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「先生、最近抑制剤の効きが悪くて……」
「じゃあ少し強めのものに変えてみましょうか。俺が調合したものだから大丈夫だとは思うけど、切り替えてしばらくは定期的に様子を見させてください」
「分かりました。いつもありがとうございます、エリアス先生」
森の中にひっそりと存在しているヴェルデシア村で医者兼薬師として村の住人から頼りにされている青年・エリアスは引き出しから粉末の薬の包装を取り出し、オメガの発情期に悩みを持つ村の青年に処方した。
この村の医師であるエリアスもオメガだが、ある時を境に発情期がぱったりと来なくなった。それ以来、アルファやオメガと言った第二の性ではなく、類稀に発現するという第三の性に悩まされているところ。
「エリアス、ひと段落ついた?」
「ああ、エイデン……わざわざ来てもらって悪いね」
「いや、全然。倒れられたら住人たちも困るしな」
「うん……じゃあ、いつものお願い」
午後の患者にひと段落ついたので診療所の鍵を閉め、表には『終了』のプレートにひっくり返す。カーテンを閉め切り、診察室のベッドに座るエリアスのパートナー・エイデンをとろけた瞳で見つめた。
「〈おいで、エリアス〉」
そう呟かれるだけでエリアスの体は反応する。体にDNAとして組み込まれているのだから仕方のないことなのだが、稀に発現する第三の性『Sub』というもののおかげで、エリアスは定期的に『Dom』から命令をされないと体調を崩すような体なのだ。
アルファやオメガという誰にでもある第二の性も厄介だが、それだけではなく第三の性まで授かってしまったエリアスは、この小さな村でDomのエイデンと出会えたのは奇跡に近かった。
オメガには『発情期』というものがあり、その期間はアルファやベータに見境なく欲情してしまうのが厄介だとされているが、Subはまたそれとは異なる厄介さがある。
Domは命令を下す側、Subは命令をされる側。簡単に言えば命令をしたい人とされたい人がパートナーになり、プレイをすることでお互いの欲が解消される。
エリアスはオメガでありSubなのだが、オメガの発情期が来なくなった代わりにSubとしての性質が大きく作用しているようで、命令されたいという欲求がどうしても抑えられないのだ。
アルファやオメガと同じように抑制剤も存在するが、自分で強いものを調合してみてもこの欲が抑えられない。薬を飲み過ぎた副作用が原因で一時期倒れたことがあり、それ以来エイデンからパートナーになってもらって欲を解消していた。
「〈跪いて〉」
「はい……」
「〈グッドボーイ〉」
エイデンはヴェルデシア村の小さい騎士団に所属している騎士で、誠実で真面目な青年だ。エリアスの家の近所に住んでいて、何かと気にかけてくれる心優しい男性である。
パートナーのこともエリアスが倒れたのを聞いて、自分でよければ助けたいと申し出たのがきっかけだ。エリアスとしては非常に助かっているのだが、そのせいで彼が結婚できないのでは、と最近は心配している。
「〈膝に乗って〉」
「ん……」
「〈抱きしめて〉」
エイデンの命令にエリアスは素直に従い、彼の膝の上に乗り上げる。そして屈強な筋肉を持つ体にぎゅっと抱きつくと「〈いい子だ〉」と言われながら頭を撫でられたり首筋にキスをされ、エイデンの胸元に頭を預けた。
エリアスに遠慮しているのか、エイデンは直接肌に接触をするような命令はしない。それを最近はもどかしく思うと同時に、エリアスは腹の奥がムズムズする感覚が続いていた。
「……大丈夫? 足りた?」
「あ、う、うん。ありがとう」
無理を言ってプレイをしてもらっているので、さすがに『まだ足りない』と我儘を言うことはできなかった。下腹部がずくんっと重くなるのを感じながら、それを悟られないようにエリアスはへらりと笑う。
満足してよかったと言いながらエイデンが笑いかけてくれて、エリアスは罪悪感に胸が痛んだ。
「そういえば、シャロンは? 今日は診察室にいないんだな」
「あの子なら、村長と薬草を採りに行ってくれてる。最近すごく興味が出てきて」
「そうか。エリアスと同じように治癒能力がある竜になのかも」
「……や、俺は混血だし、どうかな」
「混血だけど、純血よりも強い力じゃないか。しかもシャロンは白銀……本当は皇族の子だったりして?」
「ないない、ないって。……覚えてないから分かんないけど」
エリアスたちが住んでいるヴェルデシア村だけではなく、この大陸にはさまざまな種族の国がある。海に囲まれた人魚の国・ネレイシア王国や、獣人たちの同盟国からなるベレスティアム同盟領、そして大陸の中で最も大きく力もある、竜族の国・アルバディア帝国。
ヴェルデシア村はアルバディア帝国の外れ、ネレイシア王国との国境付近に位置している森の中の村だ。この村は主に『自分の居場所がない者』たちが集まる場所。
エリアスもその一人で、人間と竜族の両親から生まれた混血種。それに加え3年より前の記憶が全くと言っていいほどない、ある日突然ヴェルデシア村にやってきた青年だった。




