2話 ズボラオムライスをお気に召す
ふと頭に浮かんだのは、昨晩の夕食に作ったカレー。たしか残りはタッパーに詰めて冷蔵庫に入れたはず。
「あまりものだけど……これを使って――」
カレーオムライスにしてしまおう。
そう思い直すと、私は気合いを入れて背筋をスッと伸ばした。
カレーオムライスなんて聞き慣れないけれど、実はとても簡単。
なにせ私は簡単な料理しか作らない。いや、正確には難しい料理は作れない。が正しいかもしれない。
「今から作るから、向こうで待っててね?」
声をかけると、いづなはこくんと頷いて、リビングのソファにちょこんと座り直した。
私もエプロンのひもを結び、腕まくりをしてキッチンに向かう。
まずは冷凍庫に眠っていたひき肉を、レンジで軽く解凍。フライパンで炒めるには、半解凍くらいがちょうどいい。
その間に、玉ねぎを四分の一個、みじん切りにする。
今日使うのは余っていた食材だけ。それでも工夫次第でどうにかなる。
みじん切りが終わるころ、レンジから解凍完了の音が鳴った。
油をひいたフライパンに、玉ねぎと半解凍のひき肉を投入していく。
ジュワッ。熱したフライパンに触れた食材から、おいしそうな音が弾けた。
ここで昨日の残りのカレーを登場させる。
ケチャップライスの代わりに、カレー味にしてしまうのだ。カレーを加えて炒め、香りが立ったところで白米を投入。
全体がよく馴染むように炒め合わせれば、具材の完成だ。
あとはいづなが目を輝かせていた要員の一つである、オムライスの卵問題。
お店のようにきれいな黄色の卵で包める自信なんてまるでない。
いづなの求めているオムライスとは違うかもしれない。だけど私にはこの選択肢しかなかった。
「……ふわとろ卵にしよう」
熱したフライパンにカットされたバターを入れる。 じゅわっと溶け出すので、フライパンをゆすって、全体にバターを伸ばした。
ここに溶いた卵を一気に入れる。そして、ヘラでゆっくり丸を描くように混ぜていく。
最後は半熟になった卵を、揺らしながらご飯の上に移動させるだけ。
「崩れないでよ……っと」
なんとか卵をのせることに成功した。
卵の半熟加減が絶妙なふわとろオムライスの完成だ。
「できたよー」
さっそく持っていくと、待っていましたと言わんばかりに、いづなはガタッと前のめりになる。
「わぁ~~。やった~~」
そう言って、スプーンをぎゅっと握りしめた。
私の顔を見上げると、いづなの目がきらきらと輝き出す。まるでお預けされた子犬のようで、思わずくすっと笑ってしまう。
「どうぞ。ゆっくり食べてね」
「いただまっしゅ!」
両手を合わせて挨拶をすると、握りしめたスプーンで一口分すくった。
そのまま口に運ばずぴたりと手が止まると、不審そうにじっとスプーンを見つめる。
「あかく、にゃいよ?」
どうやらいづなが求めてるオムライスではないことに気づいたらしい。
やはり、カレーオムライスではだめだったかな。
そう思った時だった。
口を大きく開ける音がしたかと思えば、勢いよく口に運んだ。
「……おいちぃ!」
いづなの目がくりっと大きくなった。
そして、ふにゃっと顔を緩ませる。
嬉しそうな顔を見て、なんだか心があたたかくなった。
誰かに料理を作るだなんて、久しぶりのこと。それに加えて初めて会った少女に作るだなんて。
一口、二口、運ぶ手が止まらない。
頬がはち切れそうなほどパンパンに詰め込むので、あわててお茶が入ったコップを差し出した。
「まって、ゆっくり食べて! ほらお茶も飲んで?」
たっぷりのお茶が入ったコップを差し出すと両手でつかんで、ごくごくと喉を鳴らした。
「ぶはぁ~のみまちた!」
一気に飲みほすと、また潤んだ目で見上げてくる。
「ゆっくり食べてね?」
「わかた!」
元気の良い返事のあと、ぱくぱくと口に運んでいく。お皿まで食べてしまいそうな勢いだったので、慌てて止めるといづなは顔をくしゃっとさせて笑う。
「おいちぃ!!」
こんなに喜んでくれるなんて。
美味しそうに頬張るその姿は、何度見ても飽きることがない。
――ピンポーン。
突然インターホンの甲高い音が鳴り響いた。
途端にいづながぴくりと反応して、鼻をヒクヒクとさせる。
「この匂い………ととだ!」
「に、匂い!?」
隣でくんくんと鼻を揺らすいづなに釣られて、私も鼻で空気を大きく吸い込んでみる。だけど鼻先に届くのはオムライスの美味しそうな香りだけ。
「全然なんの匂いかわからない……」
「ととだよ!」
「ととってお父さんのこと?」
「そうでしゅ! 」
「うちにいづなのお父さんがきてるってこと!? なんで! どうやって……」
「ととはね、しゅごいから、いっちゃんのいるところなんでもしってるんだよ?」
えっへん!と自慢げに鼻息を吐き出した。
なにはともあれ、いづなの父親が来てくれたなら安心だ。
肩の荷が降りると同時に浅くため息をついた。だねどその息は最後まで吐ききれなかった。一瞬で現実に引き戻される。
勝手に、よその子どもを家に連れ込んでいる。
……この状況、どう考えてもマズイと思う。
父親の目に私はどう映るだろう。いづなを誘拐した犯人。そう思われてもおかしくない。
ここで警察を呼ばれてしまったら、きっと現行犯で逮捕されてしまうだろう。
そう思った途端、怖くなって手先が震えてきた。
「……あのさ。お姉さんのこと助けてくれる?」
「たしゅける……? イイヨッ!」
「お姉さんは悪い人じゃないって、お父さんに説明してくれる?」
「イイヨっ!」
あらかじめ保険をかけようといづなにお願いをすると、歯切れのいい声で返事をした。
「いづな! やはりそこにいるんだな」
……しまった。
どうやら弾んだいづなの声は、外までしっかり響いてしまったらしい。ついに隠しきれなくなった。
ガチャガチャ。
突然鳴り出した金属音に身体がびくりと反応する。
外からドアノブを回しているのだろう。止まる気配はない。
大丈夫、鍵はかけてある。外から簡単に開けられるはずがない。そう思うのに、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
「い、今開けますね……」
震える手をどうにか動かし、ドアに手をかけようとした。その時だった
「かたじけないが失礼する」
斬新な声かけと同時に、淡くドアノブが光った。
次の瞬間、カギがかけられているはずのドアが勢いよく開く。
「ひッ!」
まだ鍵を開けていないのに。
突然ドアが開いたので、驚いた拍子に尻餅をついてしまった。
視界に移る人影を、おそるおそるゆっくり辿っていく。
そこに仁王立ちしていたのは、真っ白な着物に、淡い紫の羽織をまとった大柄な男だった。
無駄のない所作に、隙のない立ち姿。ぎろりと鋭い目でこちらを睨みつけてくる。
だけど私は違和感にすぐに気づいた。
思わず目をこすり、もう一度見直す。……見間違いじゃない。
ふさッと黄金色の立ち耳に、黄金色に光る瞳。ふわりと毛並みの良い尻尾。
人とは異なる神秘的な容姿をしていた。
思わずごくりと息をのむ。
目の前にいるのは人間ではない。
そう、はっきり分かった。
「とと!」
目の前の状況が飲み込めず固まる私をよそに、いづなは声を弾ませて男の足元に抱き着いた。
「とと……? お、お父さん!?」
異様な雰囲気を放っている彼は、どうやらいづなのお父さんらしい。
しかし、ある疑問が浮かび上がる。
目の前にいる人がいづなのお父さんだとするならば、いづなも人間ではないということになる。
だけど、いづなには狐耳が生えていない。
目の前で巻き起こる現状に首をかしげていると……。
ぎゅっ、と足元にしがみついたいづなの動きに合わせて、被っていた帽子がふわりと宙を舞う。
「……えっ!」
帽子が床に落ちると同時に、視線がいづなの頭に向かう。そこで露になったのは、黄金色の毛並みに、ふわふわとした立ち耳。まさしく本物の狐耳だった。
「みっ、耳!?」
あまりの衝撃に、思わず声が裏返る。
「いづな、帽子が落ちたぞ!」
「……ごめんしゃい」
灯牙さんが落ちた帽子を拾い、そっといづなの頭にかぶせ直す。
どうやらあの帽子は、いづなの正体を隠すためのものだったらしい。
狐耳の存在に軽い眩暈を覚えながらも、私はただぼんやりと立ち尽くすしかなかった。
そんな私の前に、彼は膝をついて正座する。
「私の名は灯牙と申します。この子は娘のいづな。こちらの世界に来てしまったようで、うちの娘が世話になった」
「い、いえ……」
その強面からは想像もつかないほど、灯牙さんは深々と頭を下げた。
つられるようにして、私も思わず軽くお辞儀を返す。
「其方の名は?」
「め、芽衣です」
「私は白狐神社の主をしている。どうやら本殿に迷い込んでしまったようで」
白狐神社とは、いづなと出会ったあの神社の名前だ。
「ぬ、主!?」
「こちら側の者は、我らを「あやかし」「神」と呼んでる」
「あやかし!? やっぱり人間じゃないんだ……」
「そう認識してもらって構わない」
今目の前にいるのは、あやかし……神様……?
頭の中で何度も復唱するが、普通なら信じることは到底できない話だと思う。
けれど、不思議と否定する気にはなれなかった。
私はゆっくり顔を上げ、まじまじと彼の姿を見つめる。
ふわふわと揺れる、黄金色の立派な尻尾。モフモフとした毛並みの、艶やかな狐耳。
目の前の彼は人間とも思えない。妙に納得させられてしまうのだ。
まだ話を完全に飲みこみきれてはいないけれど、引っかかっていたことが解消されるように、点と点が繋がったような気がした。
「私はあやかしの子をつれてきちゃったってこと……」
「いや、それはこちらの不手際だ。いづな、本殿を出てはだめだといっただろう?」
申し訳なさにいうと、隣にちょこんと座るいづなに声を掛ける。
「ごめんしゃい……」
いづなは、少し眉をひそめた灯牙さんの顔を見上げ、泣きそうな声で小さく謝る。
私はてっきり勝手に娘を家に連れてきたことを厳しく責められると思っていた。実際はその予想とはまったく違う光景だった。
「迷惑をかけたな。では失礼する。いづなお礼を言いなさい」
「……おむらしゅ、」
いづなは名残惜しそうに、あと半分ほど残ったオムライスの皿を見つめた。その視線を追った私はハッとする。
いづなはまだ、食べ終えていない。
私は帰ろうとする灯牙さんの背中に、思わず慌てて声を掛けていた。
「あ、あのっ! せっかくなので、オムライスを食べ終えてからではダメですか?」
ぴたりと灯牙さんの足が止まる。
振り返った彼は、ほんのわずかに眉を寄せた。空気がピリッと凍りつく。
「オムライス? 食べる? いったいなんのことだ?」
低く重たい声の威圧感に背筋がぞくりと冷える。思わず震えそうになる手をぎゅっと握りしめて、なんとか声を振り絞った。
「ここに連れてきた理由も、いづながお腹を空かせていると思ったからなんです。簡単に作ったズボラ料理なんですけど、食べてくれていて……」
「いづなが食べただと!?」
鋭く食い気味に放たれた声は、雷鳴のように響いた。あまりの迫力に、思わず心臓が跳ねた。
「か、勝手にご飯をあげてしまってすみません……」
勝手に食事を与えてしまった。それに怒っているのだろう。
当然だ。見ず知らずの人間が、大切な娘に手作りの料理を食べさせるなんて、普通なら到底受け入れられないはず。私は慌てて頭を下げた。
「ほ、本当に……」
「いづなが食べたと言うのは本当か?」
「へ?」
おそるおそる顔を上げると、彼は信じられないというように眉をひそめていた。ちょっと言葉の意図が分からない。表情には怒りよりも戸惑いと、驚きの色が混じっているように見えた。
「なぜ嘘を申すのだ」
「いや、嘘じゃないし。たくさん食べてくれましたよ?」
「いづなが食べた? いや、そんなはずない……」
納得のいかないような顔で眉間に皺を寄せた。私を疑うような目つきで言い切るので、ますます意味が分からない。
「えっと、ズボラ飯をあげたことに怒ってますか?」
「違う。いづながご飯を食べるはずがないんだ」
やっぱり言ってる意味が分からない。頭の中に疑問符が次々と浮かび上がる。
「頬いっぱいにもぐもぐ食べてましたよ?」
そう言って、私はおそるおそるテーブルの上を指さした。
追うように灯牙さんの視線がゆっくりと下がっていく。
「いったい、どこの一流料理人が作ったコース料理だ?」
「……いや、ただのズボラ飯です」
灯牙さんは、観察するように半分ほど残ったオムライスをまじまじと見つめる。
やはりあやかしたちは、普段から相当敷居の高い料理をお召しになっているのだろうか。
まるで立派な料理のように言うので、いたたまれない気持ちになる。
だっていづなが食べたのは私が即席で作ったただのズボラ飯。
料理人が作った料理とは程遠いのだ。
「ズボラ飯? 初めて聞いた料理の名だ」
「いや、えっと。料理の名前といいますか。なんといいますか……」
どうやらズボラ飯という言葉が通じていなかったらしい。
興味津々と言った様子で、ひどく神妙な顔つきを向けられる。
いたたまれなくて、私は思わず視線を逸らした。
灯牙さんは観察するように、再び半分ほど残ったオムライスをまじまじと見つめた。
鋭い視線に空気が張りつめていく。その息苦しさから、息を呑んだ次の瞬間だった。
いづなはお皿をじっと見つめて、ぎゅっとスプーンを握りしめている。その表情には名残惜しさがあるように見えた。
その仕草を見た灯牙さんは、視線を皿からいづなに移し、低く静かな声で言った。
「……それほどに気に入ったのか」
いづなはこくりとうなずくと、ぽつりと漏らす。
「……おいちい……もっと、たべたい……」
私はその言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
だっていづなが食べているのは、料理人が心を尽くして作ったような料理じゃない。ただの冷蔵庫にあった材料を寄せ集めて作ったズボラ飯だ。
それでも彼女は美味しいと言ってくれた。嬉しくて心がホッと和む。
「拝借しても?」
「ど、どうぞ」
灯牙さんにズボラ飯を食べてもらうだなんて。
本当に大丈夫だろうか。途端に不安になり、緊張で手に汗を感じる。
「いただきます」
律儀に両手を合わせて挨拶をすると、彼は一口すくって口に運んだ。
目を閉じて、噛みしめるようにゆっくりと咀嚼する。一秒体の動きが止まった後、彼の眉がわずかに動いた。
「……これは」
ぽつりと漏れたその一言に、私は息を呑んだ。
不安から心臓がきしむようにどくどくと鳴り、手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。
「う、うまい……!」
短い感想の一言に緊張が解けて、一気に体が軽くなった。
「この料理の名は?」
「うーん、名付けるならカレーオムライス?」
「かれーオムライス。なんと、ケチャップライスではないオムライスもあるのか」
灯牙さんは感心するように、深く何度もうなずいた。
「実は、いづながオムライスを食べたいと何度か挑戦したんだが、失敗ばかりでな」
「料理は灯牙さんが作ってるんですか?」
「あぁ、料理当番の者がいるのだが……いづながひどい偏食でな。最近ではほとんど手をつけなくなってしまったんだ」
「えっ!」
私はちらりと視線を落とした。
視界に映ったいづなは、残ったオムライスをにこにこと嬉しそうに食べている。
こんなにたくさん食べているのに、ひとい偏食だなんて。
どうしても信じられなかった。
けれど、灯牙さんの神妙な面持ちを見れば、真実なのだろうと思う。
思い詰めた表情は、苦労を物語っていた。
「不躾な申し出になるが、料理を教えていただけないだろうか」
「へ?」
「この通りだ。この素晴らしいズボラ飯とやらを、教えてほしい」
そういって床に手が届くくらい綺麗に頭をさげた。
私は慌てて言い返す。
「教えてほしいだなんて。あの、本当にそんなたいそうな料理ではなくてですね……」
目の前の彼は、本当に困っているように見える。
だけど、私に料理を教えるような技量も権利もないと思った。
「す、すみません」
頭を下げ続ける彼に、いろんな意味を込めて「すみません」と謝った。すると可愛らしい声が紡ぎ出す。
「おねえしゃんのおむらしゅ、おいちいよ?」
いづなは人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。途端に罪悪感に撫でられる。
私はしばらく考えた。
誰かに教えるだなんて、そんなたいそうなことはできない。だけど、必要としてくれているならば、力になりたいと思った。
「わ、私なんかで力になれるなら……」
「かたじけない。では、娘ともども本日から世話になります」
「うん? 世話になる……?」
彼の言った言葉の意味が理解できず、思考が停止する。
「しばらくの間、ここに住まわせてもらい教えてもらおうかと」
「ここに住む!? 無理無理!」
思い切り顔を左右に振る。きっぱりと断ると、灯牙さんも食い下がってきた。
「いや、こちらもせめて一週間分の献立となるように何種類かは教えてほしい。カレーオムライスだけでは、飽きてしまうだろう」
彼は真面目な瞳でそう言った。
こっちの都合はまるでムシな意見に呆気にとられてしまう。
そんな私に改まった声で続ける。
「一週間、せめて数日。世話にならせてもらいたい」
「そんなこと言われても困りますよ……」
力になりたいと思う。だけど、料理を覚えるまで一緒に暮らすだなんて。それは想定外すぎる。
困り果て黙り込んでいると、服の袖をつんと引っ張られた。
「おねぇしゃん、いっちゃんのこといや?」
「そ、そんなことないよ!」
潤んだ瞳で悲しげな顔をするいづなに、間髪入れずに言い返す。
あぁ、困った。こんな顔されてしまったら……。
断る気力も失くしてしまう。
「もちろん、タダでとは言わない」
「え?」
「なにか願いがあれば、相応のものを渡そう」
「願い!?」
「今夜はなにを願っていたのだ?」
そう言われて記憶を辿った。
白狐神社の拝殿の前で、手を合わせて願っていたこと。それは……。
「その『宝くじが当たりますように……』って」
なんだか言い出しにくくて、語気が自然と弱くなる。
「宝くじ……? あのごく僅かの人にしかお金は配当されないのに皆が群がる紙切れのことか?」
「……そうです」
ひどい言いようだけれど、間違ってはいないと思った。
「この世はお金があれば幸せになれるのか?」
一瞬答えに詰まってしまう。それでも大きく頷いた。だってお金があれば、大抵の悩みは解決できるはずだから。
「ふむ。それは勉強不足だったな。ズボラ飯を教えてもらう対価として、その宝くじとやらが当たるように運を授けよう」
「え、本当ですか?」
「あぁ、二言はない」
冗談だろうかと思いながら灯牙さんを見つめた。その表情は真剣で、からかっている様子はない。どうやら本気らしい。
「交渉成立と受け取っても?」
「は、はい……」
今の私がいちばん欲しいものをくれるなら、それは悪くない話だ。こくりと頷いた。
「娘ともども、世話になります」
「やったー! いっちゃんうれちぃ!」
いづなは弾んだ声いうと、私の体にギュッと抱きついてきた。
自然と手が伸び、彼女の小さな頭を撫でる。ふわふわの狐耳が、手のひらにやさしく触れる。
モフモフしてる……。
かわいい。その柔らかな感触に、心がじんわりとほどけていく。
「おいちぃごはん、たのちみ」
満面の笑みで見上げてくる顔が愛らしくて、思わず頬がゆるんだ。
突然現れた、白狐神社の主と名乗るあやかし親子。
あやかしの子は、どうやらズボラ飯をお気に召したようで――。
こうして、狐のあやかしの親子との不思議な生活がはじまった。




