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挑発的な目をして見つめてくるバルドの顔を直視できず、エリアスはふいっと顔を逸らす。するとすかさず「〈こっちを見ろ〉」とコマンドが飛んできた。
コマンドを出されたら、Subであるエリアスに拒否権はない。正確に言えば拒否することも可能だが、エリアスの本能がそうできないと言っているのだ。
「〈俺にもやってくれるよな?〉」
「うう……こんなのひどい、ただの意地悪じゃん!」
「どこがだ。お前がアレクシスにやったことのほうが意地悪ではないか?」
「なんで! 医師として当然のことをしたまでですが!?」
「それなら俺にも“医師として当然のこと”をしてほしいものだ」
結局、バルドから揚げ足を取られるとエリアスは言葉に詰まった。コマンドも出されているし、腕も掴まれたままなので逃げ場がない。アレクシスは事が落ち着くまでシャロンと共に部屋には戻ってこないのだろうし、それならばいっそのことバルドの要求通りにしたほうがさっさと終わっていいのでは?と考えた。
「じゃあ……目を閉じて」
「ん」
皇帝ともあろう人が無防備な顔を晒すので、エリアスは思わず胸が高鳴った。それほど自分はバルドから信頼されているのか、心を許されているらしい。バルドがこんなに無防備な姿を見せてくれるのは自分の前でだけだといいなと、自分でもよく分からない気持ちになった。
「どう? 回復はしたはずだけど」
「……足りないな」
「え? もう一回する?」
「いや。〈キスしてくれ〉」
「は、はぁっ!?」
「そうしてくれないと、体が動かない」
「絶対嘘……!」
「嘘じゃない。〈お願いだ〉」
バルドが再び目を閉じて、今度はエリアスからの口付けを待つ。彼が『動けない』なんて変な嘘をついているのは分かりきっているが、エリアスはバルドの肩に手を置いて吸い寄せられるように唇に触れた。
そして思い出したのは、前に『触れるだけのキスでは満足できない』とバルドが言っていたこと。深い口付けをしないとバルドは満足しないと言っていたのを思い出し、意を決してエリアスは自ら舌を差し込んだ。
「ん……」
まさかエリアスのほうからそういう口付けをすると思っていなかったのか、驚いたようにバルドの唇が開いてエリアスを迎え入れる。
慣れていないのでぎこちなく舌を絡めると、ぴちゃっと小さな水音がしてエリアスは耳を塞ぎたくなった。
「んんっ、ぁ……!」
バルドがソファに倒れ込みながらエリアスの後頭部を引き寄せ、バルドの上に乗る形になったまま深い口付けを繰り返す。
次第にバルドの片手が背中をなぞり、細い腰をねっとりと撫でるとびくんっと体が跳ねた。驚いた拍子にバルドの舌を少し噛んでしまい、慌てて舌を引っ込めた。
「ご、ごめんっ」
「悪いことをしたという自覚は?」
「あるから謝ってるんじゃん!」
「そういう態度には見えないなぁ……エリアス。〈舐めてくれ〉」
べ、とエリアスが噛んでしまった舌を出して、バルドは舐めろとコマンドを出す。先端が少し赤くなっている舌と、鋭く瞳を光らせているバルドの顔を交互に見てエリアスは茹蛸のように顔を真っ赤に染め上げた。
恐る恐るバルドの舌先に自分のものを重ね、柔く吸い付く。あまりにも卑猥すぎる自分の行動と状況にエリアスは逃げ出したくなったが、ぐっと腰を固定されているので動けない。
バルドの下半身の熱を感じながら舌を舐めていると、エリアスの頭はだんだんとぼーっとしてきた。
「んぅ、も……っ」
「ふ……〈いい子だったな〉」
エリアスの限界を感じたのか、バルドは頭を撫でながら頬にキスをする。そのままバルドの胸元にエリアスは頭を預け、息が上がった呼吸を整えた。
「こんなことをするつもりで来たわけじゃないのに……」
「ああ、無理をさせたな。夜まで我慢できなかったものだから」
「嘘つき。最初からこうする予定だったんだろ」
「人聞きが悪いな。そもそも、お前がアレクにあんなことをするのが悪いんだろ」
「だから! あれはただの医療行為! あんなので嫉妬するなんて心が狭すぎる!」
「狭くて何が悪い。お前のは俺のだろうが」
「……っ俺はあんたのじゃない! 皇后のエリアスはそうかもしれないけど、今の俺は……!」
売り言葉に買い言葉、ただ照れて反抗的な言葉を言ってしまっただけ。バルドもそう思ってくれると予想していたエリアスだが、言ってしまったあとに後悔した。
今までにも何度か見たことがある、バルドの切なそうな顔。
エリアスの髪の毛を優しく撫でて「そうだな」と呟くバルドの声に、エリアスのほうが胸をナイフで抉られたような痛みを覚えた。




