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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第1章:迷子の竜

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 エリアスがこの村で目を覚ました時、頭の中は空っぽだった。


 自分の名前すら覚えておらず、もっていた所持品のハンカチに『エリアス』と刺繍されていたので名乗っているだけ。本当に自分の名前かどうかも分からないが、生きている以上は名前がないと不便なので使うことにした。


 そして一ヶ月以上寝たきりの状態が続いたほど重傷を負っていて、見つけてくれた村長の話では崖から転落したのだろう、ということだった。


 その他には何もエリアスの身分や過去を知るようなものはなく、自分の頭の中からは全ての記憶が消え、残っていたのはお腹の中にいた小さな命だけ。赤ん坊が助かったのは奇跡だと言われたほど、当初のエリアスは瀕死の状態で見つかったのだ。


「もし皇族の子供だったら玉の輿だわな」

「本当にな。シャロンだけじゃなくてエリアスもそれ相応の身分をもらわないと」

「皇族か金持ちの貴族の子供だったら何もしなくても幸せなのかなと思うけど、俺はやっぱり働いてたほうが楽しい。シャロンも色んな人と交流して成長してほしいし」

「それぞれ、良いことと悪いことがあるのかも」

「って、皇族の子供じゃないから。あの子は俺の子! ただの、混血種から生まれた奇跡の白銀竜ってだけ。……白銀竜だって知られたくないし」


 瀕死のエリアスのお腹の中で奇跡的に生き残った赤ん坊・シャロンは3歳になる可愛らしい息子だ。竜族と言っても普段は人間と同じ姿形をしているのだが、純血種と混血種の違いは完全なる竜になれるかどうか、という点。


 かくいうエリアスにその力はなく、頑張ってもせいぜい腕や足に竜の鱗が一部出現するくらいである。その代わりと言ってはなんだが、エリアスは純血をも遥かに上回る治癒能力があり、この村では医者として活躍しているのだ。


 生まれた子供が何種の竜なのかは髪や瞳の色で大方推測でき、エリアスが黒髪で緑色の瞳に対して息子のシャロンは輝く銀髪に緑色の瞳。シャロンは幼いながらにもうすでに小型の竜に姿形を変えられるので、白銀の竜だと分かったのだ。


 ただ、エリアスがなぜシャロンのことを外部に漏らしたくないかと言うと、アルバディア帝国の皇族は純白の竜がほとんどだからだ。シャロンは純白ではないが、間違えられて連れて行かれたらたまったものじゃない。


 エリアスは誰との子供なのか綺麗さっぱり忘れているけれど、シャロンが自分の子供だということは覚えている。なんせ、お腹を痛めて産んだ正真正銘の息子だからだ。


 しかも今のアルバディア帝国は情勢が悪い。皇帝が数年前から乱心で、至る所に戦を仕掛けては残虐な行為を続けているのだとか。今では破壊の黒竜皇帝、とも言われているらしい。


 もしもシャロンがそんな非道な皇帝に見つかりでもしたら、殺されるか連れ去られるか、どちらかだろう。


「――エリアス! エリアス、いるのか!?」

「えっ、村長? どうかしましたか?」


 診療所のドアが破壊されそうなほど強く叩かれ、エリアスは慌てて鍵を開けた。すると血相を変えた村長、アイオン・リュトヴァが雪崩れ込んできた。


「河岸に倒れておった! ひどい出血で、呼吸も浅い! 武装をしているようだが、武器は流されたのか持っていない。どこから流されてきたのか分からんが、死なせるわけにはいかん」


 アイオンと騎士数名が連れてきたのは一人の男性で、担架から滴り落ちるほど腹部から出血している。固く目を閉じている顔は蒼白で唇は真っ青になり、まさしく虫の息だった。


「き、聞こえますか!? 眠ってはいけません、意識を保ってください! 村長、エイデンも、この人に話しかけていてください!」


 診療所のベッドに運んでもらい、出血している箇所をエリアスは冷静に観察する。腹部の傷はかなり深く、水に流されていたということもあり想定よりもかなり血を流したのだろう。出血が止まる様子もなく、エリアスは止血のために傷口に手を当てた。


「……追いつかないッ」


 傷が深すぎるためか、高い治癒能力があるエリアスにも限界はある。まだどくどくと溢れ出している赤黒い血にエリアスの顔が真っ青になっていると、足に温かい感触がした。


「かかさま、ととさまいたいいたい?」

「え? シャロン、今はここには来ないでくれ……っ!」

「ととさま、いたいのだめねぇ」


 エリアスの足にぎゅっとしがみつくシャロンが『ととさま』と言いながら目を瞑り「いたいのいたいのとんでけ~」と唱えると、なぜかエリアスの体に温かいものが流れてくる。


 試しに手をかざしてみると、エリアスのヒール能力に混ざって白銀の光が手のひらから溢れ出た。


「う、わ……っ」


 エリアスの能力と混ざったシャロンのヒール能力が、男性の傷口を綺麗に治した。出血は止まったがまだ呼吸は浅い。全身にヒール能力が行き渡るように手をかざすと、いつしか規則正しい寝息が聞こええてきた。


「い、一命は取り留めたと思います」

「そうか、よかった……実はシャロンが“ととさまがいる”と言って、河岸で見つけたんだ」

「えへへ、よかったねぇ」


 エリアスは息子からお母さんという意味で『かかさま』と呼ばれているが、村の人間にでさえ『ととさま』と呼んでいるのを見たことがない。


 見ず知らずの大怪我を負った男性は一体何者なのか、エリアスは彼が目覚めるのが少し怖くなった。




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