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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第4章:運命の番

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 エリアスとシャロンが王宮を訪れて数日が経った。


 バルドは自分の仕掛けた戦の後始末や急降下した情勢の回復に忙しく、日中に会う暇はほとんどない。それはバルドの従者であるアレクシスも同じなのだが、バルドに指示をされているのか今日はエリアスたちに王宮を案内してくれることになった。


「こちらの皇帝塔は基本的に皇帝陛下と皇后陛下のみご使用が可能です。入れる従者や侍女も決まっていますので、心配せずに過ごしていただけたらと」

「ということは、ここ以外はあまり歩き回らないほうがいいですよね?」

「そうしていただけると、私や陛下の心労が減りますね」

「そうですよね、分かりました」

「おにわは遊んでいいですか?」

「はい、どうぞ。皇后陛下が管理をなさっていた庭ですから、ご自由になさってください」


 王宮の中でもバルドやエリアスしか入る権限のない場所があるらしい。もちろん二人の寝室も皇帝塔にあり、普通の使用人でも入れないということだった。


 そのエリアの外には綺麗な庭園が広がっているのだが、この庭園の管理をエリアス自身がしていたとアレクシスは語る。確かにヴェルデシア村でも自分で薬草を育てたり花壇の管理はしっかりとしていたが、ここまで大きな庭園を管理しているとは思いもしなかった。


「庭園の先、温室ではエリアス様が薬草を育てられておりましたので、そちらもご自由にお使いください」

「薬草?」


 エリアスが聞き返すと、アレクシスは微笑みながら頷いた。


「エリアス様は18歳の頃に王宮医師として就職されました。その後すぐに皇后となりましたが類稀な高い治癒能力を駆使し、皇后の身分を隠して帝国軍の治療などをしておりました。そのために薬草を育てて薬の調合もされておりましたね」

「そうなんだ……それはバルドも許していたこと?」

「皇帝陛下はエリアス様が騎士たちの治療をするのを良く思っておりませんでしたが、アルバディア帝国内でエリアス様以上の治癒能力を持つ者はいません。その能力については陛下も許容していましたので……」

「なるほど。じゃあ、また医師として働きたいって頼んでみようかな。治療は無理でも薬を作るくらいは――」

「ご機嫌よう、皇后陛下」


 皇帝塔に続くエリアとの境目に現れたのは白い服に身を包んだアベルで、エリアスとシャロンを見つけると優雅な所作でお辞儀をした。まるで見えないラインがエリアスとアベルの間に引かれているかのように、アベルは一定の場所で立ち止まっている。


 真紅の長い髪の毛が風に揺れ、金色の瞳が獲物を見定めるように見つめていて、アベルの視線に居心地の悪さを感じた。


「ご機嫌よう、アベル様。今日は良いお天気ですね」

「そうですね。皇后陛下は皇子殿下とお散歩ですか?」

「はい。3年も王宮を空けていたので、アレクシスからまた色々と教わっております」

「皇后陛下の留守中は私が陛下を支え、王宮も取り仕切っておりました。何か分からないことがあれば何なりとお聞きください」


 ――なるほど、挑発されているらしい。


 まるで『悪意はありません』というような屈託ない笑みを浮かべているが、腹の中が読めない。バルドの前ではおしとやかな第一皇妃を演じているアベルは、エリアスの前では遠慮なく敵意を剥き出しにするようだ。


 後ろに控えている侍女たちもクスッと笑っているので、エリアスは自分が思っているよりもこの中で味方がいないのかもしれない。


「シャロン皇子、こちらでの暮らしはいかがですか?」

「んっと……」


 シャロンは幼いながらもアベルの敵意を感じ取っているのか、エリアスの後ろに隠れたまま困ったように見上げる。人懐こく明るい性格のシャロンがこんなに縮こまっているのは、3年一緒にいてエリアスも初めて見た。


「お話してあげて、シャロン」


 エリアスが促すと、シャロンは少し顔を出して「たのしいです」とだけ言った。


「シャロン皇子、お近づきの印にこちらのお菓子を差し上げます」

「え、おかし?」

「ちょ、シャロン!」


 アベルが綺麗な包みの箱を差し出すとシャロンは目を輝かせて近寄った。まだ3歳だから仕方のないことだが、お菓子に反応したシャロンが見えないラインを越えようとしていて、エリアスは慌てて小さい体を抱き上げた。


「皇子に許可なく近づき触れられるのは父である皇帝と母である皇后だけです。何か贈り物をしてくださるのであれば、アレクシスや侍女を通してからにしていただけませんか」


 エリアスが咄嗟に危機を察知してそう言うと、アベルは「はは」と渇いた笑い声を漏らした。


「出産して大分腑抜けてしまったと思っていたのですけれど……お変わりなくて安心しました」

「は……?」

「皇后ともあろう方が腑抜けた人では皇帝陛下のお相手として不足ですから」


 お菓子はまたお贈りさせていただきますね、と言ってアベルは去っていく。彼の姿が見えなくなってやっと、エリアスは深く息を吐いた。


「こ、怖かったぁ……!」

「かかさま、だいじょうぶ?」

「大丈夫だけど……シャロン、ととさまとかかさま、それにアレク以外の人にすぐ心を許したら駄目だよ。おいでと言われてもついて行かないように。いいね?」

「うん、わかった」


 シャロンに何もされなくてホッとしたが、もしも何かあったらと考えると背筋に悪寒が走る。シャロンをぎゅっと抱きしめると、小さな手がエリアスのことを強く抱き返してくれた。


「俺と第一皇妃は元々こんなに険悪でした?」

「そうですね……お二人とも皇帝陛下を愛してくださっているが故に、ですかね」

「ったく、心臓がもたないな……」


 今まで感じたことのない新たな『敵意』に、エリアスは頭痛を覚えた。




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