100年の時と王国脱出
本日もよろしくお願いします!
###オルトレーン
(...ワシの居た時代よりも100年後の世界であったか)
オルトレーンはテレポートを駆使し、大陸南部の荒涼とした砂漠地帯―― 神を捨てた国、傭兵国家トラガルまで来ていた
この世界の事を知るオルトレーンは、神を信奉する国の歴史書は歪められており、世界情勢をまともに描いた書物など存在しないと分かっているからこその遠征
神を信じることをやめた傭兵国家トラガルであれば、各国の書物を見比べて、そこから正しい歴史を推察できると踏んだのだが、それが正解だった
トラガルはオルトレーンが居た時代に出来た新興国家の為、その情報が不足していたという事もある
オルトレーンは店主に十分な金を渡し、その場で本を読み漁さる
トラガルという国は過去にアストリアという名前で存在し、 アストラ=ヴェリタスという希望の神を戴く列強国だった。
その崩壊とオルトレーンが虚無へ送られたことは密接に関係しているのだが
(やはり歴史がゆがめられておる)
アストリアが崩壊するに至った歴史も、それによって神がこの地を去ったことも歴史には記載されているのだが、そのあとの大事件については一切の記述がない
当時の4大列強の一角であるアストリアが崩壊するよりも、オルトレーンが起こした事件の方がよっぽど衝撃的な内容であったにも関わらずだ
それどころか、魔術師として世界に数多の貢献をしたオルトレーンの名前すら出てこない
(虚無の世界へ送られるという事は、人々の記憶や歴史からも消されるという事なのか)
その存在だけではなく、その人物の痕跡も歴史もすべてが消え去る、それが神に歯向かった者への罰
過去のオルトレーンは魔道国の天才魔法使いとし、名声をほしいままにし、当然のように神を信じ、崇め、そして疑い、絶望し、反旗を翻した
そして神の策略に踊らされた弟子におのが生涯をかけて磨き上げた全属性魔法を奪われ、力を失った
そして血反吐を吐く思いで新たに重力魔法を開発し、修得し、あと一歩のところまで神を追い詰め、負けた
オルトレーンの魔法は神話級に手が届いても、創成級には手が届かなかったからだ
(まだ生きておるのか...我が弟子よ)
手元にある本には、過去の弟子の名が魔道国の代表として記されていた
(...あ奴の事だ、矛盾も真理も、全てを理解した上で神に従順でいることを選んでおるのであろうな)
オルトレーンは、この世界で一番厄介なのは、神よりも魔道国アークメイジかもしれぬと予感をつけ、本屋を後にする
かつては他の王都と同様に繁栄を極めたトラガルの厳しい風がオルトレーンの頬をこする
過去を思い出した直後だからか、乾いた土地の風がやけに冷たく感じ、オルトレーンはそこはかとない哀愁を感じる
「他の物同様に、過去のしがらみなど関係なく小僧の夢を支えられたのなら、それはそれは心躍ったであろうに...このような厳しくも残酷な世界で、甘い主と共に歩まねばならぬとは...本当に途方もない事じゃ」
思い出すのは己の主人となった未熟な男
恐らく、世の汚さをある程度は理解しながらも、それでも腐ることなく、まっすぐな瞳で、きれいごとをその口から吐き出す
(戦乱の世においてなんと愚かと断ずるべきなのだろうが...不思議と嫌ではない)
心地の良い桃源郷の面々を思い出し、オルトレーンは髭の下で自然と笑みを浮かべる
「どれ、そろそろあの甘ったれ小僧の元へ、戻るとするかの」
物陰に入ったオルトレーンは、魔力を練り上げヴェルディア王国に向けて飛ぶ
くれぐれも騒ぎを起こさず、目立たず、情報を収集するように
たった数時間前に厳命したはずのその言葉が、何一つ守られていないこと等、知る由もなかった
###主人公
俺の説明にアリシア王女が驚愕の声を上げる
「そんな、あなたが観測された神話級存在!?」
「いえ、俺じゃなくて俺が召喚した存在がですよ」
「神話級存在を召喚する!?貴方は一体...」
桃源郷に聖騎士が向かっている今、アリシア王女を巻き込むことで、事態の鎮静化を図り、より良い未来をつかみ取れるのではないかと考えた俺は、彼女に仲間の存在を素直に話すことにした
一緒に桃源郷についてきてもらえれば、戦いを覚悟でくる聖騎士の人たちとも、話し合う余地が生まれる可能性が高くなる
正直この世界の人たちは信仰心が強すぎてうまくいく自信なんて欠片もないけど、なんとかしてこの世界に居場所を作らないと皆が平穏に暮らせないし、彼らの夢も叶えられない
何が出来るかわからないけど、出来る限り頑張りたい
ピィィィィ――ピィィィィ――
キューレが集合するための口笛を吹いている
これは事前に決めたやり取りで、俺が当初の集合地点に行くことが困難になった場合、皆が口笛を頼りに集まってくれることになっていた
武王丸やヴァイオレットは、逸れたとしても自力で桃源郷へ帰れるだろうが、俺はそうはいかない為、皆が夜に話し合い万全の策を講じてくれたらしい
王女を連れて歩いては間違いなく悪目立ちするし、俺たちはこれ以上の情報収集を止め、裏路地から集合の笛を鳴らすことにした
「オルトレーン、気が付いてくれるかな」
「主様、そんなに心配されなくても」
「いや、歳取ると高音が聞き取れなくなるって言うし」
「あはは...さすがにそれは大丈夫...だと思います」
キューレの出す口笛の音は殆ど犬笛に近いんじゃないかってくらい聞き取りにくく、皆が聞き取れるのか心配になる
「ボス、もう女作った?」
「うお!?!?」
そんな心配をしていたらいつの間にか俺の真後ろにヴァイオレットが立っていた
どうやら俺の影から出てきたらしい
「よかった、ヴァイオレット、無事だったんだね」
一番危険なところへ潜入したヴァイオレットの帰還に俺はホッとする
「ううん、ヤバい」
「へ?」
しかしヴァイオレットの表情は深刻だ
まぁ、あまり表情の変化はないのだが、すごく深刻そうな顔に見える
「あのバカ侍、相当やらかしてる」
「武王丸が?」
「衛兵たちに追われてる」
「えぇ!?何で!?」
どうやら武王丸は街中で暴れまわっているらしい
何故そんなことになったのか、俺はつい昨日繰り広げられたばかりの武王丸のとんでもない暴れっぷりを思い出し顔が蒼くなる
「死人は!?出てないよね!?」
「出てる」
「ええぇぇ!?!?」
「けど出てない」
「どういうこと?」
「死んだ人間が炎に包まれて蘇ってる」
「そんな!?街中で復活の加護が使われているのですか!?」
走り出そうとしたアリシア王女の手を取る
「何をするのです!」
「お、落ち着いてください!」
「落ち着いてなどいられません、強い加護を使ってしまえばその分代償が発生します!早く鎮めなければ!」
その言葉に俺は先ほど目の前で炎と共に復活した男と太刀を思い出す
確かにあれはひどい状態だった
「加護を鎮静化させられるのは王族の中でも神の巫女に選ばれた私だけなのです、行かねばなりません!」
出会ったときにアリシア王女が男二人に使った技こそが、アリシア王女のみが使えるという技らしい
「俺達の仲間が街で暴れて、それを取り押さえようとする人達が加護を使って戦ってる。そんな状況でその加護を奪ってしまったら、貴女の立場は不味いことになるんじゃないんですか?」
「それは」
「あれだけ男たちが喜んでたんだ、加護を奪う行為は歓迎されない事なのでは?」
「それは...」
武王丸が暴れたせいで、彼女が民に恨まれるなんて事態は避けなければならない
「俺たちが行って協力したいけど...キューレ」
「ん?」
「俺達が王女様を連れて現場に行ったらなんて思われるかな?」
「もちろん王女を誘拐したテロリストでしょ」
「......だよね」
「なに?アンタ死にに行きたいの?馬鹿なんてほっとけばいいじゃない、自業自得なんだから」
打開策は無いかと思考を巡らせる俺を見て、キューレがさらに言葉を紡ぐ
「はぁ...さっきの事があるからもう頭ごなしに否定することはしないけど、現実を伝える事はするからね」
「あ、あぁ頼む」
「まず一つ、あの馬鹿はピー助より強いから、ピー助が守れる対象じゃない。仮にあのバカが傷ついていた場合に守りながら撤退するのは難しい」
ピー助の絶対防御は俺みたいにピー助よりも弱い者を守るときに発動する
武王丸は強者だからその対象にはならない
「そして二つ目、天使が空から助けようもんなら、教国のテロを偽装する隠蔽工作を行ったとして、教国も敵に回す可能性が高い」
「私は主様の為ならどのような状況だって――」
「桃源郷も教国の拠点と判断されてしまえば、王国との対話は100%不可能になる」
「あ...」
キューレの言葉に肩を落とすマリエル
マリエルを見た瞬間のアリシア王女のリアクションを見る限り、それがこの国の当たり前なんだろう
「三つ目、暗殺者が影から浚う方法だけど、アタイの糸すら軽く焼き切る加護の炎に影魔法がどう作用するか未知数。もしかしたら普通にあぶりだされて、あっさり殺されるかも。」
次々につぶされる可能性に、俺は希望を失っていく
「可能性があるとすれば――」
「なんだ!?」
「――爺が帰ってくるのを待って、テレポートで一瞬で浚うだね」
「そうか!オルトレーンなら!」
「ま、何度もテレポートつかってるあの爺の魔力に余力があるなら、だけどね」
悩んである程度の状況整理をしても、確実に仲間を救えると断言できないのが悔しい
「ではこうしましょう」
全ての話を聞いていたアリシア王女が別の提案を出す
「そのオルトレーンという方が到着し次第、魔力の残量をお聞きし、余裕があるならテレポートの連続使用で脱出。なければ私が加護を鎮め、お仲間を救出。全員がまとまったところで一度テレポートを使用し帰還する。これでいかがでしょうか」
「ですが、その方法ではアリシア王女の立場が――」
「民の心の安寧と、知り合ったものの仲間の命がかかっているのです、私の立場等一考にすら値しません」
凛々しい表情で意見をまとめ上げ決断を下したアリシア王女がとても輝いて見える
これが上に立つものの姿か
フィクションの世界でしか知りえなかった上に立つ者の強さを目の当たりにした俺は何とも言えない感動を覚えた
(ホント出会う人で会う人、皆主役級なんだもんなぁ...)
以前の俺ならここで凹んでいたかもしれない
だがピー助に勇気をもらい、皆に支えれらてることを実感した俺はもう凹むことはしない
(俺も頑張らなきゃ、誓ったんだ、皆の夢をかなえて!皆を輝かせられる主に、本物の主人公になるって)
「よし!それならまずは本来の集合場所に行こう、オルトレーンと合流できるのは一刻も早いほうが良い!」
俺達は走り出した
###武王丸
「相打ち...上等!!!!」
自信に迫りくる炎の雨を肉体で受け止めながら、目の前に迫る赤青の混ざる男を弾き飛ばす
それは先ほど武王丸が冒険者ギルドで2度斬ったはずの彗星のランザ
武王丸に背を向けられ、完全に完敗したことを悟ったランザはその悔しさから、神にさらなる奇跡を願った
そしてその願いが届いた
この国の守護神たるガルド=イグノアも、神性を帯びた己が信徒を易々と斬る異質な存在に気が付き、己の領域を汚す者を抹消するために手を打ったのだ
これまでに人間が手にしたものとは比べ物にならぬ程強烈な加護を手にした彗星のランザはその身体を煌々と赤く輝かせ、赤い軌道を幾重にも残しながら彗星の表現では足らぬ程の神速で武王丸に迫っていた
そして道中にいた加護を使える兵士や、加護を受ける素質があるもの達がランザの加護に呼応するように、その身体から炎を吹きあがらせ、戦列に加わった
100を超えるガルドの信徒に迫られながら、瞬きする余裕すら与えぬ速度で迫るランザの猛攻に、武王丸は後退しながらの戦いを余儀なくされていた
(こいつ等ぁ!ワシより弱いのがやっかいじゃゼ!)
格上・人外特攻を持つ武王丸が最も苦手とするのが弱者の群れ
素のステータスでは一般級の速度しか持たぬ武王丸
相手が神性を帯びることで妖怪殺しが発動し現在のステータスは
STR:SSS→SSX
VIT:SSS→SSX
AGI:C→B
INT:D→C
DEX:C→B
LUK:B→A
対して彗星のランザは
STR: B→S
VIT: A→SS
AGI: A→SS
DEX: B→S
INT: C→D
LUK: D→C
固有スキル
彗星突撃:直線的な超高速突進攻撃。AGIが一時的に1.5倍になる
彗星剣:7回分の同時攻撃
特殊スキル
ガルド=イグノア神の加護Lv.4
武王丸の圧倒的な防御力こそ突破できていないが、速度で上回り更には数の暴力でその体力を確実に削るランザ
武王丸の斬撃と、斬ってもすぐに元通りになる炎との相性は最悪で、時がたつごとに不利になっていた
(追い詰められてスキルが発動すれば、炎の因果も断ち切れるかもしれんが、こんな屑共相手に瀕死になるくらいなら、己で腹掻っ捌いて果てたほうがマシちゅうもんじゃゼ!)
「彗ゼィィ......ドヅ撃ィィ」
今しがた視線を覆うように放たれた魔法の奥から、それを突き破るように、ランザが突撃してくる
魔法を切り払うためのモーションに入っていた武王丸はこれによってタイミングをずらされ、ランザの剣も、後続の魔法もすべてをモロに食らってしまう
「チィィ!雑魚すぎて気合いが入らんじゃゼ!」
「ザゴデハナァァァイ!!」
(雑魚すぎてこいつ等斬ったとて、誉なんぞない!明かんゼ!)
普通の戦場であれば、それなりの数を斬れば敵の士気が折れるが、この戦場ではそれも起きない
暴走する信仰心と斬っても蘇る加護の組み合わせは非常に厄介だった
(ん~、集合場所にこいつ等を連れて行く訳にもいかんし、ほんに参ったんじゃゼ)
何度目になるかわからぬランザへの首はねを行う武王丸
ランザを倒した隙に後ろからチマチマと魔法を打ってくる有象無象を斬るために踏み込むが
「ガアアァァァ」
首をはねるたびに復活の早くなるランザに邪魔されそれも叶わない
そこに新たな増援が現れる
ランザや冒険者と違い、統一された鎧を身に纏っている。
「何をやっている冒険者共!聖騎士隊が遠征に出かけたからと好き勝手街で暴れるなど」
「役立たずの冒険者は下がれ!聖騎士が来るまで――」
「ガアァァ!」
聖騎士たちが場を収めるためにランザと武王丸の間に入った瞬間、ランザがその首を刎ねる
「なっ!?」
驚愕に包まれながら絶命する聖騎士たち
「イヅモイヅモ、オレタチヲ、ジダニミヤガッテ......」
因縁を吐くランザだが、聖騎士たちにも加護が発動したのか、炎が吹きあがる、しかし――
「イダダギマァズ」
――ランザの炎が聖騎士を飲み込む
狂気の末の同族食い
「カッカッカ、人間の止めっぷりが潔すぎるんじゃゼ」
「ガアアァァァ!!」
ランザが雄たけびを上げると、聖騎士の炎だけでなく、周りの冒険者が纏っていた炎もランザに吸い込まれていく
武王丸は、ランザという器に神が力を集めているように見えた
ランザを通して降り注ぐ神の敵意――武王丸は背筋に冷たいものを感じる
「......こりゃあ...とんでもないことになってきたんじゃゼ」
ドクンっ
武王丸の中から力が沸きあがってくるのを感じる
ランザが次々に吸い込んでいく炎の力が、ランザの力を伝説級へと押し上げ、ついに武王丸の持能力の平均を超えたのだ
目の前の存在が武王丸より格上と判断さる程強化され、対格上に発動するスキルが発動したのだ
相性の悪い格上、その危機感に武王丸の頬に冷や汗が流れる
通常の妖怪退治には誉がある、しかし、今武王丸は人の国で暴れ、その国の神に喧嘩を売っている
武士精神: MAX - 誉を得る為の行動時、自身の最高ステータスが平均値となる
格上・人外への戦となれば、普通はそこに誉があり、武王丸は強くなる。しかし今はそれがない
先ほどまでは片手間で戦える程の戦であったのに、今となっては攻撃力は迫られ、速度で圧倒的に負けるという、次の瞬間自分の首が飛んでいてもおかしくない気の抜けない戦いになった
「カッカッカ!滾るのう!面白ろうなって来たじゃゼ!!」
武王丸は真眼に全神経を注ぎ、ランザの動きの起こりを見逃さないよう注視する
「さぁ――」
そして腰を深く落とし、刀を軽く握り――
その起こりを――
(斬るっ!!!)
武王丸が会心の一撃を放とうとしたその瞬間
「『神威鎮静』」
甲高い声と共にランザに光が降り注ぎ、彼が纏っていた炎がどんどん小さくなっていく
ランザは己の炎を消されまいと必死に抵抗している
「は?」
あまりの状況の変化についていけない武王丸
その身体にシュルシュルと糸が巻き付く
「ん?」
糸に気づいた瞬間
ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウンン!!
ものすごい勢いで宙に引っ張られた
「なぁぁぁぁ!?!?」
###主人公
俺の横には額に輝く紋章を浮かび上がらせたアリシア王女
そして逆側にはキューレが飛ばした糸に重力魔法をかけるオルトレーン
合流するなり状況を把握したオルトレーンは、穏やかな表情をかなり憂鬱なものに変え、キューレによって一本釣りされて飛んでくる武王丸を見ながら徐々に重力の強さを増やしている
「と、止めるんじゃゼえぇぇぇぇぇ」
ドゴォォォォン!!!
頭から地面に砲弾さながらの速度で突っ込んだ武王丸
頭は地面にめり込み、両足だけが空に向かってピクピク震えている
そこには、昨日出会ったときの覇気も、刀神としての気高さも、微塵も残っていなかった
「それでは行くとしようかの...はぁ」
オルトレーンのため息を残し、俺達の姿はその場から消えた
背後ではランザの雄たけびと炎が激しく上がっていた
1話3000文字に抑えようと思って書き始めるといつの間に8千近くになっています...
分割するのもテンポわるくなるしと思ってそのまま投稿しているんですが、今後3000文字の話が出てきた時に短いと思われないかが不安です(笑)