝泊まりするわけにもいかず、かと言って重傷人を診療所に置き去りにするわけにもいかなかったのでエリアスの家に運んだのだ。
一日のうちに何度か呼吸や心音を確かめているが至って正常で、もういつ目が覚めてもおかしくない。
シャロンはこの男性に興味津々のようで、あれからずっと『ととさま』と呼んでは眠っている彼の側にいることが増えた。
きっと、男性が白くて美しい髪の毛を持っているからだ。まるで糸のように長くて美しい髪の毛が、自分の銀髪と同じように見えるのだろう。
確かにここら辺ではあまり見かけない白髪で――
「もしかして、皇族……?」
白髪でそう思ったエリアスだが、純白竜と白竜では種族が違う。後者の可能性もあるので、目が覚めて話を聞くまでは分からないものだ。
「シャロン。かかさまの代わりにお仕事をお願いしていい?」
「おしごと?」
「うん。かかさまは今から、お庭に薬草を摘みに行ってくるから、もしもこの人の目が覚めたら呼びに来てくれる?」
「わかった! シャロンにまかせて、かかさま!」
「ありがとう。それじゃあ行ってくるね」
数日は診療所のほうは閉めることにして、急患は家で診ることにしている。ちょうど新しい薬を試作したかったのもあり、ちょうどいいからとエリアスは作業をすることにした。
「止血薬をもう少し作っておかなくちゃ……」
治癒能力で怪我を治しても、稀に内側からまだ出血していることもある。念のために止血薬を経口で服用してもらうこともあるのだが、眠っている彼に無理やり飲ませているせいでストックもなくなってきたのだ。
「エリアス! 重傷人の様子はどうだ?」
「まだ目は覚めないけど、悪くはなってない。このまま順調にいけば、あと数日で目が覚めてくれたらいいんだけどね」
「そうか。これ、村の人たちから」
「わ、ありがとう」
エイデンがカゴいっぱいに持ってきてくれたのは食料で、肉や魚、パンや野菜、それに果物まで大量に入っている。エリアスの家は村の中でも少し外れの、薬草がよく育ちやすい場所にあるので中心部とは少し離れているのだ。そんな事情もあり、みんなが気を遣ってくれたのだろう。
「それと……プレイのほうは大丈夫か?」
「そういえば、すっかり忘れてた。それどころじゃなかったと言うか」
「まぁ、それはそうだな」
「今のところ大丈夫かも。抑制剤も飲んでるから」
「それならいいけど。辛くなったらいつでも頼ってくれよ」
「うん。いつもありがとう、エイデン」
今までのエリアスなら一週間、短くて数日でSubとしての欲求が溢れ出て不安定になっていたのだが、重傷人のおかげですっかり忘れていた。
誰かに命令をしてもらっていないと不安を感じていたのに、今は頭の中がすっきりしている。ただ、下半身の疼きとうなじの噛み跡だけが時折じくじくと痛むのは、気のせいだと思うことにした。
「かかさまーっ! ととさま、おきたよぉ!」
エイデンが帰ってからしばらくして、乾燥させる薬草を並べていると家の中からシャロンの叫び声が聞こえた。エリアスは慌てて家の中に入り、手を綺麗に洗浄して部屋に駆け込む。
小さな椅子に座ったシャロンは絵本片手に「おきてよかったねぇ、かかさま!」と、ニコニコしながら微笑んでいた。
「大丈夫ですか? 大怪我を負って一週間眠っていたんです。気分が悪いとか、どこかおかしなところはありますか?」
目は開いているが横になったままの男性の顔を覗き込んでエリアスが状況を説明すると、宝石のような青い瞳が見開かれた。
「やはりまだ傷が痛みますか? 処置はしていますが出血量が多かったので、もしかしたらまだ――」
「…………お前が」
「はい?」
「お前が俺を、なんともない顔で心配するのか」
「え……?」
地を這うようなドスの効いた声が響いて、エリアスの体が侵食される感覚がした。全身を蝕まれ、地面と体が見えない何かで繋がれて拘束されているような、そんな感覚にエリアスの頭の中には警報音がけたたしく鳴り響く。
激怒した竜のように瞳孔が細くなり、見知らぬ彼から溢れ出す『憎悪』にエリアスは呼吸をするのも忘れた。
「もしもお前が生きているのなら、俺がこの手で殺してやる。〈答えろ〉。お前は生きてるのか、死んでいるのか」
突然起き上がった彼に顎を掴まれ、命令を出される。エイデンの時とは違う『絶対的な命令』にエリアスの脳は支配され、圧倒的なDomのオーラに窒息しそうになった。
「い、生きてる! 生きてるけど、なんで殺されないといけないんだッ」
精一杯声を振り絞ると、彼の顔がいっそう険しく歪んだ。ギリッと音が聞こえるほど強く奥歯を噛み締め「殺す」とだけ吐き捨てて、一週間眠っていたとは思えないほどの力でベッドに投げ飛ばされた。
「ちょっと待ってください、お願いだから!」
「〈うるさい〉、お前の話なんて聞いてやるものか。お前に会ったら絶対に、殺してやると決めていた」
「な、なんで俺が――ッ!?」
「なんで? ハッ、笑わせるな……お前が俺の元から逃げたからだ、エリアス! 忘れたとは言わせない」
エリアスにとっては初対面の男性だが、憎悪にまみれた顔で見下ろしながらエリアスの名前を叫ぶ。
こんな人は知らない、殺される意味が分からない。
エリアスがそう叫んでみても、顔の半分が竜になりつつある激怒した彼には言葉が届かなかった。




