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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第6章:記憶と選択

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 ――かなり雪が降っていた、寒い時期だった。


 窓の外はしんしんと雪が降っていて、室内にいても寒いと感じたほど。肌が凍てつくような寒さなのに、部屋の中はエリアスとバルドの口喧嘩でどんどんヒートアップして湯気が出てきそうなほどの熱さだった。


「結局、陛下は俺よりも第一皇妃様を愛している、ということですよね?」

「だから、なぜそういう話になるんだ。俺はお前を愛しているから皇后にしているんだろう。それをちゃんと理解してほしいものだな」

「それなのに、俺のお願いは何も聞いてくれないじゃないですか。……もういいです。陛下と話していても埒があきません。同じことの繰り返しで疲れました」

「エリアス、どこに行くつもりだ!」

「頭を冷やしてきます。このままだともっと喧嘩をするだけですので」


 バルドが「雪が降っているから遠くには行くな」という声も聞かず、エリアスは王宮を飛び出して街の外れまで出かけた。言いすぎた自覚があったので、バルドの好きな白い花を買って謝ろうと思っていたのだ。


 その白い花は街の外れにある花屋にしか入荷されていないので、わざわざそこまで足を運んだ。エリアスと専属侍女のスザンヌ、そして一人の従者と共に花屋を訪れたその帰り道の出来事だった。


「……申し訳ありません、皇后陛下……っ!」


 王宮に戻る前に気分転換がしたいと言って、少し寄り道をした。雪が降る中、森の中を散歩して頭を冷やしていた時。森を抜けると、下には冷たい川が流れている崖に突き当たってしまったのだ。


 引き返そうとした時、スザンヌの悲痛な声と共にエリアスは肩を押されて足を踏み外した。崖から落ちていく中で見えたのはスザンヌと従者、そして御者の顔だった。


「(ここにいた者は皆、敵だったわけか……)」


 それから先は、覚えていない。


「……っは、ぁ……!」


 妙にリアルな夢を見て飛び起きたエリアスが辺りを見回すと、そこはいつもと変わらないバルドの寝室だった。エリアスの隣ではシャロンが寝息を立てていて、その隣でバルドも静かに眠っている。


 エリアスは一度ベッドから降りて、窓から差し込む月明かりに照らされながら水を口にした。寝汗をかいているし、驚くほど喉が渇いている。汗で濡れた髪の毛先に触れながら深く息を吐いてやっと、今は現実の世界なのだなと安堵した。


「……どうした、大丈夫か?」


 後ろからするりと伸びてきた腕がエリアスを抱きしめる。バルドの匂いと体温が背中から伝わってきて、エリアスは一瞬で力が抜けてしまった。


「変な夢を見て、最悪だった」

「変な夢?」


 バルドはエリアスの体を抱き抱え、室内にある大きめのソファに腰掛ける。自分の膝に乗せて顔中に口付けながら、疲れた表情をしているエリアスの背中を優しく撫でた。


「雪が降っている日に馬車に乗って出掛けて、森の中にある崖から突き落とされる夢」

「……雪が降っている日に?」

「うん。雪と同じように真っ白な花を買いに行ってた気がする」

「それは、お前が失踪した日の“記憶”じゃないか?」

「うーん、そうかもしれないけど……でも多分、カリーナから失踪した日の俺の行動を聞いたから、その印象が頭に残ってたんだと思う」


 バルドと口喧嘩をしたエリアスが怒って王宮を飛び出し、バルドに詫びるための花を買いに行った――カリーナから聞いた話がそのまま夢で再現されていたので、エリアスが見た夢はただの潜在意識で現実のことではないだろう。


「覚えてる限りでいい。花屋から出た後、夢ではどうなっていた?」

「俺が気分転換したいって言ったから寄り道をして、森の中を歩いてた。そしたら崖に突き当たって、引き返そうとしたらそのまま突き落とされて……」

「誰に?」

「女の人……侍女かな? でも、落ちる時は三人の顔が見えた気がする」

「お前と同じく失踪した侍女と侍従、そして御者がいる。俺は今までその三人がエリアスの失踪の手助けをしていたと思ったのだが……」

「でも、確実ではないよ。所詮は夢だし」


 バルドはどうやら、エリアスが見た夢を現実に起こったことだと推測しているらしい。エリアスの他に失踪している人数にも差異はないようで、二人の間には妙な緊張感が流れた。


「もしも俺が見た夢が本当だとしたら、侍女は俺を突き落とす前に謝ってた。その三人が真犯人というわけではなく、単なる実行犯である可能性が高いと思う」

「黒幕が別にいる可能性がある、というわけか……」


 顎に手を当てて難しい顔をしているバルドは低く唸った。エリアスが失踪した3年間、その黒幕は捕まっていないのだ。


 つまりエリアスが王宮に戻ってきたことで、また命を狙われる可能性がある、ということ。


 その可能性に辿り着いてしまったエリアスは、背中にぞわっと悪寒が走った。




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