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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第5章:皇后と皇妃

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 ――見事に墓穴を掘ったらしい。


 この場に用意されているものが全て罠だったことを知り、エリアスは頭の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。この状況をどう打開しようか考えている最中に「衛兵!」とアベルが声を上げ、部屋の外にいた衛兵たちが中に入ってきた。


「この者は皇后陛下の名を騙る不届き者です。今すぐ捕えよ!」

「え!? ちょ、ちょっと待って、待ってください! 俺は本物の皇后なんです!」

「では、儀式の名前をおっしゃってみてください。皇后であれば、歴代の皇后と皇妃に受け継がれた秘密の儀式のことは知っておりますよね?」

「そ、それは……!」


 ――知るかそんなの!


 答えられないエリアスが皇后の偽物だという確信ができたのか、アベルは冷たい声で「牢へ」と短く言い放つ。中に入ってきた衛兵は躊躇うこともなくエリアスの両腕を拘束し、地下牢へと歩みを進めた。


「皇帝陛下を呼んでくれ! 俺にこんなことをしてタダで済むと思ってるのか!?」

「偽物の排除など、私だけで対処可能です。皇帝陛下やアルバディア帝国を欺いた罰は重いですよ」

「だから、俺が偽物じゃないことは皇帝陛下が証明してくれるから! バルドを呼んでくれ!」

「バルドだと……卑しい偽物が皇帝陛下の名を軽々しく口にするとは!」


 アベルの中でエリアスは完全に『偽物』になっているようで、何を言っても聞く耳持たなかった。さすがにアベルの独断でエリアスの処分を下すのは難しいとは思うが、今の彼は何をしでかすか分からない。もしかしたら本当にエリアスの首をはねることだってできそうで、その恐ろしさにごくりと唾を飲み込んだ。


「私の鋭い爪で腹を裂きましょうか。それとも頭からバリバリ食べられたいですか?」

「どちらも断る! そんなことをされる筋合いはありません!」

「素直になったほうが身のためですよ」


 アベルは赤い舌でぺろりと唇を舐める。その顔はエリアスを殺すまでは解放しないと言っているような顔をしていて、エリアスの顔からは血の気が引いた。


「――何をしている、アベル」


 地下牢に重厚な声が響いて、その重さに地響きでもしたのかと思ったほど。こつ、こつ、と足音を鳴らしながら地下牢に降りてきたのはバルドで、緋色の瞳が怒りを孕みながらアベルを睨んでいた。


「皇帝陛下。皇后陛下の偽物を捕らえましたので、牢に連れてきた次第です」

「……お前にそんな権限が?」

「この偽物を自由にしておけば、このアルバディア帝国は悪の手に堕ちてしまいます。皇帝陛下は騙されているのです!」


 アベルが声を荒げるが、バルドはその反対に溜め息をつきながら眉間に皺を寄せた。


「はぁ、何を馬鹿なことを……皇后をこんなところに閉じ込めて、痛い目を見るのはお前だぞアベル」

「陛下、目を覚ましてください……! この偽物は皇后陛下の嫌いな紅茶やお菓子を難なく食べていました。以前の皇后陛下でしたら絶対に手をつけなかったのに!」

「出産を経て食の好みが変わったんだ。よくあることだと医師からも聞いている」

「それだけではなく、歴代皇后と皇妃に受け継がれる月の儀式に関しても答えられなかったのですよ!? この儀式は代々皇后と皇妃たちがアルバディア帝国の繁栄を祈る重要な儀式なのに!」


 食べ物に関してはバルドは苦い顔をしてエリアスを見たが、歴代の皇后と皇妃に受け継がれている『儀式』に関してはバルドも知らなかったらしい。ちらりとエリアスを見やるバルドだが、エリアスも儀式についての記憶はないので首を振るしかなかった。


「……3年も王宮を離れていたら、うっかり忘れることもあるだろう。それだけの理由で牢に放り込むのは感心しないな」

「ですが、お戻りになってからの皇后陛下は以前とは全く別人に見えます。シャロン殿下も本当に陛下のご子息なのですか? この者が皇后の座を狙い偽装しただけでは?」

「口を慎め、アベル。それ以上は俺への侮辱と見なす」


 バルドが厳しい口調で制止すると、アベルは悔しそうに唇を噛んで「申し訳ございません」と言いながら頭を下げた。


 ただ、アベルが納得していないのは一目瞭然で、どうにかしてエリアスの正体を暴きたいように見えた。


「……それでは、皇后の指輪以外にこの者が本物の皇后陛下であるという証拠はございますか?」

「俺の話が信じられないと?」

「そうではありませんが、3年も姿を見せず突然お戻りになった方を信じられない者もいます。何か決定的な証拠を見せていただければ、私も納得します」


 バルドは腕を組んで重く溜息をつく。皇后であった時の記憶が何一つ戻っていないのでエリアスからは何も言えないし、いくらバルドが信じてくれていると言っても『確実な証拠』と言われたら難しいだろう。


 本物の皇后だと証明できないまま処刑されるか、一生を地下牢で過ごすか――


 最悪な事態を考えて、エリアスは冷たい鉄格子に額を押し付けて項垂れた。




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