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「こ、皇帝陛下! ご無事の帰還、我々も嬉しく思います……!」
「迷惑をかけた。申し訳ない」
「とんでもありません……! 陛下がご無事であることが何よりです」
王宮に戻ってくると、バルドやアレクシスが不在の間に皇帝の仕事を代わりに務めていたという宰相や大臣たちが謁見の間に集まり、バルドの帰還を出迎えた。
呼ばれたら出てくるようにと言われたエリアスとシャロンは、謁見の間の隅に隠れながらその様子を窺っていた。
「皇帝陛下……っ!」
大臣たちに続き謁見の間に入ってきたのは、真紅の長い髪を揺らし金色の瞳が眩しい美しい男性。彼は急いできたのか肩で息をして、皇帝の椅子に座っているバルドの前に両膝をついて見上げた。
「ご無事だったんですね、陛下……!」
「ああ。心配をかけたな、アベル」
アベルという名前にエリアスはぴくりと反応する。確かバルドの婚約者だった第一皇妃だ。背丈はエリアスより少し低く見えるが、柔らかそうな体つきで妖艶さもある。自分の貧相な体とは大違いだなとため息をつきたくなるほどだった。
「さきの戦いで負傷した際、正気に戻った」
「――と、言いますと?」
「俺はどうやら古代竜の魂に乗り移られていたらしい。今までの悪行が許されるわけではないが、これからは失った命とこれからの命のために償っていくつもりだ」
乗り移られた、なんて設定は誰も信じないだろうとエリアスは内心馬鹿にしていたのだが、あろうことか大臣たちは「古代竜の呪いだ……!」「確か六世代前の皇帝が……」などと話しているので、どうやら無事に信じてもらえたらしい。
「民の信用をもう一度得るのは困難な道かもしれない。だが俺は、この身を持って生涯を帝国に捧げると誓おう。そして皆には変わらず、アルバディア帝国を良き国にするために力を貸してほしい」
ちょうど大きな窓から降り注ぐ日差しがバルドの玉座を照らす。エリアスから見ても彼は『純白竜の皇帝』に見えて、思わず息を飲んだ。
それはこの場にいる全員がそうだったのだろう。一斉にバルドの向かって頭を下げ、忠誠を誓う様子はまさしく圧巻だった。
「皇帝陛下。このアベルがあなた様をお側でお支えいたします」
「……もう一つ、皆に話しておきたいことがある」
バルドの合図を受け取り、エリアスはシャロンを抱いて謁見の間に姿を現した。それに合わせてバルドは玉座から立ち上がってエリアスの元へ歩み寄り、ふわりとシャロンを抱いて腕の中に収める。その様子を見ていたアベルや大臣たちは目を見開き、ぽかんと口を開けたまま見つめていた。
「俺の帰還に合わせ、皇后と皇子も帝都に帰還した」
「こ、皇后陛下……!」
全員が一斉にエリアスたちに頭を下げると、やはり自分は『皇后』に見えるのだなと不思議な気持ちになる。シャロンはきょとんとしたままバルドの腕に抱かれ「ととさま、なんでみんなごめんねってしてるの?」と無邪気に聞いていた。
「みんなは、かかさまとシャロンを心から出迎えてくれているんだ。名前と年齢を教えてあげなさい」
「シャロンです! 3歳です!」
「大きな声で言えて偉いな、シャロン」
「お、皇子様がご誕生していたとは、知りませんでした……」
「ああ、ごく一部の者にしか伝えていなかったことだ。皇后は3年前、無事に出産をするために帝都を離れ、皇子を育てていた。そろそろいい頃合いだと思い、帝都への帰還を促した」
エリアスが話すとすぐにボロが出てしまいそうなので、全てバルドが受け答えをした。シャロンは「名前しか言ってはいけない」という言いつけをしっかり守り、その大役を終えたのでニコニコしている。
少しくらい『本物』かどうか疑われるかと思っていたのだが、案外受け入れられているのでエリアスは拍子抜けした。
「……失礼ですが、本当に本物の皇后陛下でしょうか?」
「何を言う、アベル。信じられないのか」
「そうではありません。ただ、3年も消息不明と言われていましたので……皇帝陛下こそ、お探しでしたじゃないですか」
「俺が古代竜に乗り移られたのは皇后を送り出してすぐのことだった。“俺の”皇后を探していたと言うより、その古代竜の皇后を探していたのだろうな」
「なるほど、そうですか……。では、皇后の証である指輪のご提示くらいはお許しいただけますか?」
アベルの声色と視線にエリアスはゾッとした。バルドが気づいているか分からないが、彼と同じオメガだからなのか、じっと見つめる視線の中に込められた『敵意』を感じ取る。ぞわりと背筋が粟立つ感覚と戦いの象徴である真紅の竜の威圧感とが相まって、エリアスは段々と呼吸がし辛くなってきた。
「……エリアス、大丈夫だ」
エリアスの様子に気がついたバルドがそっと背中をさすり、片手にはシャロンを抱え、もう片方の手はエリアスの腰に添えられる。
そこからじんわりと伝わるバルドの体温がエリアスの体を巡り、一度深呼吸をしてから指輪をつけた左手を差し出した。
「こちらは皇帝陛下がお持ちの指輪と対になっている、皇后の指輪で間違いありません。俺はアルバディア帝国の皇后であり第一皇子・シャロンの母、そしてバルド皇帝陛下の番のSubオメガです」
「確かに、皇后陛下の指輪ですね。不躾なお願いをして申し訳ありませんでした」
「いえ……」
アベルは頭を下げて謝罪したが、居心地の悪さはどうにも拭えなかった。




