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確かアベルはバルドの運命の番で、幼い頃に婚約をしたと言っていた。アベルにとっては次期皇帝の妻になりこの国の皇后になることを夢見ていただろう。
状況が変わったのはバルドが18歳の時のこと。先代皇帝、つまりバルドの父と母が急逝しまだ年若いバルドが即位することになった。即位してしばらくは忙しく、婚姻どころではなかったらしい。
そして19歳の時、バルドは運命の出会いをしてしまった。
類稀な高い治癒能力を持つ混血竜と恋に落ち、婚約者であるアベルを第一皇妃に据え置いてエリアスを皇后に迎えたのだ。
エリアスとバルドの出会いを改めて教えてもらうと、アベルがエリアスのことを恨んでいたり皇后の座を狙うのは当たり前だと納得した。
「……カリーナがもし動けるならでいいんだけど、俺が失踪した日の第一皇妃の動きを探ってくれない?」
「もちろんです。皇帝陛下も疑われなかったのか、お話を聞いていないようですので……それとなく探ってみます」
「何を探るって?」
「――っバルド!」
シャロンを片腕に抱いたバルドがいつの間にか後ろに立っていて、エリアスとカリーナは瞬時に口をつぐんだ。
なんせエリアスたちは、バルドが疑っていなかったアベルを疑って調査をしようとしているのだ。それを知られるとバルドもいい顔をしないかと思ったので、黙っていることにした。
「……被害の大きい地域に、薬草のほかに何か必要ものはないか探ってほしいと話していたんだ」
「薬だけでも大いに助かっていると報告を受けている。こちらでも必要な物資を届けているから、追加は俺のほうで対応するぞ?」
「皇帝陛下は他の地域にも物資の輸送があるだろうから、俺のほうで用意できるものがあれば皇后からと言って届けたいんだよね」
「そうか。お前がそうしたいのならそうしてくれ」
エリアスは予想していなかったバルドの言葉に、思わず目を見開いた。
「……駄目だって言わないの? 俺が皇后として何かするのを嫌がってたって聞いたけど」
「今となれば、俺が悪かったと思う。お前には能力があるのに俺が邪魔をしていたのだろうから、好きにやってみてほしいだけだ。それに今は皇后であるお前の力も借りたい。俺に……いや、国のために力を貸してくれないか?」
そう言いながらバルドは片手を差し出す。アベルの話を隠そうとして咄嗟に口から出た話なのにエリアスの力が必要だと言われると嬉しくなって、バルドの手をぎゅっと握り返す。すると彼は嬉しそうに微笑んで、シャロンの頬にキスを贈った。
「実は今、各地域に必要な物資の要請内容や派遣する医師の人数を決めている最中なんだが、エリアスの意見も聞かせてくれ」
「俺の意見? いいの?」
「ああ。カリーナが探ってもどうせ同じことになるだろう? ならばいっそのこと、最初から見てもらったほうが早い」
「シャロンもととさまのお仕事、見てもいい?」
「もちろん。一緒においで」
差し出したエリアスの手をそのまま握っているバルドから促され、温室から皇帝の執務室に足を運んだ。執務机の上には積み上がった書類の山で埋め尽くされていて、手前のソファとテーブルの上も資料や本だらけになっている。
そのソファに腰掛けていたアレクシスは広げた本を顔の上に乗せ、ぴくりとも動いていなかった。
「え! アレク、どうしたのーっ?」
「うわぁッ!?」
「こら、シャロン! 驚かせちゃ駄目だろ……!」
「お、驚いた……! 皇后陛下とシャロン皇子でしたか」
「驚かせてすまない、アレク。仮眠中だったんじゃ……?」
「いえ、そろそろ起きようと思っていたので大丈夫です」
「アレク、ごめんなさぁい……」
「いいんですよ。起こしてくださってありがとうございます、シャロン皇子」
バルドもそうだが、アレクシスの顔はひどく疲れが滲んでいた。目の下にはあまりにも濃いクマができていて、それでいて「大丈夫」と言いながら笑っているので心配になる。絶対に倒れる一歩前だなと感じたエリアスは、アレクシスの隣に腰掛けた。
「こ、皇后陛下?」
「ちょっと目を閉じてみて」
「へぇ!?」
「おい、エリアス」
「順番。アレクのほうが辛そうだから」
「こ、こ、皇后陛下……っ」
「大丈夫。すぐ終わるから」
「あわわわ……!」
ぎゅっと目を瞑るアレクシスの肩を掴み、エリアスは額に手をかざす。手のひらから柔らかい緑色の光が出てきたかと思えば、アレクシスの体全体が光に包まれた。
「どうでしょう? 体、軽くなったと思うんだけど」
「う、わぁ……さっきまでの怠さが嘘みたいです……!」
「よかった。顔色もよくなったね」
「こ、皇后陛下! これ以上は皇帝陛下が……」
「え?」
アレクシスが焦っているので何事かと思ってバルドのほうを向けば、怒った竜が火を吹く3秒前、みたいな顔をしていた。
そんなバルドの顔にゾッとしてアレクシスから手を離してみるが、時すでに遅し。エリアスの細い腕はガッと掴まれ、すとんっとバルドが隣に腰掛けてエリアスをじっと見つめた。
「さて、次は俺の番だよな? 皇后陛下」
「う、いや、そのぉ……」
「俺も体が怠い。疲れていて頭が痛いし、目も開けられないほど重い。もう指一本だって動かせそうにない」
「そ、それは絶対嘘だ! 見え見えの嘘、反対!」
「嘘じゃない。なぁ、俺の皇后……〈俺にもやってくれ〉」
「……ッ!」
同じ室内にシャロンがいるというのにコマンドを使われ、情けなくもエリアスの体はびくっと震えた。シャロンにはこんな姿を見せたくなくて、ぷるぷる震えながら耐えていると「で、殿下! このアレクと一緒におやつのお菓子を選んでいただけませんか?」と言ってアレクシスがシャロンを連れて執務室を出て行った。
「――さて、予想外に二人きりになってしまったな、エリアス」
ぺろりと舌舐めずりをするバルドを見て、きゅうっと下腹部が疼いてしまったことにエリアスは気が付かないフリをした。




