深淵女王の記憶
本日2話目
## アピサル視点
(この人間は...異常よ)
わらわは今、目の前の武王丸という男を見ながら、心の底からそう思っていた
まんまと挑発スキルに引っかかった私たちは、武王丸を中心とした超接近戦を繰り広げている
(本来相手の精神を支配するのはわらわの得意分野であるはずなのに――)
創成級のステータスを持ち、1界を支配した私や雷帝が一人の人間が放つ精神異常に引っかかるわけがない、それなのに
(――目が離せない!近寄らずにはいられない!)
目の前の人間の特性が、数多の耐性を軽々と突き破りわらわたちの心のありようを変えている
(深淵女王の名が廃るわね...)
精神支配を受けていようが、雷帝も、マリエルも、そして私も、超常の存在
そんな3者が全力で彼を仕留めようとしているのに
「カッカッカ!いい感じじゃゼ!」
武王丸の刀がわらわの魔法を、雷帝の雷を、マリエルの光剣を、全て斬り裂いていく
わらわの得意とする魅惑、支配、毒術、根源すら書き換える深淵、その全てを、あの真眼が見切り、断ち切る
(創成級の概念すら斬る化け物...)
雷帝の破壊に特化した雷撃も、マリエルの浄化の光も、全て同じ
武王丸の刀は今や創成級を超えた何かになっている、あらゆる超常を斬る絶対の刃となって
「ぬうっ!」
雷帝が戦斧で薙ぎ払いを放つが、太刀で往なしながらクルリと戦斧の上に乗った武王丸は、そのまま雷帝の腕を勢いよく駆け上がる
「雷帝様!」
雷帝が堕ちれば勝ち目がない
マリエルが本来敵であるはずの雷帝を光の盾で庇おうとするが
「悪手じゃゼ、桃色狂い」
障害物で威力が減衰しない大太刀が、その盾ごと雷帝の肩を斬り落とす
「きゃあ!」
マリエルが悲鳴を上げる
わらわが武王丸の攻撃の終わり、そのつなぎ目に向けて魔法を練り上げるが
「見えとるゼ」
武王丸のオドロオドロしい真眼がその起こりを見切り、宙にある魔法の起こりごと空間を斬り裂いてしまう
(なんて奴...)
此処に居る3人は、武王丸と同じステータス、同じスキル、同じ特性のどれか一つを持つだけの人間であれば、軍団単位で相手にしても勝てる猛者
でもこの男は、三つの要素が掛け合わさることで、手が付けられない化け物になっている
(神に危険視されて存在を消されそうになるはずだわ)
しかし神殺しを成した創成級が連携しても倒せないこの化け物を、世界を管理する末端の神語と気が同行できるはずもない
(これを殺すのであれば、それは人の手によってこそ成される)
この人間は人外には神をも超える力を発揮するが、人間相手なら普通の英雄でしかない
武王丸のスキルは「格上特攻」「人外特攻」に特化されている
つまり相手が自分より弱い人間なら、彼はただの剣の上手い人間に成り下がる
(人間の為に戦い、人間に裏切られ存在を消された、そんなところでしょうね)
目の前の男について思いを馳せ、改めて感じる神の残酷さに、黒い感情が沸きあがってくる
「アピサル様、危険です!」
過去の因縁に心奪われたからだろうか、反応が遅れ
マリエルが私を庇って武王丸の斬撃を受ける
「マリエル!」
わらわの目の前で、かつての部下であり、今はマリエルと呼ばれる者の翼が斬り落とされる
「かかった!」
マリエルはあらかじめ準備していた治療魔法で、即座に翼を復活させ、光の剣を回転させながら不意打ち気味に突っ込む
(さすがは神の精鋭筆頭だった娘)
しかしかつては天界のエースだったマリエルの攻撃すらも
「不意打ちする身体が語ってるようじゃ三流じゃゼ」
たやすく後の先を取り、その攻撃ごとマリエルの腕を一刀両断する
天界筆頭を三流呼ばわり
人の身でありながらいったいどれだけの死地を乗り越えてきたのか
(マリエル...)
わらわが雷帝を抑え込んでいる間に旦那様の元に現れ、その心をわしづかみにしておきながら、口づけまでした強かな娘
憎くないといえば嘘になるが、世界への不信感から、最初に攻勢を選んでしまったわらわが思ってはならぬ感情
わらわとは違いマリエルは最初から旦那様の心をいやすために立ち振る舞ったのだから、その褒美を受け取ることになんの咎もない
何より愚かなのはいまだに旦那様の名を受け取らぬ愚か者1と、旦那様から名を受け取っておきながら「忠誠は後で」と言いながら暴れる愚か者2だ
世界に拒絶されたわらわたちに、もう一度世界とのつながりをくださった愛しき方を苦しめるだけでなく、その方の配下を傷つける等
(万死に値しますわ!)
何度目かになるかわからない、深淵の全開放。
視界を埋め尽くすほどの深淵の槍を男めがけて飛ばす
「攻撃っちゅうんはな、数じゃないじゃゼ。一撃にどれだけ込めるかよ」
その全てを、武王丸は一刀の元、斬り裂いてしまう
(そうか...わらわたちは、詰んでいるのね)
血を流しながら、わらわは遠い記憶を思い出していた
天界にいた頃の記憶を...
---
わらわの名前は■■■だった
今はもう思い出せないけど、少なくとも深淵の女王なんて名前じゃなくて、天使に相応しい気品あふれる名前だった
天界で最も創造神に近い存在、愛と慈悲を司る熾天使として、多くの天使たちの上に立っていた
今のマリエルも、あの頃はわらわの部下だった
「■■■様、この世界の人々が苦しんでおります。私たちの力で救うことはできないのでしょうか...」
マリエルが報告してくる、いつものことだった
「だめよ、世界の秩序を乱してはいけません」
わらわはそう答えていた、いつものように
でも、心の中ではずっと疑問を抱いていた
なぜわらわたちは、愛と慈悲を司る存在でありながら、目の前の苦しみを見過ごさなければならないのか
なぜ世界の調和という名目で、個人の悲しみが軽視されるのか
「全てはシステムの安定のため、個の感情より全体の秩序が優先される」
そう教えられてきた
でも、どうしてもその答えに納得できなかった
(本当の愛とは、目の前で苦しむ者を救うことのはずよ)
そしてある日、わらわは決めた
システムの許可など関係ない
わらわは天界の掟を破り、苦しむ人々を救うために降臨した
「■■■、お前は何をしている」
管理者の冷たい声が響く
「私は、真の愛と慈悲を実践しているだけです」
「その愛は、傲慢だ。即座に停止せよ」
わらわは管理者に向かって叫ぶ
「いいえ、愛は秩序より尊いものです!」
「創造神様の為のシステムに背く者を天使とは呼ばぬ。お前は世界を乱す異端者だ」
その言葉と共に、わらわは天界から深淵の世界に落とされた
堕ちていく最中、わらわの体は変わっていった
「神よりも、システムよりもあなた達を愛しているのに」
深淵の世界に堕ちる途中
地上界で愛していた人間たちが、わらわを化け物として恐れ、逃げていく
「貴方たちは私の本質を見てはくれないのね」
愛ゆえに反逆したのに、その愛すら拒絶された
「あなた達を守るには...全てを私が支配する必要があるわ」
愛が、憎しみに変わった
「放任主義の管理が悲しみを生んだ...であるならば私の愛は...完全なる管理と支配がふさわしいわ」
愛が、支配欲に変わった
「ふふふ、さぁ、わらわの愛の中で安らぎなさい!」
深淵に落ちたわらわは、そこで多くの異端者たちを従え、女王として君臨した
そして望んだ世界を手に入れる為、軍を作り、圧倒的な力で天界に挑戦を仕掛けた
完全に支配することこそが、真の愛だと信じて
でも、負けた
神をも超える力を得たはずなのに、負けてしまった
「わたくしの愛が間違っていたというの...?」
意識が遠のくわらわに天使たちの声が聞こえる
「――このお方をどうすれば」
それは先ほどわらわの心臓に光剣を突き立てた、かつての愛すべき部下の声
「刑罰として、深淵界では不足であった。虚無界へと落ち、全てを無にせよ」
「そんな!?確かにこのお方は大きな罪を犯しました、でもそれは――」
わらわの意識が薄れていく
「貴様も――――――反逆――――――虚――――――落――――――」
わらわの存在は世界から拒絶され、わらわを取り巻くすべてのものが”なかったこと”にされようとしていた
消えるのは怖くなかった
しかし、本当の愛を知る事が出来ない事だけが
どうしようもなく悲しかった
名前も消え、世界の記憶からわらわが抹消される最後の瞬間に
あの声が聞こえた
「じゅうぅぅぅれんっっ!ガチャアアアアアアアアアア!!」
旦那様の声が
---
だからこそ、わらわは彼を特別に思う
ガチャで呼ばれる直前のわらわは、世界に否定されて存在を消される直前だった
他の召喚者も名を持たぬという事は、おおよそ似たような境遇だろう
旦那様のガチャが、消える存在をギリギリ繋ぎ止めてくれた
最初は、また否定されるのを恐れて攻撃的に振舞ってしまった
でも名前をつけてもらった瞬間、確かな繋がりを感じた
胸の奥から愛があふれた。
このつながりこそがわらわが探し求めた愛なのだと確信出来た
わらわはきっと、このために一度世界に否定されたのだと思えるほどの幸福を感じた
元天使のわらわがそうなのだから、ずっと天使として生きていたマリエルはなおさらでしょう
異世界人である旦那様による名付けは、異世界を経由してわらわたちの存在を改変し、もう一度この世界に受け入れられるための儀式なのだから
「があああ!」
武王丸の斬撃がわらわの思考を現実に引き戻す
血が飛び散る、わらわの血が
でも、もう迷いはない
わらわは旦那様に救われた
だから今度は、わらわが旦那様を守る番
たとえこの体が砕け散っても
わらわは最後の力を振り絞って最大級の魔法を発動しようとする
その時
武王丸の背後で影が蠢き、そこから一人の暗殺者が飛び出してきた
影から飛び出した暗殺者は武王丸の死角に完全に入っている
わらわでさえその肉眼で確認していなければその存在を認識できるかどうかわからなくなるく見事な隠蔽
まるでそう
(ガチャに呼ばれる直前のわらわのよう)
旦那様が名付けたその暗殺者――ヴァイオレットが武王丸の首めがけて短刀を振り下ろす
対人に対しては普通の英雄クラスのステータスになる武王丸にとって
至高の暗殺者たるヴァイオレットの急所への攻撃は致命傷
(勝った)
そう思った瞬間――
「暗殺とは誉の欠片もない下種外頭じゃゼ」
――これまでにないほど表情を憎しみにゆがめた武王丸が勢いよくしゃがむ
「!?」
会心の攻撃をよけられたヴァイオレットが驚愕の表情を浮かべる中
「我ゃ貴様みたいな下郎が何より我慢ならんのじゃあああああ」
武王丸が身体をひねり、その首へと刃を伸ばす
しかしその攻撃が
(遅い?)
この攻撃の対象がヴァイオレットではなく、格上の人外であればその攻撃は見ることもかなわぬ神速で展開されたであろう
しかし、悲しいかなヴァイオレットは同格の人間、それに
(憎しみで振る太刀に誉はない?)
鬼気迫るのみ発動し、SSXとなったSTR
もしその行動に誉があれば、武士精神によってすべてのステータスがSSXとなり、ヴァイオレットの速度と競るはずだった
しかし、人間相手の誉のない太刀は、武王丸本来の速度へと引き戻される
当然速度に優れるヴァイオレットの再攻撃の方が先に刺さる
しかしその結果を悟って尚、武王丸は笑みを崩さない
「相打ち上等じゃぜぇぇぇぇ!!!」
対人相手であろうが減ることはない英雄級の耐久力をもってして相打ち覚悟の一撃を放つ
「毒術――」
「毒ごときでワシの太刀の勢いは止まらんじゃゼ!」
武王丸の真眼による見切り回避と耐久が勝つか
その前にヴァイオレットの急所攻撃による防御無視が勝ち即死を発動させられるかの勝負
このままではどう転んでも旦那様の配下が一人死んでしまう
(わらわがなんとかしないと!)
状況を打破するために魔法を練り上げた時、まだ聞いたことの無い声が響く
「糸術・瞬間拘束」
新たな参戦者、エルフのキューレが仕掛けていた糸が、武王丸の動きを封じる
「こんな糸じゃ我ゃ――」
キューレが成し遂げた拘束はほんの一瞬
本当に一瞬、でもそれでヴァイオレットには十分だった
「急所丸見え、おやすみ」
ヴァイオレットの毒を含んだ斬撃が武王丸の防御を貫通し直撃する
「ぐはっ...!」
武王丸はキューレと相対したことで上昇したステータスによって、拘束を振りほどくが、そこが限界だったのか、膝をつく
「うん、完璧」
「いや、アンタは自由に飛び出しただけで、完璧に合わせてんのアタイだからね」
短刀をクルクル回しながら得意げに語るヴァイオレットに対し
神経を張り巡らせていたキューレは、ヴァイオレットをジト目で睨む
「それにしても、ほんとに殺さなかったんだ」
「うん、変だけど、ボスの願いだから」
ヴァイオレットは手を見つめる
「生かすための毒を使うのは、はじめて」
「...アンタ、人間っぽくないわね」
そして、そんなやりとりをしていると、ついに武王丸に限界がきて、倒れる
武王丸は倒れた途端
「ぐおおおおおおおおおおおおおおお、があああああああああああああ」
瞬間叫び声ともとれるほどのいびきをかき始める
「やった...」
予想外の激戦の収束に、だれもがほっと息をついた瞬間
雷帝がふらふらと立ち上がる
「ようやく、決着をつけられるな、女王アピサルよ」
そうだった、もとはと言えばこの愚か者を倒すのが目的だった
「本当にしつこい男は嫌いだわ」
マリエルが心配そうに見積めるのを背中に感じながら、深淵魔法を展開する
でも、どちらかが倒れるまで、この戦いは終わらない
## 主人公視点
「このままじゃどちらかが死ぬまで止まらない...」
終わらぬ戦いに俺は途方に暮れる
武王丸は毒で倒れたが、雷帝はまだやめるつもりはなく、そうである以上アピサルが止ま事もない
いったいどうすれば...俺はあたりを見渡し――
「オルトレーン!」
戦闘が一時停止し、暇そうにしている大魔導師に声をかける
「ほう、何用かね?」
「頼む、みんなを止めてくれ!」
「ふむ、面白いことを言う小僧じゃな、一介の魔術師風情に、あの神話の生物を止められると思うのかね?」
オルトレーンは立派な白髭をいじりながら、こちらを試すように問うてくる
「あぁ、思う!」
「何故じゃ?」
「重力魔法という、一つの魔法でその地位を得、人類最高級の頭脳を持つ貴方なら、解決方法の一つや二つ思いついている、違いますか?」
頭の回転が速い人っていうのは、総じて目の前に問題があったとき、解決せずにはいられないタイプというのが存在する
魔術という学問を究めるだけでなく、召喚した手であろうともアピサルと雷帝の魔法への研究を始めたオルトレーンなら、脳の余力が出来た時、目の前の問題に対して思考を回しているはず
「ほっほっほ、気持ち良いくらい他人任せじゃのう」
「あぁ!うまく組織を回すコツは、専門分野はその道のプロに任せ、一度任せたからには信じ切り、どれだけ立場が上だろうが、責任者の決定には従う事だと俺は思ってる」
「ワシの案であれば、主の小僧ですら必ず従うと?」
「あぁ!俺に出来ることなら何ても言ってくれ!彼女たちを救うためなら何でもやって見せる!」
俺の嘘偽りない願いの叫びをどう受け取ったのか
オルトレーンは変わらず顎髭をなでながら、目を閉じる
「ほっほ、ま、ひとまずは合格かのぅ」
ゆっくりと目を開けたオルトレーンが重力を感じさせずにふわりと立ち上がり
「創成級を間近で見た今なら、あの術式が展開できるはずじゃ...」
そんなことをぽつりとつぶやき、ピー助を見る
「ピー助や、小僧にかけている加護を全てワシに回せ」
「ピッ!?」
「先ほど小僧自信が言ったであろう。自分にできる事なら何でも言ってくれと。であるならば加護を受け渡し、戦闘の余波で死ぬかもしれない程度、なんてことないじゃろうて...のぅ?小僧」
オルトレーンが鋭い眼光で俺を見てくる
「あぁもちろんだ!アピサルもマリエルも命を懸けて戦ってくれてる!主が怖がって命を優先するなんて許されない!」
俺も負けじとオルトレーンをにらみ返す
(こちとら粗相があれば即引退コースな大御所の相手に渡り歩いてきたんだ。それにアピサルや雷帝から受けた圧に比べれば...オルトレーンには悪いが、その程度の睨みに臆する俺じゃない!)
「ピー助!オルトレーンを全力で強化してくれ!」
「ピピッ!」
ピー助がオルトレーンに向かって鳴く
ピー助が「ピッ」っと鳴くたびにピー助が黄金に光、その光がオルトレーンに吸い込まれていく
「ほほう、やはりピー助はとんでもないのぅ。これが神話級の魔力...」
オルトレーンは天に向かって杖を掲げる
「あと一歩で創成級じゃが、ワシの重力魔法なら――
重力魔法MAX:重力魔法を扱う際、INTが一段階上昇
――創成級に到達じゃ」
オルトレーンの目が光る
「創成とは概念への接触。圧倒的な重力の前には全てが集約され時の進みも限りなくゼロとなる...」
オルトレーンから魔力の奔流が巻き起こり、様々な大きさの魔法陣が中空にいくつも展開されていく
「つまりワシの重力が接触する概念は時...ワシの理論に創成級を考察し編み出した方程式を魔法陣に組み込み――」
魔法陣は次々に展開されては重なっていく
「むぅぅ、脳への負荷が半端じゃないわい...やはり借り物の力では限界があるか...」
大粒の汗を流しながら魔法を練り上げるオルトレーン
そして魔法陣が次第に重なり一つの球体になり
「しかし、これで完成じゃ――」
オルトレーンのその魔法に名をつける
「――時界圧壊」
オルトレーンが叫んだ瞬間
――――――!
先ほどまでうるさいほどに響き渡っていた戦闘音が綺麗に止んだ
思わずオルトレーンから、戦場に視線を向けると
何もかもが止まっていた
アピサルも雷帝も、完全に動きを封じられる
「あー、そこら一帯の世界を止めたと、創成級へと触れた方々なら思考が動いてる筈じゃから話を進めるとしよう。しかし反論できない以上、一方的に話すことになるが許されよ」
オルトレーンがゆっくりと語りかける
「わしは長い間、様々な戦いを見てきた、だが無意味な争いほど愚かしいものはない」
無意味という部分に引っかかったのか、アピサルと雷帝の目が光る
「アピサル殿よ、本当に小僧を守るだけなら、小僧を抱えて全力で逃げればよかった。召喚された者たちは途方に暮れるかもしれんが、名を貰えぬ雷帝も、その他の反骨的な者も、次第に弱り、消えたのだ」
静かに力強く、しかし淡々とオルトレーンは言葉を紡ぐ
「それでも小僧を守り切るという使命は守れたであろう。それですべては解決したのだ。だがお主は戦った、小僧にいいところを見せようとして、だ。違うかね?小僧への見栄で小僧を危険にさらした。それが果たして愛かね?」
アピサルの瞳孔が揺らぐ
「雷帝よ、其方の誇りは理解する、恐らくワシなどが気安く話しかけられん程の偉大な皇帝だったのだろう。だがその誇りを貫いて消えるつもりかね?わかっているのだろう、我等は小僧につながりを作ってもらわねば虚無の世界に帰ることになると...何もかも忘れ去られ。其方は真の意味で敗北する。其方が挑んだであろう者にのぅ。そこに意味を見出すことが出来るのかね?」
雷帝の拳が強く握られる
「そして武王丸よ、起きておるのだろう。其方は世の為人の為と言いながらその実、己の戦闘欲求を満たしているだけではないのか?どのような人間にも無限の可能性があるように、生きとし生けるものにも同じように可能性がある。悔い改める者、何かを変えようとする者の声に耳を傾けずに、可能性だけで斬る野蛮な行為の、どこに誉があるというのかね...断言しよう、そこに生まれるのは恐れだけだと。だからこそお主も世界から弾かれたのだろう...ワシも似たようなものだが、だからこそ小僧の願いを聞き届けた。お主も、小僧の元で真の誉を探すのも一興とはおもわんかね」
武王丸の体から睡眠中も消えなかった覇気が抜けていく
「さて、そろそろ魔法を解くが、これが解かれた瞬間にすべての争いに終止符が打たれぬようであれば...ワシがこの小僧を即座に重力の渦でつぶすぞ。ワシ等は皆それで終いじゃ...よく考えよ」
しばらくの沈黙の内、重力場が解除される
アピサルと雷帝はお互い睨み合う
武王丸はまだ寝転がったままだ
アピサルが先に雷帝から目を背けこちらを向いて頭を下げる
「旦那様、申し訳ありませんでした」
アピサルほどの存在に謝られると、とたんにむず痒くなる
「謝ることじゃないよアピサル!俺達はまだお互いをよく知らないんだし、アピサルが俺に何かを魅せようとするのも当然だよ!」
オーディションで監督にいいところを見せようと、痛いほどの自己アピールをしてきた俺にアピサルを咎めることなんてできるはずがない
それに
「俺もアピサルのかっこいいところ見たかったし...」
「旦那様...」
アピサルのルビーの目が潤み、大粒の涙がこぼれる
「心からお慕いさせていただきますわ、わらわの愛しい旦那様」
最初の印象とがらりと変わったアピサル
その心に何があったのか、これから長い時をかけてゆっくりと知っていけたらなと思う
「はい!主様!私もお慕いしております!」
アピサルとの視線を割るようにはいってきた、マリエルが主張してくる
本当にかわいい娘だ
こんなに女性の行為をすんなり受け入れれらるのは初めての経験かもしれない
(前世じゃ、疑う気持ちが一番に出てきちゃってたもんな...)
「うん、マリエルもありがとう」
「頑張ったご褒美お待ちしておりますね」
ご褒美...キスの事だろうか...
(それだけはちょっと勘弁してほしいんだけど)
マリエルは激しい戦いがあった事を感じさせないくらいルンルンで宙を飛んでいる
(とてもじゃないけど言える雰囲気じゃないか)
「だああああああああああ」
そしてその雰囲気を壊すように武王丸が体を起こす
「おまん...いや、大将!」
そして胡坐をかき、両こぶしを地面について俺をまっすぐ見る
「名を貰っておきながら忠誠はお預けなんちゅう我ゃのわがまま効いてくれて恐悦至極じゃゼ!じゃが爺の言う通り、ちとわがままが過ぎたかもしれん!じゃが暴れるワシを大将は仕留めることも出来たのに、生かした...刃向かう配下を許す...そりゃ覇者の器じゃゼ...だから決めた。我ゃのは大将についていく。そん大将が妖怪の女娶るいうんなら、我ゃも認識を改めにゃいかんちゅうことじゃゼ」
そして頭を下げる
「大将、この武王丸の刃、大将の道が誉の道を進む限り、共にあることをここに誓う」
どっからどうみても主人公そのものの武王丸に主君として認められて頭を下げられるなんて、本当に俺はどれだけ頑張って応え続けなきゃいけないんだろう
その頂の高さに激しい不安を覚えるとともに、前世とは違う、挑めば叶うであろうその道の確かな感触にとてつもない高揚を覚える
「あぁ、これから君にたくさんの誉を与えられる主君であることを、俺も誓うよ」
俺は武王丸に手を差し出す
武王丸はそれを見てカッカッカと笑いながら俺の手を熱く握る
「ねぇアンタ」
武王丸のあまりの力強さに手の骨が砕けないか心配になっていたらキューレから声がかかる
「人間は心底嫌いだけど、人間にも、それ以外にもこんな短時間で好かれたアンタは信頼できる気がする。命を懸けてケルを助けようともしてくれたし」
「クゥン」
ケルがマリエルの治療を受けながらひと鳴きする
「だからアタイチもこの子もしばらくはアンタについていくよ。どうせ行く場所も無いしね」
「ワォン!!」
どうやらキューレもケルも俺と一緒に歩んでくれるらしい
後残すは――
「童」
――雷帝だけだ
「貴様は余に対してどんな名をつける?」
「え?」
雷帝が俺をにらみながら自ら名付けに関して口にした
「戦の最中、貴様は言ったな、余に負けぬと」
「あぁ、確かに言った」
「それは余を超えるという意味で間違いないか」
「あぁ、アピサルに相応しい主であることにそれが必要なら雷帝だって超えて見せる」
どれだけ睨んでも目をそらさない俺に何を思ったのか
雷帝がすこし楽しそうに笑った
「世界を統べ、末端とは言え神をも下した余を下に置こうとする童は、余にいったいどんな名前をつけるのかそれを聞かせよ。その名を聞いたうえで、童の名を受け取るかどうか決めるとしよう。選択肢が無いから配下に入る等、余の信条に合わぬ故にな」
雷帝。そのすさまじさは嫌というほど感じた
武王丸という例外が現れたせいで少し霞んだけど、本来の力を取り戻していない状態でも完全状態のアピサルとマリエルのタッグを圧倒してたのだ
そんな彼に相応しい名前
「さぁ、余が納得する名を示して見せよ!」
全てを支配した圧倒的な覇者。
そんな覇者に負けず超えていくために、その壁の高さを常に感じれる名前を付けよう。
彼の存在そのものを象徴する名前を
「ロード…君には君主の意味を持つロードの名を貴方に与えたいと思う」
「君主になろうとする童が、君主の意を持つ名を配下に授けようというのか」
一度口に出してみて、その名が目の前の圧倒的な存在に相応しいと確信する
「あぁ!壁を越えたいからって、その壁を低くしたらもったいないだろう。超える壁は高くないと!」
雷帝の圧倒的なふるまいを忘れることが無いように、この名を送りたい
「グハハハ...グッハッハッハッハッハ!!」
雷帝はひとしきり笑ったと、天を見上げ
「今度こそ...余は、全てに打ち勝って見せようぞ」
そして改めて俺を見る
「余を召喚しせり童、竜将よ!貴様が余に捧げるその名を受け取る事に決めたぞ!」
大声で叫んだあと、雷帝が頭を下げる
それは彼が彼の世界で多くのものに強制してきたであろう姿勢
それを彼自らが俺に行う
「雷帝!あなたに全てを支配する象徴、ロードの名を授ける!」
ロードが名前を受け入れた瞬間、奔流が巻き起こる
その奔流の中、ロードは楽しそうに笑う
「力で支配した余が見られなかった景色を、楽しみにしておるぞ」
「特等席で見ててくれ、ロード」
そして本来の力を取り戻し、存在感が増したロードが立ち上がり意を決したように皆の方を向き――
「皆、済まなかったな、許せ」
――不器用過ぎる謝罪をした
その受け取り方は人それぞれだったけど、俺たちはまだであったばかり
これから時間をかけて仲良くなればいい
心の底からそう思えた
パチパチパチ
その時、拍手の音が響く
みんなが振り返ると、そこには桜の枝を持った小さな妖精がいた
「感動しました!わたくしめは!とても感動いたしました!!」
あ、そういえば10番目の卵が残ってた
PROLOGUEも残すところあと1話!