表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/13

天使と勇者

本日二話目

 



 ゴゴゴゴゴ...




 アピサルから溢れ出る深淵の力は、もはや別次元の領域に達していた


 アピサルの存在そのものが空間を歪ませている


 深淵の霧が立ち込める中、重力すら曲がり、光が螺旋を描いて吸い込まれ、霧の中から無数の赤黒い槍が生まれる、いや、正確には"無"から"有"を生み出している


 存在しないものを存在させ、現実を書き換える創造の魔法



「これが...深淵の真の力」




 シュルルルル...



 槍は生きているかのように蠢き、雷帝を包囲する


 上下左右、360度全方位から放たれる深淵魔法の嵐


 それは単なる攻撃ではない、存在そのものを否定する概念攻撃だった



「ぐおおおお!」



 雷帝は雷化による神速の移動でそれらを回避し続ける


 稲妻そのものとなった巨体が駆け抜ける余波で、あたりに一面に雷の嵐が巻き起こる



 バチバチバチ!



 移動の軌跡に雷の残像が残り、まるで複数の雷帝が同時に存在しているかのよう


 本来の力を取り戻したアピサルも捉えきれないのか、変幻自在の深淵の槍も当てることができていない



「速さだけでは深淵からは逃れられなくてよ?深淵魔法・因果逆転」



 バシュ!



 いつの間にか雷帝の左肩を深淵の槍が貫いていた



「やった!!」



 興奮する俺をよそに、しかしアピサルの表情は険しかった



「...概念操作で頭を狙ったのだけれど...それが外れるだなんて、あなた本当に早すぎるわね」



 その言葉を聞き、傷を負って劣勢のはずの雷帝が笑う


 そして傷口の槍を引き抜くと、そこからは血ではなく青白い雷光が漏れ出す



「余の雷の前にはいかなる力も無力としれ、異国の女王よ」


「さぁ、それはどうかしら」



 アピサルが妖艶に微笑むと



 ザシュ!



 次の瞬間、雷帝の体に槍が刺さっていた



「ぬ?」


「深淵魔法は存在の概念を攻撃するの、いくら致命傷を避けようが、当たれば当たるだけ、『雷帝という存在』そのものを傷つけるのよ」



 ザシュ!



 今度は右足に深淵の刃が食い込んだ



「さて、深淵の前に貴方は何時まで持つかしら?」


「面白いっ!」



 雷帝が再び高速で動きながらアピサルに猛攻を仕掛けるが、その巨体に次々に槍が刺さっていく


 雷帝も生命そのものが削られている感覚に焦りを感じたのか俺に向かって叫んだ



「小童!」


「え?」



 突然呼ばれて困惑する俺



「余にも名をよこす栄誉をくれてやろう!」



 その言葉に、アピサルがピタリと攻撃を止めた



「あら?」



 アピサルが俺を見る



「旦那様から名前をもらうという事は、その軍門に下るという事よ?誇り高き雷帝さん?」



 その言葉に、雷帝も動きを止め



「力を得たくば軍門に下れということか...」



 そして雷帝が豪快に笑い声を上げる



「グハハハ!しかしそれは征服者にのみ許された言葉!そして――」



 雷帝が覚悟を決めたかのように地面を力強く踏みつける



「その征服者とは世界でただ一人、この余の事である!」



 雷帝の全身から、これまで以上の稲妻が迸る



「雷魔法・天帝降臨」



 ただでさえ大きかった雷帝の体が更に巨大化していく


 頭上には雷雲が渦巻き、無数の雷が彼を中心に回転している



 バリバリバリバリバリ!



「余を前にして征服者を語る愚か者どもよ、万死をもってその罪を償うがよい」



 創世神話の一場面を見てると思わせる迫力の雷帝が戦斧を構える



「深淵魔法・奈落の女王」



 アピサルの背後に巨大な深淵の門が開き、そこから無数の触手のような暗黒が噴出する


 まさに深淵そのものが戦場に降臨したかのよう



「では、雷と深淵、どちらが上位の概念か決めましょうか」



 戦いは再び激化した


 雷帝の神速が空を裂き、無数の雷撃が同時に大地を叩き、地面が溶けて溶岩と化す


 アピサルの深淵の周りにになければ俺は余波で死んでいたかもしれない


 無限に膨張する雷と全てを飲み込む深淵



 バチバチバチ!ゴゴゴゴゴ!



 今度の雷帝は本気だった


 負傷を厭わず、肉体が概念の槍で貫かれようともさらなる概念と化した雷で傷を塞ぎ、さらに肥大化させ、力を増しながらアピサルに肉薄し、膨大なエネルギーを含んだ戦斧を、圧倒悌な速度と力をもってアピサルにたたきつける



 ガキン!ガキン!



 巨大な戦斧と深淵がぶつかり合う度に、現実が歪む、雷と深淵、創造と破壊の概念がぶつかり合い、空間そのものが悲鳴を上げる



「うわあああ!」



 魔法同士の激突から生まれる衝撃波は、もはや物理法則を超越している


 俺の周りにあった深淵は徐々にすり減り、その余波が俺のところに徐々に届いてきている


 俺は命の危機が迫っていることを感じながらも、ただ呆然と、神話級の存在同士の戦いを見守ることしかできない


 俺がただただ圧倒されていたそんな時――



 ふわり



 優しい光が俺を包み込んだ



「え?」



 温かく、慈愛に満ちた光、まるで赤子が母に抱かれているときに感じるような安心感



「......美しい」



 思わず言葉が漏れた


 振り向いた時、そこにいたのは、可憐な天使だった


 身長160センチほどの小柄な体に、純白の羽根


 透き通るような白い肌と、淡いピンク色の髪


 深い青の瞳は、まるで空の色を映したよう


 俺が今まで見てきたどんな女優よりも美しく、神々しかった




挿絵(By みてみん)





「あの...貴方は?」


「私?...私は...」



 天使が頬に人差し指を当て、首をかしげながら近づいてくる


 その仕草があまりに可憐で、俺は思わず見とれてしまう


 彼女の白く美しい肌に、光を反射しほのかに光るぷっくりとした唇に、魂まで吸い込まれそうになって――




 カプ!




「痛っ!?」




 ――何かが俺の唇に噛みついた



 慌てて横を見ると、そこには



「ピー?」


「ひよこ?」



 全身に光り輝く立派な鎧を纏った、30cm程のひよこがいた





挿絵(By みてみん)




「ピーピー!」



 そのひよこはまるで俺を重大な危機から救ったとでも言わんばかりに胸を張っている



「ピッ!」



 なんというか...癒される


 激しい戦闘の音が響く中、天使とひよこという組み合わせに、俺の心は不思議と落ち着いていた




「ステータス」


 名前 無し(神罰の剣)


 基本ステータス

 STR:S(超人級)

 VIT:S(超人級)

 AGI:SS(王者級)

 INT:S(超人級)

 DEX:S(超人級)

 LUK:S(超人級)


 HP:25,000 MP:40,000

 身長:160cm

 体重:48kg

 年齢:外見18歳

 属性:光・治癒・愛


 スキル

 神聖魔法: Lv9 - 光魔法の上位スキル

 光剣術: Lv7 - 光の武器生成・操作

 神学: Lv8 - 天界教義の伝説級知識

 料理: Lv5 - 天界の料理


 特殊スキル

 飛行: Lv10 - 飛行を阻害する物理法則が完全に無視される

 魅了:美貌による好感度上昇に補正

 隠蔽:翼や天使の輪を隠蔽する

 天使変身: 神罰の戦天使形態、全ステータス1段階上昇

 天使の加護: 味方全体HP・MP継続回復

 光の裁き: 神敵への威力3倍攻撃

 純真の瞳: 相手の本質・嘘・隠し事を完全看破



 名前 無し(ヒヨコ勇者)


 基本ステータス

 STR:C(一般級)

 VIT:B(熟練級)

 AGI:B(熟練級)

 INT:C(一般級)

 DEX:B(熟練級)

 LUK:D(新兵級)

 HP:500 MP:2,000

 身長:45cm

 体重:3kg

 属性:支援・勇気・希望


 スキル

 剣盾術: Lv6 - 剣と盾装備時の達人級扱い

 ヒヨコ光魔法: Lv3 - 極小光魔法の熟練兵士級技術

 特殊スキル

 無能: スキル習得困難化

 不屈の心: 諦めない限り、戦闘継続時ステータス向上

 希望の盾: 弱者を守る条件での絶対防御

 仲間思い: 背中に守る者がいる時VIT2段階上昇

 勇者の魂: 死地でも決して諦めない精神力

 勇気の鼓舞: 恐怖・絶望除去、勇気付与

 勇者の加護: 味方単体ステータス1段階強化

 ヒヨコ勇者の加護: 自己ステータス犠牲にで味方単体ステータス強化

 小さな勇気: 大きな相手に各種ステータス1段階上昇

 小さな希望: 絶望的状況ほど不屈の心速度上昇

 小さな勇者の大きな勇気: ステータス・サイズ差に応じた攻撃反射(巨大な敵ほど反射威力増加)




「すごい能力だ...」



 アピサルと雷帝で感覚がバグりそうだが、俺からしたらすごい能力だ


 能力値的には天使が金卵で、ひよこが銀卵だろうか


 ひよこも能力値は低いが、バフ要員としてはエース級だ



「あの...」


「ピー」



 天使とひよこがそのかわいらしい顔で俺を上目遣い気味に見上げながら遠慮がちに声をかけてくる



「私たちに、名前をいただけませんか?」


「ピーピー!」



 ひよこも同調するように鳴く



「君たちは俺に従ってくれるのか?」


「もちろんです!」



 アピサルに雷帝と、連続してガチャ生物に圧をかけられた俺は目の前の可憐な天使が、まごう事なき天使に見えてくる



(見た目も天使、心も天使って、もう最高じゃないか!)



 貶しあい、足の引っ張り合いに命を懸けてた業界の女たちに見慣れてた俺は、一発でで目の前の天使の虜になりそうだった



(はっ!いかんいかん!アピサルの誘惑に耐えたのにここで誘惑に負けてどうする!)



 気持ちを切り替えながらも、辛いことがあった後の純粋な気持ちには心動かされて当然だと、よくわからない自己弁護をしながら改めて天使とひよこと向き合う



 まず天使の方を見つめて――



「君の名前はマリエル」


「マリエル...」


「君の可愛さと可憐さにピッタリの名前だと思うんだ」



 天使が自分の名前を口にして、嬉しそうに微笑む



「素敵な名前ですね!」



 次にひよこを見て――



「君はピー助だ」


「ピ!?」


「安直かもしれないけど、君には誰からも親しみを覚えられそうな名前がピッタリだと思ったんだ」


「...ピっ!」



 最初はショックを受けたような表情だったひよこだったが、俺が理由を説明すると、そういう事ならと嬉しそうに飛び跳ねる



 名付けが終わると、二人の体が光に包まれた


 マリエルは天使としての神々しさが増し、ピー助は小さな体に勇者としての頼もしさを宿した



「ありがとうございます、主様。神とつながりが途絶え、道を見失った私に新たなる道をくださった事心から感謝いたします。これから世界の終わりまで主様を神と称え、お支えすることを誓います」



 マリエルが俺の前で膝をつく



「神!?いや、そんな大それたこと思ってくれなくても!?」


「ピ~ピ~!!」



 ピー助はやるじゃないかこのぉ~とでも言わんばかりのゲスな表情で、翼を器用に折りたたんで俺の脛をつついてくる



「ピー助!からかうなよ」


「ピピィ」



 俺をからかったと思ったピー助だったが、今度は自分の番と言わんばかりに


 俺の前で座り、剣で十字を宙に刻んだ後、その小さな剣のつかを差し出してくる



(ここまでされて拒んだらダメだ...天使であるマリエルにとっても、勇者であるピー助にとっても、忠誠を誓うっていうのはそんなに軽い事じゃないはず...召喚者には絶対的何てルールが存在しないのはアピサルたちで痛いほど学んだ...だからこそ、2人の意見を尊重して、受け止めたい)



「...わかった、マリエル、ピー助。俺は君たちの忠誠を受け入れる。だからこそ、俺も二人の主として恥じない人間として生きることを誓うよ」


「慈悲深き主の御心に感謝いたします」


「ピぃ~」


「では...」


 そして次の瞬間――



「誓いの口づけを」



 マリエルが俺の頬にそっと唇を寄せた



「え?」



 軽いキス


 でもそれは前世で受けたどんな愛情表現よりも脳をとろけさせるほどの衝撃で...



「マリエル?」



 困惑する俺をよそに、マリエルは光の翼を広げ――


「今度は主様からのご褒美をいただけるように尽力してまいります」


 ――いたずらっ子のように微笑みながら、頭上で光の輪を回転させた



「勇者ピー助、主の御身をしかと守るのですよ」


「ピッピー!」



 ピー助が小さな胸を張って応える


 その瞬間、ピー助の体が仄かに金色に光り始める



「では主様の敵を討ち、その憂いを晴らしてごらんに入れます!天使変身・神罰の戦天使」



 マリエルが翼を大きく広げスキルを宣言すると、光の粒子が再び集まり始める


 まばゆい光の中で、マリエルの姿が美しく変化していく



 白いドレスが光に包まれ、薄紫と金の装飾が施された戦闘装束へと変わる


 胸当てと腰当ては神聖な金属で作られ、神々しく輝いている


 背中の白い翼が巨大化し、薄紫のグラデーションを描きながら力強く羽ばたく


 頭上の光の輪が裁きの光輪となり、神の権威を示すように回転する



 そして最も美しいのは、手に現れる神罰の光剣


 透明な刃身に神聖文字が浮かび上がり、柄は純白と薄紫で彩られている


 ピンクブロンドの長髪が戦闘の風になびき、青い瞳に神聖な光が宿る



 まさに天界から遣わされた戦う天使の完成だった



挿絵(By みてみん)



 その姿に俺は大興奮する



(おおおお!変身美少女戦士!?もう主役じゃん!マリエルどう見ても主役じゃん!?)



 変身したマリエルはすぐさまアピサルと雷帝の元へ行き、手を天に掲げる



「神敵に天誅を下さん、聖なる十字架!」



 マリエルの宣言と共に、天から十字の光の奔流が降り注ぎ雷帝を襲う


 単なる光とは思えない、天界の正義そのものが具現化した裁きの光


 その光の中で、雷帝の動きが明らかに鈍る



「何者だ!?余の戦いに水を差すのは!」



 聖なる十字架を受け、アピサルから会心の一撃を食らった雷帝は


 大きく後退しながら無粋な乱入者に怒気を飛ばす



「我が名はマリエル!天界神罰の剣筆頭!主への害なすものに天の裁きを!光剣召喚!」



 マリエルが光を纏いながら雷帝の周りを飛び、光の剣で雷帝に攻撃を重ねていく



「忌ま忌ましい天使族め!!」



 まるで虫に纏わりつかれているかのような状況に雷帝が電撃の放出量を跳ね上げ、空間全体に稲妻をほとばしらせる



 無差別に放たれる雷撃の嵐


 しかしそれでも巧みな空中機動をするマリエルには当たらず



「天使の裁き!!」



 マリエルが光剣を振るうたび、神聖な光が雷帝を襲う



「ぬうう!小ハエが、余の雷に勝てるとでも思ったか!?」


「主の戦場でうぬぼれ罪は犯しましません!」



 変身してステータスが向上したとはいえ、マリエルのステータスでは雷帝に遠く及ばない


 しかしマリエルはその優れたセンスで勝てなくても負けない戦いを展開する


 素早く動いているのに、そこら中に張り巡らされる雷と深淵の闇に当たらない



(周りの俯瞰を常にし続けて、最適解を探しているのか?何て集中力だ...)



 アクションの現場では、アクシデントが絶えない


 細かい地面の傾斜、リハーサルとの立ち位置のずれ、カメラや照明の位置それらを常に把握しながら、相手役の目線、動き、それらに自らの動きを最適化して合わせて迫力のある作品を生み出していた


 1点を見ながら全体を見る、八方目という技術を使うのだが、それをするとほんの数分のアクションシーンを撮るだけで、脳から汗が出てるのではないかと錯覚するくらい疲れた記憶がある



(それよりももっとすごいことを、あの規模の戦闘で行い続ける……)



 本来アピサルに届くはずの雷帝の攻撃が、マリエルの神聖魔法によってそらされていく


 そして出来た隙でアピサルが強力な魔法をたたき込む


 雷帝の負傷が増えていくが、マリエルはそこに追撃を仕掛けることはしない



(あれだけの強さがあっても補助に徹するしかない、主役になれない世界なのか!)




 ###マリエル視点




(私はメインではなく補助)



 己に見合った立ち振る舞いをすることができるからこそ、天界で神々を支えてこられたのだとマリエルは自負する


 そんな誰かを支えてきたマリエルだからこそ、卵の中で聞いた竜将の言葉が響いた


 支えることの大変さと素晴らしさを知る人だからこそ



(あのお方になら全てを捧げられる)



 マリエルはかつて天界で神の為に戦った時以上の使命感を帯びて宙を舞う



 数多の攻撃をよける為、急停止急発進を繰り返し次の瞬間にアピサルがいるであろう位置に練り上げた治癒魔法を飛ばす


 治癒魔法はスキルlvによる補正を受けるとはいえ、相手の状態や症状に対して知識が無いとうまく作動することはない



(アピサル様は爬虫類と夢魔の特性のダブル。飛ばす部位で魔法の練り上げ方を変えて...牽制の攻撃に混ぜながら、当てる!!)



 直接手当をする場合と違い、戦闘中に飛ばす治癒魔法は相手に阻害されやすい。


 攻撃を行い相手の隙を作り、その瞬間に味方がいる場所に魔法を飛ばす


 文字にすると単純だが、変身によってSSランクになったINTをもつマリエルでも脳の負荷がすさまじかった


 しかし戦闘と回復を同時に行うのが、戦天使の真骨頂



(アピサル様は主様の配下。であればこれから主様が歩む道にはこの規模の戦闘があふれてる。つまりここで支援を成せねば主様の天使になる資格はない!!)



 癒しの光弾が何もない空間に向かって飛んでいくと、そこに雷帝の攻撃を躱したアピサルのが現れる



「あら、わらわを治療してくれるのね......マリエル」


「アピサル様の体はもう主様のもの。主様のお助けになるのであれば否はありません」


「わらわの旦那様は、貴方の神足りえるかしら?」



 アピサルの言葉に、マリエルの表情がわずかに曇る



「私は信じます、それはアピサル様もでしょう?」


「名前が変わっても貴方は変わらないのね」



 信じて裏切られ、信じることをやめたアピサルと信じて裏切られ、それでも信じ続けたマリエル


 同じものを求め、それでも違う道を歩んだ二人の因縁は、異世界で再び相まみえた




 ###主人公視点




(アピサルも、マリエルも、雷帝もすごすぎる...前世でも自分の無力さに打ちひしがれてきたけど、そんなの非じゃないくらい、この世界が俺にたたきつけてくる現実はすさまじい)



 脇役として生きて、子供を救って主役になることも出来ず死に、異世界転生という幸運に恵まれ今度こそ主役になれるかと思いきや相変わらずの脇役



(いや、脇役ですらないいても居なくても変わらないエキストラレベルの存在感になってしまった)



 マリエルが参戦したことで激しくなる戦場のエネルギーが、俺の心に強い影を落としていく



(まぁでも...)



 おれは真横で戦場をクリクリの目で見つめる黄色い物体――ピー助を見る



「ピッ?」



 何?とでも言いたげに見上げてくるピー助のほほを優しくなでる


 気持ちよさげに目を細めるピー助



「ピィ~」


(お前は、俺の味方...だよな?)



 ステータスでは負けてるとはいえ、この愛くるしいフォルムに30cm程の大きさ



(モフモフマスコットキャラ枠ってことで、俺に癒しをくれ)



 俺はピー助をなでながら、寂しい心を満たそうとした


 その時



「しつこい小ハエがぁぁぁぁぁぁ!」



 雷帝が身体の周りに放電する雷の珠をいくつも浮かべだした


 雷珠はお互いに電力を増幅し合いながら膨れ、雷帝の周りの空間を激しい雷で埋め尽くす


 さすがのマリエルも被弾が増えていくが致命傷には遠い


 これでも仕留めきれぬのかと雷帝がさらに雷撃の密度を濃くする



「魂まで焦がしつくしてくれるわぁぁぁ!」



 ババババババッッ――



 轟音と共にこれまで以上の破壊が広範囲にまき散らされる


 そして、幾重にも発せられる稲妻の内、1筋が俺に向かってやってきた



(やばい!死ぬ!?)



 アピサルですら負傷する雷の直撃


 今日何度目になるかわからない死の予感に、世界がスローモーションに見える


 アピサルが驚愕の表情を浮かべ、こちらを見ている



 しかしマリエルはこの状況を見て――


「頼みましたよ、勇者」


 ――笑った





「ピ―――ッ」





 俺の手の中に居たピー助が、それまでとは打って変わって雄々しい鳴き声と共に、俺に向かう稲妻の射線に入る



「ピッ」



 そして安心しな、とでも言いたげにこちらを見た後、前を睨み、小さな翼についた小さな盾を構えた



「ピー!」



 ピー助がスキルを発動させる



「ピィィィィィィ!!!」



 ピー助の体が眩い黄金に光り輝く


 そしてその手に持つ小さな盾から大きな金色の障壁が展開される



 ズバァァァン!!



 激しい音と衝撃を持って障壁とぶつかった雷撃だが



「ピィ!」



 ピー助は何事もなかったかのように立っている



「ピー助?」



 あの雷帝の攻撃を小さな体で防ぎ切ったピー助


 死と生が連続で襲ってきたこと、目の前に繰り広げられたことが信じられない俺は呆けるばかり



「ピッピー!」



 そんな俺を見て、ピー助が新たなスキルを発動する


 ピー助から温かい光が放たれ、俺を優しく包む


 すると、先ほどまで感じていた死への恐怖や絶望感が消え去り、代わりに勇気と希望が心に満ちてくる



「ピッピィィィ!」



 さらにピー助はスキルを発動


 再び俺の体が光に包まれ、体に力がみなぎる



「これは...ステータスが上がった?」



 ピー助のステータスを改めて見る


 そして今ピー助が使ったスキルに当たりをつける



 勇気の鼓舞: 恐怖・絶望除去、勇気付与


 勇者の加護: 味方単体ステータス1段階強化



(これで俺の混乱を解消し、力を与え)



 希望の盾: 弱者を守る条件での絶対防御



(これで雷帝の攻撃を防ぎ切った...)



 頭ではわかっていたピー助の優秀な補助スキル


 しかしそのすさまじい効果に驚きを隠せない



「ピー助が俺の体も心も守ってくれたんだな」


「ピー!ピー!」



 ピー助が誇らしげに胸を張る


 小さいながらも、確かに勇者としての力を発揮している



(弱者を守る…か)



 こんな小さなヒヨコの勇者の方が俺よりも圧倒的主人公である現実に、すこし胸が痛む


 しかしそんな俺の心境は戦場には何の意味もなく


 激しい戦闘の中、ピー助のスキルを目撃した雷帝が



「あのような矮小な者が余の攻撃を防ぐ等、不愉快極まりない」




 そしてアピサルとマリエルへ牽制を放った直後――


 雷帝が戦斧を振り上げた状態で目の前にいた



「矮小なる者よ、余の概念すらも切る戦斧を受け止めきれるか」


(あ、死んだ)



 ピー助に強い心をもらっていたからだろうか


 先ほどと違い、死への驚きも恐怖も無かった


 驚くほど冷静に雷帝の攻撃による死を受け止められた


 音すら置きざりにする雷帝の戦斧


 それが



 ガキィィィィィン!!!



 太陽のように輝いたピー助に受け止められていた



「ピィィィ!!」



 そしてピー助は全力で叫ぶと、その盾に受けた衝撃を光に変え、雷帝にはじき返した


(小さな勇者の大きな勇気!?)


 ピー助の持つ反射攻撃は50mにも及ぼうとしている巨大化した雷帝と30cmのピー助というサイズ差によって、特性である能力差、サイズさによる威力増加の効果を最大限に発揮し――



 ズゴオオオオオオオオオオオオン



 ――盛大に雷帝を吹っ飛ばした


 雷帝が吹き飛びながら驚愕の表情を浮かべている


 勿論俺も顎が外れんばかりの表情でそのあり得ない状況を見ている



(ピー助が本物の勇者過ぎる!)



 そこにチャンスとばかりに追撃を仕掛けるアピサルとマリエル


 雷帝は少なくないダメージを負う



「ピーッ!」



 ピー助が一仕事終えたといわんばかりに額の汗をぬぐう


 茶目っ気たっぷりのマスコットキャラみたいだが、小さな体で俺を守ろうとしたその姿


 格上相手にも怯まない勇者の心は本物だった


 そしてピー助が雷帝を遠くに吹く飛ばしてくれたおかげで、しばらく戦闘の余波が届くことはなさそうだ



(圧倒的に小さな体で、俺を完全に守りながら、あの雷帝に一撃喰らわせる...本当に主人公過ぎるだろ...)



 改めて己の小ささを自覚させられ、胸が苦しくなる



(だけど)



 俺はピー助のあるスキルから目が離せない


 ピー助の特性の一番上にある



 無能:スキル習得が困難になる



 今圧倒的な主人公的行動をしたピー助が、無能なんていうスキルを持っている


 そしてその効果を証明するかのように、ほとんど存在しない基本スキル



(ピー助はこの小さな体でいったいどれほどの努力を重ねて来たんだ)



 恐らくはヒヨコ勇者という言葉があるように、最初から勇者だったわけではない


 勇者として使うことができる今雷帝を圧倒した特殊スキルたちもほとんど後天的に手に入れたものだろう



(一体、どれだけ...)



 己の脳裏に前世で一緒に仕事をしてきた片足のダンサーや、片腕の太鼓奏者達の並々ならぬ努力が思い出される


 きっとピー助も、彼らに負けない程の、それこそ俺には想像もできない程の努力をしてきたんだろう



(だったら)



 俺にピー助に嫉妬をする資格なんてない、むしろ俺がすべきは



「ありがとう、ピー助。君はすごい、だれもが思い浮かべる理想の勇者だ!」


「ピー!?ピ~~!」



 ピー助を全力でほめる事


 弱いものが生きていくうえで必ず目の当たりにする、生きてるのも嫌になる程の暴言の記憶を、幸せな経験で塗り替える事


 それが折れに出来る精いっぱいだった


 俺は全力でピー助を褒めまくり、感謝した



「ピィ!ピィィィ!」



 ピー助が嬉しそうに鳴く



(こんな可愛く、勇気があって、素晴らしい存在なのに)



 思い出されるアピサルの「世界に拒絶されている」という言葉


 俺がガチャで呼んだのは偶然か必然か、まさしく神のみぞ知るだろうが



(俺が呼び出したんだ、俺が責任をもって皆を...!)



 アピサルの愛、マリエルの献身、ピー助の勇気。


 俺は改めて、皆を幸せにする重圧と責任を背負う



(その為にも、なんとしても雷帝を!)



 アピサルが力を取り戻し、マリエルが参加し、ピー助が支援したことで戦局は雷帝不利に傾くかと思いきや、雷帝の持つスキル



 帯電体質MAX:戦闘が長引くほどに電気が蓄積し戦闘能力が向上する


 不屈MAX:致命傷でも戦闘続行



 この二つの能力により、戦場は不思議と拮抗状態を保っている


 むしろ時間が経つにつれ、雷帝の力は増していく


 それでも俺の心は不思議と安らかだった



 アピサルの圧倒的な深淵魔法


 マリエルの神聖な光魔法


 ピー助の希望に満ちた勇気



 三人三様の力が俺を守り、支えてくれている


 仲間が増えたことで、俺にも戦いを見守る勇気が湧いてくる



 そんな事を考えていたら――



「カっカッカッ!良いのう!良いのう!血がたぎる戦じゃゼ!」


「ふぉーー!なんとすさまじい魔法か!?ぜひとも研究せねばならんのぅ!」


「うるさい...」



 賑やかな声が次々と聞こえてくる



「また仲間が...?」



 俺が振り返ると


 魔法陣にあった卵の残骸から新たな影が現れていた

あと1話上がります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ