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「シャロン皇子の教育係などはもう決定されていますか? まだでしたら私がお世話になった先生がいますので、ぜひ一度皇后陛下とお茶会でも――」
「有難い申し出だが、その必要はない。シャロンは帝都の暮らしに慣れてから、関わる人物は俺が直々に決める。皇后は出産後から体調が著しくなく、しばらくは療養が必要な状態だ。皇后と皇子に関して何か用があるようなら、俺とアレクシスで対応するからそのつもりでいてくれ」
有無を言わせないバルドの言葉にアベルも引き下がり「承知しました」と言いながら頭を下げた。あまりにも『皇后と皇子に近づくな』というバルドのオーラや庇い方にエリアスはハラハラしたが、なんとかこの場は切り抜けられたようだ。
「皇后陛下」
謁見の間から退出したあと、アベルから声をかけられた。エリアスが振り向くとすぐさま両手をぎゅっと握られ「お会いしたかったです」と言いながら眉を下げるアベルの顔が至近距離に迫っていて、驚きに心臓が大きく跳ねた。
「3年もお会いできていなかったので、心配しておりました」
「あ、ありがとうございます。俺もお会いできて嬉しいです」
「元気そうな愛らしい皇子様のご誕生も、心からお祝い申し上げます」
笑っているのに笑っていないアベルの顔にぎくっとした。彼から感じる敵意はどうやら本物らしい。それを隠すことなくエリアスにぶつけてくるアベルに何と言っていいのか分からず、エリアスはぎこちない笑みを返した。
「皇后陛下、閨事に関してのご相談なのですが……今まで通りでよろしいでしょうか?」
「今まで通りとは?」
「私の発情期の際はバルド陛下にお相手をしていただく……構いませんか?」
「え、えっと……」
「今は抑制剤で抑えていますが陛下とは運命の番同士ですので、発情期の際は陛下に側にいていただかないと辛いのです」
「それは、はい、分かります……」
エリアスは出産してから発情期が来ていないので、プレイの相手だけをしてもらえたらいい。オメガの発情期は記憶を失ってからは経験していないので分からないが、相当辛いのだとヴェルデシア村でも聞いていた。
ましてやバルドとアベルは運命の番同士で、普段でさえ番になっていなければ同じ空間にいることすら辛いだろう。アベルはチョーカーをつけているのでバルドとは番になっていないらしく、彼のオメガとしての辛さがエリアスにも伝わってきた。
「――アベル。閨事に関しては少し考えさせてくれ」
「陛下……」
「なんせ、こいつは出産後からえらく気が短くなって嫉妬することが増えた。お前には申し訳ないが、俺は今新たな皇子がほしいわけでもないから考えさせてくれないか」
「誰が怒りっぽくて嫉妬しやすくなったって……!」
「お前だ。今もまた声を荒げて……帝都に戻ってきたのだから少しは皇后らしい振る舞いに戻るんだな、エリアス」
「んなっ」
カチンときたが、正直なところ話を遮ってくれて助かった。アベルが手を離した隙にスススッとバルドの後ろに移動すると、彼は眉を下げ「なんだ、隠れるのが下手だなお前は」と笑われる。そんな笑顔にエリアスは胸がきゅうっと締め付けられ、また複雑な気持ちを抱いた。
「……皇帝陛下の御心のままに。それでは失礼いたします」
見惚れるようなお辞儀をして、アベルは侍女を引き連れて戻って行った。
「こ、怖かったぁ、あの人……」
「今のお前にはそう見えるか」
「前の俺も怖がってたんじゃ?」
「いや。どちらかと言えば、お前のほうが高圧的だった。正妃の余裕とでもいうのか」
「えっ! それ、俺ってめちゃくちゃ嫌な性格の皇后だったのでは……?」
「そういう意味じゃない。俺に愛されているという自覚があったからだ」
バルドの言葉になぜかエリアスは顔が熱くなるのを感じ「そ、そうですか……」とぎこちなく言葉を紡ぐ。今のエリアスにはバルドからの愛を受け取って、気持ちに余裕ができるような自分は上手く想像できなかった。
「事が落ち着くまで、夜は俺の部屋で眠ってくれ」
「はい!?」
「シャロンと三人で同じ部屋にいたほうが、何かあった時に二人とも守れるからな」
「あ、ああ、そういう……!」
「……いやらしいことをしたいのならば、シャロンを寝かしつけたあと、隣にあるお前の部屋に行こう」
「っ!」
するっと腰を撫でられながら耳元で囁かれ、条件反射のようにエリアスの体がびくっと跳ねた。




