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アベルから明確に何かをされたということではないが、彼からは敵意を感じるので面と向かって話をするのはエリアスにとっては苦痛だった。何だか、話している途中で瞬時に真紅の竜に姿を変えたアベルから頭のてっぺんから食い尽くされそうな気がするからだ。
「シャロン殿下はお眠りのようですね。ご挨拶ができなくて残念です」
「今日は皇帝陛下の執務室で過ごしていたので、大人同士の難しい話に疲れてしまったようです」
「そうなのですか。皇后陛下も皇帝陛下のお手伝いを?」
「ええ、まぁ……力を貸してほしいと言われましたので」
「それはそれは、喜ばしいことですね。今までは皇后陛下が政務に参加することをよく思われていなかったようですから、私が代わりに務めていたので」
――やっぱり喧嘩を売られてるよな?
アベルの言葉は一つ一つに棘があるように感じる。顔は笑っているけれど目は笑っていなくて、声も抑揚がなく平坦。エリアスを見つめる金色の瞳はギラギラと輝いているように見えて萎縮しそうになったが、ここで引くと舐められるのが分かった。
バルドが前に『どちらかといえばアベルよりエリアスのほうが高圧的だった』と言っていたので、不本意だがそう見えるように姿勢を正して冷静でいることに努めた。
「もしよろしければ短い間でいいのでお茶をご一緒しませんか? ご相談しておきたいことがありまして……」
気乗りはしないが、ここで断るのも印象が悪い。エリアスの本能が何となくアベルを拒否しているだけで、エリアスの失踪や記憶喪失に関してアベルが関係しているかどうかは分からないのだ。今のうちに警戒していると勘付かれる可能性もあるので、エリアスは申し出を受けることにした。
「……カリーナ、シャロンを陛下の部屋に連れて行ってもらえる?」
「ですが、エリアス様……」
「大丈夫。しばらくしたら戻ります」
眠っているシャロンをカリーナに預け、皇帝塔に出入りできる別の侍女がエリアスと共についてくることになった。アベルに案内されたのはあるサロンの一室で、二人が席につくとティーセットがすぐに用意された。
正直なところ、今のエリアスにお茶会の作法は身についていない。アベルとお茶を飲む機会があるとは思っていなかったので、何の予習(いや、復習かもしれないが)もしていないのだ。
「皇后陛下がお好きだった茶葉を用意しました。今でもお好きだと嬉しいのですが」
「そ、それはお気遣いいただいて感謝します」
皇后であるエリアスが口をつけない限り、皇妃のアベルは先に口をつけられないのだろう。音を立てないように出来るだけそっとカップを持ち上げて一口飲んでみたが、緊張しているからか全く味は分からなかった。
「……美味しいです、ありがとうございます」
「よかったです。お菓子も皇后陛下がお好きだったものを用意させましたので」
「どうも……」
紅茶の他にクッキーやケーキなどがきちんと皿に盛られていて、自分が食べるよりもシャロンに食べさせたいなと思うようなものばかりだった。
お茶に呼ばれたのはいいがエリアスから話せることはないのでとりあえず紅茶を飲んでばかりいると「喉が渇いてらしたんですか?」とアベルからくすくす笑われた。
「……それで、俺に相談というのは?」
「次の満月と新月に関してです。どうなさいますか?」
「満月と新月に関して……?」
――どうしよう。全くもって意味が分からない。
満月と新月が何かの暗号だったり隠語だったりするのか、アベルはそれ以上は何も言わなかった。やはり、迂闊に誘いに乗らないほうがよかったかもしれない。この状況をエリアス一人で切り抜けなさそうで、背中にはたらりと冷や汗が伝った。
「皇后陛下がいらっしゃらなかったこの3年は、僭越ながら私が務めさせていただきました。怠ってはならないという風習でしたので」
「な、なるほど」
アベルの口ぶりから、どうやら満月と新月の時に行う儀式か何かだとエリアスは推測した。エリアスが不在時にはアベルが取り仕切っていたというので、今までは皇后のエリアスがそれをしていたのだろう。
そこまでは推測できたが、肝心の儀式の内容が分からない。内容を知らないまま『じゃあ今回は俺が』と言ってもいいものなのか、それとも『今回まではあなたがやってください』と言ってどういう儀式なのか様子を見たほうがいいのか。状況から見るに、圧倒的に後者のほうが安全だろう。
「俺は帰ってきたばかりなので、申し訳ないけれど今回については皇妃にお任せいたします」
「……本当によろしいのですか?」
「はい。俺は、その……後ろで見ておきますから」
「失礼ですが、あなたは皇后陛下ではございませんね?」
「えっ?」
アベルがじっとエリアスを見つめていて、細くなっている瞳孔にびくりと体を震わせた。
「用意した紅茶やお菓子は皇后陛下が大嫌いなものばかりですし、満月と新月の儀式に関して私に任せるなどと皇后陛下は絶対に言いません。あなた、一体誰ですか?」
そう言ってニコリと笑うアベルに、エリアスの背筋はぞわりと粟立った。




