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1話 お腹を空かせたあやかし

「宝くじ2億円当選して、社畜を卒業して一生働かずに過ごせますように」


 まるで眠っているように静かで、人気のない夜の神社。

 神様にする願い事にしては、不適切だと怒られそうな願いを大きな声で言いきった。


 この神社の名前は白虎神社。

 ご利益あるらしい、と地元ではわりと有名な神社だ。

 

 境内の隅には、小さな狐の石像がいくつも並んでる。

 誰かに見られてるような、でも不思議と落ち着く空間の中で、私は拝殿の前に立ち思いきり両手を合わせた。


 神様へこんなお祈りをしたところで、叶うことのない願いだと分かってる。それでも、願わずにはいられなかった。



 私の今の生活はというと、朝から夜まで仕事。定時で帰れることはほとんどない。そして家に帰れば寝るだけの生活。

 いわゆる社畜と言うやつだと思う。そんなふうに働く毎日に疲れてしまったのだ。

 

 私が働いている会社は成丸商事。私が生まれるよりずっと前からある、まあまあ古株の総合商社だ。

 私はその経理部で働いていて、決算資料を作ったり、売り上げ金の管理なんかも担当している。 

 

 まだ昭和の名残があり、残業もあたりまえ。ホワイト企業とは程遠いような毎日。

 それに加えて、最近の若い子はなにかあるとすぐに辞めてしまう。


 万年人手不足の環境で、朝から晩まで息つく暇もないほど働くのが日常だった。

 そんな生活に疲れた私は、神様にお祈りするしかなかったのだ。


「はあ、神様なんてどうせいないの知ってるけどねっ」


 夜の境内はひっそりと静かで、街灯がじんわり灯っていた。その明かりをぼんやり眺めながら、無意識に深くため息をついた。


 こんな夜遅くに参拝するだなんて、相当疲れてるんだな。改めて暗く静かな境内を見ると、冷静にそう思った。自分の行動に反省しながら、すぐさま家に帰ろうとしたときだった。


「ぎゅるるるる~」


 静寂の中に響いたのは、獣の泣き声のような盛大な音。思いがけず鼓膜をさした音に、身体がビクッと跳ねた。

 今のはお腹の鳴る音?

 自分のお腹を押さえてみる。だけど私のお腹の音ではないみたい。

 不思議に思いながら、辺りを見渡していく。


「……あ」


 すぐに犯人と思われる影が目に飛び込んできた。お賽銭箱の横に、ちょこんと小さい影が一つ。その影をじっと見つめると、再び大きな音が聞こえてくる。


「ぎゅるっ、きゅるるるる……」


 やはり音の犯人みたいだ。けれど、さっきの音よりボリュームが小さくなったような気がする。元気がなくなった音に少しだけ心配になった。


「だ、大丈夫ですか?」


 おそるおそる声をかけると、小さな影の主はゆっくりと顔を上げる。


「……え、こども?」


 顔を上げると、金色に光るまん丸な瞳が潤んで揺れていた。

 盛大な空腹の音を鳴らしていたこの子……?

 すぐに決めつけられなかったのは、聞こえてきた盛大な音とは合わないくらい小さな女の子だったからだ。

 探るように見つめると、ふと違和感を覚えた。

 


 あれ、この子……。なんだろう。なにかが変わってるような。

 違和感の正体がすぐにわからなくて、探るように女の子を見つめた。


 色白の肌にぱっちりな大きい瞳。それに親御さんの趣味だろうか。

 狐耳のふわふわの帽子をかぶっている。


「……ひぐッ、うっ」


 唇をプルプルと震わせて、大きな瞳からは今にも涙がこぼれてしまいそうだ。


「ご、ごめん。怖かった?」


 じっと見てしまったから、恐怖を抱いてしまったのかもしれない。

 不安を取り除こうと声をかけたけど、ぷるぷると唇が震え出した。なんだか嫌な胸騒ぎがする。そう思った次の瞬間――。



「ッ、ひっぐ、うわぁーん」


 イヤな予感は当たってしまった。

 少女は大きな口を開けて、泣き出したのだ。


 どうしよう。どうしたらいいのだろう。

 普段小さい子供と接することがないので、対処法がわからない。


 気がまぎれるような、なにか子供の好きなもの。子どもの好きなもの……。

 頭を抱えながら、必死に考えた。


「な、なにか好きなキャラクターいる?」

「うわあーーーーん!!」


 ああ、全く効果がない。私の声なんて、聞こえていないくらいの勢いで、さらに泣き声が大きくなる。


「……なにか食べる? えっと、なにか美味しいものとかさ」

 

 それは思いつきだった。泣き止ませたい一心で言い切ると、ぴたりと声が止まった。

 少女はむくりと顔を上げると、ぽかんと口を半開きにさせて私を見つめる。


「あれ。もしかして反応してくれてる?」

 

 じっと少女を見つめ投げかけると、ワンテンポ遅れて返事が返ってきた。


「……おむらちゅ、つくりる?」


 初めて聞いた少女の声は聞き取れるギリギリの声量だった。ぐすっと鼻をすすりながら発した声は、か細くて今にも消えてしまいそうなほど。

 

「おむらちゅ……? ってなんだろう」

「おむらしゅ!」

「……もしかして、オムライスのこと?」

 

 たどたどしい幼児語に、なんとか正解にたどり着いたみたいだ。

 少女はこくこくと何度も頷いた。


 なにか食べることを提案したのには理由がある。

 盛大に聞こえたお腹の音。少女はきっとお腹が空いていると思ったからだ。


 どうやら正解だったらしい。

 少女の泣き声はパタリと止まって、今ではきらきらと目を輝かせている。

 

「よし。お姉さんがオムライスを作ってあげる。だからもう泣かないでもらえるかな?」


 できる限りの優しい声で話しかけた。

 すると、少女はにかっと可愛らしい笑顔を見せる。


「おむらちゅ、たびたかったの。ととにおねがいしても、つくってくりなくて」

「とと? お父さんのことかな?」

「そうでしゅ! ととがつくってくりるの。あかいごはんに、黄色のおふとんがかかったおむらいちゅでしゅ」

 

 少女は両手をぎゅっと握って、こぶしをつくるとちょっと声が大きくなった。

 元気は残っていたようで安心する。


「任せて。オムライスつくってあげるね」

「おむらしゅ、たびたいっ!」


 涙でぐじゃぐじゃになった顔が、ぱあっと明るくなった。

 そして、ガッツポーズをつくってぴょんと跳ねる。まるでお手本のように喜んでくれるので、不思議と悪い気はしなかった。

 


 

 ♦

   



 神社から私のアパートは徒歩で数分の距離。

 いつもより時間が掛かるのは、少女の歩幅で歩いているからだろう。

 

 ……子供の歩くスピードってこんなに遅いんだ。

 視線を落とすと隣を歩く少女は、ぎゅっと手のひらを握りしめながら一生懸命歩いていた。

 必死に歩いているのは伝わってくる。けれど、足が短い少女の歩幅はとても小さい。

 いつも仕事に追われる生活をしていた私には、考えられないような歩くスピードだ。

 普段ならため息をつきたくなるはずなのに、私は黙って少女の歩幅に合わせて足並みをそろえた。

 




「ただいまー」


 狭い玄関に靴を脱いで、上がった部屋はちょっと年季の入った2DKのアパート。

 決して広くはないけれど、1人暮らしには不自由しなかった。



「ちょっと汚いけど、この辺に座っててね」

 

 リビングに少女を招き入れると、緊張しているのか少女の表情は硬くみえる。

 しばらくそのまま動かないので、ピンク色のクッションを差し出してぽんと叩いて見せた。


「ここに座って待っててね?」


 少女はゆっくりうなずいて、ちょこんと座る。もじもじと遠慮がちに、足をもじもじとくねらせていた。

 

 まさか迷子の少女を家に連れてくるだなんて。考えてもみなかった。

 今回ばかりは自分の行動力に、私が一番驚いている。



 1人キッチンに戻ると、小さなため息が溢れた。

 なんだかひどく喉が渇いた。少女にもなにか飲ませてあげよう。

 そう思って、冷蔵庫を開けた。

 零れる冷気が顔をひんやりさせると、途端に思考が一時停止する。


 オムライスを作ると言って、衝動的に連れてきてしまったけど。

 今の状況はマズいような気がしてきた。


 一人暮らしの社畜女の部屋に、名前も居所も知らない少女が一人。

 現実を受け止めた瞬間、さーっと血の気が引いていくのがわかった。


 これは、かなりマズいかもしれない!

 この子の親だって、必死に探しているはずだ。警察に捜索届けを出しているかもしれない。


 ――誘拐、少女軟禁。逮捕。

 治安の悪い言葉たちが、頭の中をぐるぐると走り回る。



「ごめん。やっぱりオムライスはナシで!」


 理性が頭を支配すると、すぐに少女に断りを伝えた。

 そうだよ。早く警察に連れて行こう。空腹で泣き出した少女のことが心配で連れてきただけなのだから。

 

「……おむらしゅ、は?」

「ご、ごめんね。やっぱりお姉ちゃん、名前も知らない子にご飯を作ったりできないや」


 少女に歩み寄って、目線を合わせて伝えた。すると自信ありげににっこり笑う。



「いっちゃんです!」

「……いっちゃん?」

「そう!いっちゃん! いじゅなです!」

「いじゅな……? もしかして、名前がいづなっていうの?」


 こくんと大きく頷いた。

 どうやら少女の名前はいづなというらしい。

 名前はわかった。だけど状況は変わらない。


「名前は分かったんだけど……それでもだめなの。勝手に大人がご飯をあげるとね、警察に捕まっちゃうの」

 

 伝わったのだろうか。いっちゃんはわかりやすく顔を歪めると、表情がどんどん萎んでいく。

 

「おむらしゅ、つくってくれるって、いった」

「ごめんね。たしかに言ったんだけど……」

「いっちゃん、おむらしゅたびたい」

 

 彼女の瞳がゆらゆらと揺れ出した。

 その瞬間、嫌な予感が背筋を冷たく流れる。


 もしも、ここで泣かれでもしたら。

 壁の薄いアパートだ。お隣さんにすぐに通報されてしまう。

 

「いっちゃん……おむらしゅ、たびたい……。ひぐっ、ひっ」


 あ、これはまずい!

 このままでは泣かれる!そう思ったら弾かれたように声が飛び出した。


「……わ、わかった! 作るから! だけどオムライス食べたら警察にいくからね?」


 仕方なしになだめるために言い切ってしまう。


「おむらしゅたべる!」


 ぴたっと泣き止んだかと思えば、にかっと笑顔を浮かべた。

 ウソ泣きだだったのかな?

 そう思うほどの切り替えの早さだった。


 やはり子供のことはよくわからない。

 安堵と同時に、乾いたため息が溢れた。



 


 

 本音を言えば、今すぐにでも警察に連れていきたい。

 だけど言ってしまった手前、もう後には引けない気がする。

 ちゃちゃっとオムライスを作って、その後に警察に連れて行こう。私はそう思い直すことにした。

 


「オムライス、たぶん卵はあったはず」


 冷蔵庫をあけ手目に飛び込んできたのは卵が二個。それに昨日余った白米の残りがラップに包まれている。あとは、冷凍庫にひき肉の余りがあったはずだ。 なんとかオムライスとしての形にはなるだろう。そう思って、オムライスを作ろうと意気込んだ時だった。


「……ない!」


 あるものが不足していることに気づいた。

 それはオムライスには欠かせないもの。


「ケチャップないじゃん」


 ため息がこぼれ、思わず肩が落ちた。

 そのと時ふいに足元に影を感じる。「リビングで待っててって」と伝えたはずなのに、気づけば少女がすぐそばに立っていた。


 まっすぐに見上げてくる瞳は、無垢で濁りが一切見えない。

 そんな瞳を見たら「ケチャップがないから、オムライスは無理」なんて、口が裂けても言えなかった

 ぎゅっと唇を噛みしめる。どうにかしてあの子のために、オムライスを作ってあげたい。そう思った瞬間、あるアイディアが頭に浮かぶ。



「あ、そうだ……! あれを使えば」






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