表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

6話 危険な訪問者の正体


「け、け、警察に通報しますよ!」


 カバンからスマホを取り出すと同時に、勢いよく後ろを振り返った。

 逃げても結局捕まってしまうくらいなら、こちらから仕掛ける作戦だ。

 振り返った先にいたのは、私が思わず見上げてしまうくらい高身長の人物。

 夜の闇に覆われる中、その人はちょうど月明かりに淡く照らされ、より一層私の恐怖心を掻き立てる。


 フードを深く被っているせいで、顔はよく見えない。

 それどころか、性別さえも不明だ。

 私より大きいであろう体格を見ると、おそらく男性だとは思う。


 なにより目の前の人物との距離は、思ってた以上に近かった。振り返らなければ、腕をつかまれていたかもしれない。それほどの距離。



 この人物は、いったい何者なのか――。


 じりっと後ずさりしながら、目の前の相手を観察する。

 まじまじと見ると、やはり明らかに怪しい。

 全身真っ黒で、まるで夜の闇に紛れ込むために選んだかのような色合い。顔が見えないほど深く被られたフード。まさに典型的な怪しい人のイメージそのものだった。

 息苦しくなって呼吸が浅くなる。私は今、思っていた以上に危ない状況なのかもしれない。


 「警察に通報しますよ」この一言で逃げてくれると信じていた。それなのに、相手は一歩も動かない。それどころか微動だにせず、こちらをじっと見ている。

 静かすぎるその姿が、逆に恐ろしい。私は賭けに負けてしまったのかもしれない。


 そんな中、フードの人物がゆっくりと右手をポケットへと移動する。

 ――やばい、まさか武器とか!?

 私は反射的に身を強ばらせた。

 



「……待ってください。なにも危害は加えません」


 その声は思っていたよりも低い。だけど緊張感のない、妙にのんびりとした口調だった。

 想像と違う展開に、状況が飲み込めずにまばたきをする。


 

「そ、そんなこと信じられない。つけてましたよね? け、警察に通報します」


 虚勢を張りたいのに、どうしても声が震えてしまう。


「つけてはおりました」

「ほら……やっぱり」


 早く。早く通報しないと。

 そう思うのに、スマホを持つ手が震えて、うまくタッチできない。


「では……。これを見たら、信じてくれますか?」


 低く落ち着いた声で淡々というと、ゆっくり被っていたフードを外した。

 そしてあらわになったのは、ふわりと揺れる狐耳。


「その耳は……」

 狐耳はひくひくと動いてて、つくりものには到底見えない。

 人間とはどこか違う空気間は、いづなや灯牙さんと姿が重なる。

  

「私は、灯牙様の使いの者です。名を御先おさきと申します」


 淡々と自己紹介をすると、深々と頭を下げた。



「あなたも……あやかしってこと!?」

「左様でございます」 


 驚きと困惑が混ざりあって、口の中がカラカラに乾いていく。

 まさか、灯牙さんといづな以外のあやかしに会うなんて、思ってもみなかった。情報量が多くて頭の整理が追い付かない。


 

 灯牙さんの使いの者ということは、悪い人ではないだろう。

 危害を加えられたりするわけではないとわかると、ようやく私の心臓も落ち着きを取り戻す。


「な、なんだ……てっきり、ストーカーとか、犯罪者だと」


 ホッとした途端、身体の力がするりと抜け落ちた。

 立つ気力を失って、ぺたんと尻もちをついてしまう。


「驚かせてしまって、申し訳ありません。そんなつもりは一切なかったのですが……」


 慌てふためく姿を見て、悪意はなかったのだと思う。

 だけど、本当にこわかった。

 私の中で、人生でベスト3に入るくらいには、怖いできごとだった。


「芽衣様が、会社? とやらを、出られてから何度も声をかけようと、頑張ったのですが……」


 一旦躊躇すると、私のことをちらりと見る。そして、言いにくそうに口を開いた。

 

「私、人見知りなもので、なかなか勇気が出なくて……」

 

 なんと、だいぶ前から声をかけようと試行錯誤していたらしい。

 私も考え込んでいたため、全く気づけなかった。


 でも、まさか会社からつけられていただなんて……。


 

「本日は芽衣様とお話したく参りました」

「私と? いったいどうして?」

「灯牙様と、いづな様のことで、芽衣様にお伝えしたいことがあります」


 ひどく神妙な顔つきでいうので、なんだか嫌な胸騒ぎがする。



 それから私たちは、この場所では人目につくと思い、場所を移すことにした。


 人通りの少ない裏道を選んで歩きながら、私は隣を歩く人物の横顔をちらりと盗み見る。


 無言のまま、どこか険しい表情を浮かべているのが気にかかる。話の内容はきっと、軽いものではなさそうだ。そんな予感が足を重たくさせた。

 たどり着いたのは、白狐神社の境内。

 いづなと初めて出会った場所だ。


 夜の神社に人影はなく、まるで時間が止まったように、静寂に包まれていた。

 淡い灯りが、ぼんやりと境内を照らしている。その明かりの中、木々の影がゆらゆらと揺れていた。


 あまりにも静かで、空気はどことなく張り詰めている。その張り詰めた空気が、これから告げられる何かを予感させ、私の胸の奥をぎゅっと締めつけた。


 御先さんはしばらくの無言が続いたあと、胸の内を固めたように静かに口を開いた

 


「単刀直入に申しますね。灯牙様といづな様には、戻ってきていただきたいのです」


 一瞬、息をのむ。だけど思ったほど、驚いていない自分がいた。

 そうか。やっぱり、そういう話か。

 こうなることを予感していたのかもしれない。まるで夢から覚めるように、心がスッと冷静になる。

 

「それは、灯牙さんがよくいう「向こう」というやつですか?」


 深く息を吸って、できるだけ平静を装って問い返す。

 

「はい。その通りでございます」

「それはもちろん……」


 大歓迎です。

 そう言おうと、口まで出かかっていた。

 けれど、どういうわけか言葉が声にならない。

 喉の奥に何かが引っかかって、心の中がぐしゃりと形を失った。


 あたりまえにあると思っていた日常。

 ごはんを灯牙さんに教えながら作って、いづなが可愛らしく笑って。

 それがもう、終わってしまうんだ……。そんな思いが、急に押し寄せてきた。

 そう理解すると、目の奥がじんわり熱くなる。泣いてしまいそうで、代わりに無理やり愛想笑いを浮かべる


「どうして私に言うんですか? 私に聞かなくたっていいのに」


 そんなことは、灯牙さんと話し合えばいいことだ。

 私の許可なんて、きっと必要ない。


「芽衣様のことは灯牙様に聞いております。いづな様が芽衣様の作る、ズボラ?飯。とやらをお気に召したようで」

「ははっ。ズボラ飯って言うのは、誰でも簡単に作れる料理のことなんですけどね。いづなはとても気に入ってくれていて……」


 言いながら、楽しかった日常の記憶が蘇ってくる。

 腕を組みながら、その態度とは反対に真剣な顔で料理を教えてもらう灯牙さん。

 みんなでテーブルを囲んで、いづなが笑顔で食べていた顔。おかわりをねだった、あの無邪気な声。

 あたたかくて、楽しくて、自然と笑顔になっていた日常。

 こんなにも早く終わりが来るとわかっていたなら、もっとたくさん作ってあげれば良かった。

 

「灯牙様には、帰ってきてほしい旨をお伝えしました。しかし、いづな様がどうやら帰りたくない様子ということで……」

「いづなが?」

「はい。芽衣様と離れたくないと、駄々をこねたとお聞きしました」


 その瞬間、私の中でなにかが弾けた。

 ひと筋の光が、暗闇に差し込んだような感覚。私はその光にすがるように、思わず声を上げていた。


「だったら……! もう少しこっちにいてはだめですか? だって、いづなが離れたくないと言ってるんですよね?」


 自分でも驚くほど、迷いはなかった。突如見えた希望に、必死にしがみつくように顔をあげた。

 だけどその願いは、あっけなく打ち砕かれる。御先さんは、険しい表情を崩さぬまま、静かに首を振った。


「いいえ。いづな様には、帰ってきてもらわねばなりません……」

「……そう、ですよね」


 絞り出した声は、か細く震えていた。あまりにも頼りなくて、情けないほどに弱弱しい。

 沈黙の中、御先さんはわずかに視線を落とし、何かを考えるような素振りを見せる。そして、重たくなった空気をゆっくりと切るように口を開いた。


「いづな様と、灯牙様を連れて帰ることが、私の役目でございます」

「……でも、」


 淡々としたその言葉に、また胸の奥がずしりと重くなる

 「離れたくない」そう言いかけて、すっと飲み込む。

 私が拒否をしたところで、状況はなにも変わらない。


 私だって、わかっているんだ。

 私の思いなんて、どこにも入り込む余地はない。そんな現実を突きつけられた気がした。

 そうわかってるのに。

 それなのに、どうしても頭を縦に振れなかった。


 


「私が……離れたくないんです」


 胸のうちに収めるつもりだった。

 一度表に飛び出せば、気持ちの収集がつかなくなる。


「お願いです。もう少し。もう少しだけ一緒にいさせてください。そうだ。あと5品くらいズボラ飯を、灯牙さんに教えます。だから……」


 自分でも驚くほどの早口だった。とにかく何かを差し出してでも、引き留めたくて。言葉の隙間に、焦りがにじむのがわかった。

 けれど御先さんは、少し困ったような顔をして、ゆっくりと首を横に振った。

 そして、悲しそうな目をしながら、静かに告げる。



「帰ってきてもらわねばなりません」


 その声は淡々としていて、拒否を許さぬ響きがあった。

 扉を閉じられる音が、胸の奥で響いたようだった。だけど「わかりました」その一言が、どうしても言えなかった。




「いつ……ですか?」

「明日の朝、お迎えにあがります」

「そんな、急すぎる」

「明日の朝でなければ、いけないのです」


 御先さんの声は、表情ひとつ変えないまま。まるで決められた運命を読み上げるかのようだった。

 もう言い返す気力も残っていなかった。私はただ、その場に立ち尽くす。



 いつか別れが来ることはわかっていた。

 心の片隅にはあったはずなのに、いつの日からか、私は考えないようにしていたんだ。


 大切だと気づいた途端に、私の前からいなくなるだなんて。


 心の準備も、なにもできていない。

 それなのに、さよならはすぐそばまで来ていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ