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ずっと真っ直ぐに歩いてきた大通りで、シロが立ち止まった。

ぱっと人の姿に変わって、先頭に立つ。


「ここから右の道に行きます」

「道…?」


道…ではある。

大きな街道からほんの2〜3m石畳が伸びて、その先には草ぼうぼうの藪がある。

かすかに道の残骸があるけど、今ここを道ですと言われても信じられない程度には、自然に還っている。

シロは平然と藪に入っていってしまった。

ええい、ままよ。

私も意を決して目を閉じ、藪に手を突っ込んだ。


藪をかき分けようとした手は、空をかいた。

おそるおそる目を開くと、藪の中に溶け込む手が見えた。


「え?うわわ」


掴むところをなくした手の勢いで前につんのめる。

なんとか踏ん張った。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「う、うん」


シロが転びかけた私の手をとってくれた。

藪の向こうには綺麗な道が続いていて、少し先に家が見える。


「あちらが目的地です」


つまり先ほどの藪は、敷地の境界線みたいなものか。


家はかなり小さかった。

庵って言うんだっけ?

六畳一間?

とにかく人1人がやっと住めるような粗末な家だ。

その中に、2mくらいの蛇が横たわっていた。

…コブラ?


蛇は目を開けて、のっそり首をもたげた。

赤い舌がチロチロ揺れている。


「久しぶり」

「ああ、そうだよ」

「うん、いる…アレもいる」

「分かった」


シロは何やら蛇と話している。

ちなみに、クロとヤコはそれぞれ警戒のためにこの結界?の中には入ってきていない。


「ご主人様。こちらが私の友人です」

「…」

「あ、はい。よろしく」


蛇はシューシューと何か言いながら丁寧にお辞儀した。

私もつられてお辞儀を返す。


「では参りましょう。クロたちが待っていますから」

「…わかった」


なんというか、もう少し…こう、何かあるのかと思っていた。

ちょっと拍子抜け。


「お待たせ」


クロは私たちを見ると、蛇に鼻を近づけた。

と思ったらすぐにキャリーケースに乗ってくるりと丸まった。素早い。

ヤコもすいっと降りてきて、器用に低空飛行してみせた。

蛇に挨拶しているようだ。

蛇も首をもたげてなにやらシューシュー喋っている。

魔法?魔力?で会話しているらしいが、私には何も聞こえない。ちょっと寂しい。


シロはいつのまにか犬に戻っている。

モフモフして気を紛らわせた。




日が暮れる頃、小さな町の残骸に到着した。

礎がかろうじて残っている。

来た時はただ通り過ぎたような気がする。

それくらい何もない。


何やら蛇とシロが話し合いながら進んでいく。

人の姿になっていないので、何を話しているのかは分からないし、なんなら雰囲気でなんとなく話してるような気がしているだけで本当は話していないのかもしれない…

ううん、不便だ。

動物姿の彼らと意思疎通できたらいいんだけどなぁ。


ともあれ、今日はこの町で休むことになる。

シロがふんふんと匂いを嗅ぎ、ひと声吠えた。

この場所に決めたようだ。


町のはずれにある大きな木の下が今日の寝床。

といっても、私は寝ないんだけど。

人の背丈より少し高い程度の小山。

そのてっぺんに大きな木が生えている。

小山は人為的に4分の1ほど切り取られていて、小山が崩れないように頑丈な石の壁が支えている。

残念ながら今は小山に接していた部分だけがかろうじて残っているだけで、他の部分は倒壊してしまっているけれど、それなりに大きくて立派な建物だったことはわかる。

大きく育った木が屋根のようにせり出して、今にも飲み込まれそうになっている。


ありし日に心を馳せている間に、シロたちが魔法で瓦礫を吹き飛ばし、全員が休める広さを確保してくれた。

瓦礫は集められて壁のように積み上げ、簡単なバリケードになった。

頭上に細い枝が垂れ下がって、柔らかく揺れている。

集めた薪を並べて火をつけ、その日はそこで休んだ。


朝、いつもどおりに起きて身支度を整え、火の始末をして、また歩き始めた。

シロだけは名残惜しそうにときどき振り返っていた。何か思い出があるんだろうか?

急ぐ旅路でもないんだから、2〜3日ゆっくりしても…と思ったんだけど。


「…」


喉がつまって、言えなかった。

なんでだろう。もやもやする。


ーーーーだって、早く行かなくちゃ…


何かに急かされる。

わからない。なぜ?


もやもやを振り切りたくて、足を早めた。






ずっと歩いてきた大きな街道は、だんだんと細くなり、ついに道がなくなった。


「さあさ、主様。この子の出番でありんす」


久しぶりに人の姿になったヤコが、嬉々としてあのキャリーケースを開けた。

寝床を失ったクロは私の腕の中ですやすや眠っている。

シロは犬の姿のまま、周辺を警戒しているらしい。

クロを撫でながら組み立てを待った。


「それでは主様、練習と同じように…」

「あ、はい」


言われるがまま、あの時と同じように魔力を込める。



結論としては、あの時と変わらなかった。

そのせいでヤコが取り乱して一悶着あった。

お城よりは、私が出現した場所に近いはずだけどなぁ。


「未知の魔法ですから、痕跡があるとは限りません…と、前にも言ったような気がしますが」


ああ、そんなこと言ってた気がする。

でも期待してしまったのだから、しょうがない。

ヤコはがっくり肩を落としていた。


「ご主人様。あれはポーズですから。彼女もわかっていますから」

「シロっお主、なんということを!」

「事実を申し上げたまで」


ヤコはギリっと歯を鳴らした。

図星らしい。


「ふん!」


こんなときでも道具は優しく扱っているから、ヤコは偉いなぁ。




道がなくなってからは、あの時私がおこした火の跡を探しながら辿っていくことになった。

とはいえ、火をおこせたのは小さな村で火打石を拾った後のことだ。

それ以前に森の中をさんざん彷徨っているし、私が出現した場所へは到底辿り着けないかもしれない。


辿り着いたところで、私はどうするんだろう?


ふと、そんな疑問が湧いた。

焚き火の跡を辿って、記憶を辿って、そして…帰りたいんだろうか?

もう私に帰る場所はない。

私の人生は終わっている。

でも、私は私が現れた場所に行きたいと願っている…と、思う。


ちょっと立ち止まって、シロを抱き寄せる。


答えの出ないことを考えていても仕方ない。

とにかく行ってみようじゃないか。


思う存分シロをモフモフしてから、私はまた歩き出した。




ぽつりぽつりと木が生えていた草原は、段々と木が増え、やがて木の方が多くなった。

林と森の違いってなんだっけ。

密度かな?

何にしても歩きにくい。

開けたところでもう一度あの機械を使ってみたけれど、残念ながら何の反応もなかった。

焚き火の跡もないので、私の記憶だけが頼りだ。

といっても、森の中はどこを見ても同じようにしか見えない。


「主様はまだ魔力の流れが見えないのでありんすか…扱きがいがありんすねぇ」


ヤコがなんだか怖いことを言っている。

森の中に入ってしまえば空からの索敵は意味がないとかで、ヤコは人の姿。

話し相手ができて私は嬉しい。

話の9割、講義になってるけど。


魔族は人の生命力を喰らう。

魔力の多いものほど、たくさんの人の生命力を必要とする。

だから、魔力の多い魔族は人の街に暮らしていることが多い。

そういう意味でも、人里離れた森の中は警戒に値しないんだそうだ。


あれ?


「じゃあ、魔族の国って…?」

「魔族が支配する国でありんす」

「国民は人間…ってこと?」

「国民は魔族でありんす」

「え?でも…」

「主様。人は食糧をどうやって得るのか、考えたことはありんすか?」

「それは、育てて…あっ」

「お分かりいただけたようで何より」


今、私はこの世界で(たぶん)ただ1人の人間だ。

だから、大切にされている。

私が死ねば、魔族も滅びる。


でも、もしも…人がたくさんいたらどうなるだろう?


背筋がヒヤッとした。

やめよう。悪いことは考えないに限る。







森はだんだんと深く、暗くなってきた。

夜は月明かりも届かない。


「ふぅ…」


眠れない。

お城に住んでいたときは、ほとんど毎晩眠れていた。

旅に出てからは、警戒しているのもあるけど…眠れない。

眠れなくても特段問題はない。

でも、私は夜は寝るものだと思っているらしい。

夜になると、眠らなきゃ、と心が焦ってしまう。

側で丸まっているシロを撫でた。

背中にヤコと蛇が乗ってすやすや眠っている。


魔族の彼らも休息を必要としている。

体内を巡る魔力を落ち着かせ、回復させるのだそうだ。

仕組みはよくわからないけど、考えてみたら人間がなぜ睡眠によって体力を回復できるのかもよくわからないから、そういうものなんだろう。


私みたいに、ずっと起きていられたら…

いや、不健康だ。だめだめ。


周囲を警戒していたクロが帰ってきた。

クロは私にすり寄って、にゃあ、と鳴いた。




森の中は朝になってもいまいち明るくなりきらない。

なんだか足取りも重い。

のろのろと進んでいくと、先の方に明るい場所があった。

近づくにつれて周りが明るく生き生きと変わっていく。


「わぁっ、川だー」


水音がしていたから分かってはいたけれど、実際に目の前に現れると感動する。

流れは速いが、川幅はせいぜい3mくらい。

水量もさほど多くはない。

100mほど上流には小さな滝もあった。

滝壺は深い。でも、透き通っていて底までしっかり見えている。

ずっと暗い森の中にいたせいか、川は輝いて見えた。


今日は休日ということにした。


「休日、ですか?」

「そう。休みの日だよ」

「主様はおもしろいことを考えるお人でありんすなぁ」

「休みの日とは、何をするのでしょう?休みというからには、昼寝でしょうか?」

「騎士は待機の日がありましたが、休日とは違うのでしょうか…」


…まさか、休日という概念が存在しないとは思わなかった。

しばらくの間、休みの日とは何かについて議論が続いた。






お城を出てから何日経ったのだろう。

シロに聞いてみると、


「出立から20日です」


即答された。

すごい。


「じゃあ、えーっと…あと3〜40日したらまた雨季になるってことか」

「ええ、そうですね。帰路を考えると、調査はあと2〜3日に留めるべきでしょう」

「そうだね」

「そんなッ」


ヤコが慌てて割り込んできた。


「せめて、せめてあと5日!いやいっそ、妾はここに残り…」

「ここから城までご主人様なしで飛べるとでも?」

「ううっでも…」


実を言うと、私もヤコと同じ気持ちだった。

ヤコよりも強いかもしれない。

ここにいたい。探したい。

どうしよう?どうすれば…


「うーん…ここに拠点を作ったらどうかな」

「拠点?」

「そう。最低限、生活できる家を作って、住みながら調査しに行くの」

「なるほど。本陣をここに置くんですね」


そういえば、シロは騎士だったっけ。




夏季は少なくともあと30日続く。

そのあと雨季になり、冬季になる。

もともと夏季の間にお城に戻るつもりだった。

それくらいの期間なら、アキとハルが飢えてしまうことはないと皆が判断したからだ。

それ以上になると、さすがに危険だという。

私だけでも一度お城に帰らなければいけない。


4人であーでもないこーでもないと話し合っていたら、蛇が人間になった。


「この姿になるのも久しぶりだな」

「やぁ、調子はどう?」

「上々。このお嬢さんのおかげかね」


蛇はダンディなおじさんだった。


「初めまして、お嬢さん。私は…えーと?なんだったかな…」

「ご主人様。彼に名を」

「え?あ、えーっとじゃあ…ブラウンはどう?」

「ブラウン…良き名をいただき光栄です」


茶色だけど…いいのかな。だって茶色だから…

まぁ、シロもクロもアキもハルも、体の色から連想した名前だし。

そう思うとヤコだけなんか特別感あるなぁ。

こちらの言葉は全然違うらしく、体の色で名付けているとは思われていないのが救いだ。




「…で、この後どうするかって話だね?」


ブラウンが脱線していた話を戻した。

ちなみに、今は2つの案が出ている。


プラン1.一旦全員で帰り、ハルの人化を待って再出発する。

メリットは安全ということ。デメリットは時間が勿体無いこと。


プラン2.誰かを残して帰り、以下同じ。残った人はできる限りのことをした上で、無理せず待つ。

メリットは時間を有効活用できること。デメリットは城への往復が安全とは言い難いこと。期間によっては危険なこと。



「どちらも一長一短で、決め手に欠けますね」

「クロはどう思う?」

「シロと同じ意見です。よく言えばどちらでも良いですが、悪く言えばどちらにしても変わらない」

「妾は2がよい。時間を無駄にしとうない」

「ふむ。なら、私の庵を中継地点として使うのはどうだ?」


ブラウンの意見はこうだ。

一旦全員で城に帰り、ハルの人化を待つ。

同時進行でブラウンのいた庵に拠点建設のために必要なものを運び、かつ拠点にふさわしい場所を探す。

ハルが人化できたら、全員でブラウンの庵に移動し、そこから森の拠点へ物資を運ぶ。

春になったら森の拠点を建設し、そこから私の出現地点調査を再開する。


「それは…悪くないよね?」

「ええ。あの場所を足がかりにできるなら、雨季の間にも調査できるでしょう」

「妾もそれが良い」


というわけで、一旦お城に戻ることになった。


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