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ブラウンが加わったことで、私が荷物を運ぶ必要がなくなった。
これはかなりのスピードアップになった。
車輪がついているとはいえ結構重たいし、街道を逸れてからはぬかるみにハマったり石にひっかかったりもしていたから。
その荷物も、途中ブラウンの庵に寄って置いてきたので、さらにスピードアップできた。
さてお城まであとひと息ーーーというところで日が暮れたので、街道の側で休むことになった。
大きな木に寄りかかって座り、息を吐く。
この旅路で気づいたことがある。
疲れない。
気持ちは疲労している。こんなに歩いたらこれ以上歩けないんじゃないかと思う。
でも、身体は疲れていないっぽい。
このことに気づいてから、気持ちと身体のギャップで精神的に疲れてしまった。
お城に戻ったら、少し休もう。
「おかえりなさい!あねさま!」
「おおお、アキ!迎えに来てくれるとは…!」
お城に着くと、アキが出迎えてくれた。
ヤコと抱き合って喜んでいる。
水を差すのも野暮だし、しばらく待とう。
もの言いたげなシロを制止して、2人の再会を見守った。
「アキ、ただいま」
「ご主人様、おかえりなさい!旅はどうでしたか…あっ、このかたは誰ですか?」
「ブラウンさんだよ」
「ぶらうんさん!僕はアキです」
「こんにちは、はじめまして。私はブラウン。ヤコとシロは私の弟子です」
ブラウンが一歩進み出て、慇懃にお辞儀をした。
「…ええっ?!そうだったの?」
「まぁ、そんなものでありんすなぁ」
「ブラウンは、王様の側近でしたので…」
「あはは、そんな大層なものじゃ…王様とはただの友達ですよ〜」
ブラウンはへらへら笑っている。
そんなに偉い人だったなんて、全然気がつかなかった。
「私はしがない魔法学者ですが、ご存知の通り街道の側に庵を結んでおりましたので、そこで孤児を引き取って育てたり…まぁ色々とやっていただけです」
「孤児?…魔物にも、孤児がいるの?」
というか、子育てするものなのかな?
「うーん…そこらへんは長くなるので、詳しいお話はまた後日にでも」
「あ…そうだね、疲れたよね。一旦ゆっくり休もうか」
もはや慣れ親しんだ自室のようになりつつある、いつもの部屋。
ひと月ぶりなのに、チリ一つ落ちていない。
このお城にかけられている壮大な魔法のおかげだ。
この魔法の有効範囲内では、外部からの干渉がない部分において魔法をかけたときの状態が維持される。
サビの進行は止まり、埃は落ちず、カビも生えない。温度や湿度もずっと一定。
ただし、物理的な影響は避けられない。太陽光が差し込む場所は日焼けするし、人が動けば埃も舞う。
掃除や洗濯によって魔法をかけた時と同じ状態に戻せば、また同じ効果を得られる…らしい。
あー、だからクローゼットに服をかけると煩かったのか。
…いや、ごめん。
「その辺の屋敷では、ここまで完璧に維持することはできません。この城を包む結界があるからこそ、これほどの効果を発揮できるのです」
確かに、雨が降ったり風が吹いたりするだけでも効果が薄れてしまうだろう。
でも、ここではそういった自然現象の影響をほとんど受けない。
贅沢だなぁ。
翌日から、私は温室に入り浸ることになった。
ハルの人化を早めるためだ。
シロとヤコとブラウンによる講義も、ここで行われることになった。
3人ともなんだか張り切っている。
順番に、かつお手柔らかにお願いします。
メモ帳とかノートとかないから全部暗記に頼っていて、正直進捗は芳しくない。
私、そんなに賢くないよ。詰め込もうったって、そう簡単にはいかないよ。
「さぁて、今日はどんなお話をしましょうかねぇ…ああ、魔族の生態についてお話ししましょうか」
今日はブラウンが講師らしい。
シロもヤコも、私と並んで微笑んでいる。
「お願いします」
「えー、おほん。魔族は基本的には人と同じです。といっても…純粋な人の家系は人の国の王家くらいでした」
純粋な人は生殖可能年齢に達するのに15年ほどかかる。
それに対して魔族は、種による多少の差はあるが、おおむね1年ほど。
長くても7年でいわゆる大人になる。
私にとっては驚異的なスピードだ。
でも、そんなに早く大人になったら人口爆発が起きてしまうんじゃないか?
「ところがそうはいかないのですよ」
「なんで?」
「では、ご主人様ならばどうなさいます?寿命が1000年あるのに子育てがほんの数年で終わるとしたら」
「…うーん」
そう言われると、確かに。
そんな何人も子供が欲しいかと言われると…
「ちなみに、適齢期…なんてものは」
「身体的にということなら、死ぬ間際でも産めます」
「じゃあ、999年いつでも産めるってこと?」
「はい。妊娠期間も短いです。大体、2〜3ヶ月くらいでしょうか」
「うーん、でもほら、子供好きとか…」
「ふむ。確かにそういったものもおりますが…そもそも魔族というのは、人のように特定のものと番う習性がないものですから…」
人をオシドリみたいに言うなぁ。
「もちろん子を成すには雌雄が必要ですから、一時的に番うことはあります。人のようにそれが終生の伴侶となることは珍しいのです」
良くも悪くも長生きですので、と言われては、納得せざるを得ない。
それだけ長生きになると、倫理観も変わってくるだろう。
「じゃあ孤児っていうのは…」
「はい。番うのも別れるのも自由なもので、子を孕んですぐ別れてしまったり、産んでもあんなやつの子なぞ育てられないと捨てていくものも割と多くてですね…まぁ、早々に大人になってしまいますから、それほど手間がかかるわけでも問題が大きくなるわけでもなく。とはいえいくら魔族の子でも、産まれたてのまま放置されては死んでしまいますから、そういう子を引き取って世話しておりました」
なるほど。
庵を魔法で囲っていたのも頷ける。
なんかやばい血筋の子がゴロゴロいそうだ。
「あっ、なかなか鋭いですねー。魔族の王たちなんて酷かったんですよー。あっちこっちに手を出して、でもそういう人ほど正妻がものっすごく恐い人でしてねー」
「そ、そうなんだー」
「そうなんですよー。で、都合が悪くなるとうちに捨ててった子を返せとかねー。知らないよ、それ何百年前のどの子の話だよって追い返しましたけどね」
その後もしばらく愚痴が続いた。
二度目の冬がやってきている。
ハルのために温室に入り浸りなので、全く実感がわかない。
気候や地理、歴史について色々と学んできたが、結局のところ人も魔族も滅んでしまった今となっては役に立たないところが大きい。
国がなければ法律の知識も無意味だし、各国の王様の名前を覚えても故人だ。
ただ、今後シロたちのように"目覚める"ものがいたとして、それが貴族の末裔だったりすると厄介だから…という理由で一応教えられた。
「ご主人様が現状唯一の生命線だから、手も足も出ないはずだけどね」
「それを理解できる人なら問題はないのでありんすが」
「あのバカ男爵の系譜だったらどうします?たぶん、理屈が通りませんよ」
「あー、あれは厄介だなぁ」
「バカ男爵って、ぼくが燃やしちゃったあの人かなぁ」
「そうそう。それで散り散りになったけど誰にも助けてもらえなかった、あの一家」
…どんな時代でも似たような人はいるものなんだな。
男爵の名前は…一応、頭の片隅に。
すぐ忘れちゃうかもしれないけど。
「そういえば、気になることがあるんだけど…」
「どのようなことでしょうか?」
「あの、私って召喚されたんだよね?」
「うーん…そうですねぇ、そのように言い伝えられておりますね」
「魔族と人が滅ぶと、新たな人が現れるといわれておりんす」
「長命な種族の口伝ではありますが、今までに三度あったとか」
「僕もそれ聞いたことあります!」
「あのさ、私うっすら前の人生を覚えてるんだけど…人生をまっとうして、死んでるはずなんだよね」
「「「えぇっ?!」」」
「ほぉ〜」
ブラウン以外、綺麗にハモった。
あれこれ意見が飛び交ったものの、今は結論が出せないので、各自調査ということになった。
特にヤコは張り切っている。
未知なるものへの探究心か、あるいは単なる魔法好きなのか。
「あれは魔法バカです」
クロが欠伸をしながら呟いた。
「はじめましてあるじさま!」
ハルは元気な女の子だった。
アキより少し年上かな?かわいい。
「数百年は生きておりんすがね」
「見た目は自分の意思ではどうにもならないですからねぇ〜」
…年齢は、関係ない。見た目で。
かわいいは正義。




