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冬が終わり、また雨季がやってきた。
連日の講義もようやくネタが尽きてきたので、今は庭いじりに励んでいる。
「主様、これこのように魔力を溜めるのでありんす」
ヤコは今まで私が勝手に借りていた鎌や鋏などの農具に魔力を込め、魔法であっという間に庭をきれいにしてしまった。
「魔力ってなんなの…」
「魔力は、命そのもの…です」
ぽそっと呟いた言葉に、クロが答えた。
「命そのもの?」
「はい。…と、聞いただけですが」
「命…命かぁ」
命とはなんだろうか?
私たちを動かすエネルギー?
それとも意識や記憶?
難しい。
「命や魔力が何なのか、はっきりとお答えできませんが…長命なものほど魔力は多くなりますね」
「へ〜、じゃあヤコが一番強いの?」
「ほほほ。主様は面白いことをおっしゃいますなぁ」
「ちがうの?」
「魔力があるに越したことはありんせんが…強さにも色々ありんす」
「ふーん」
確かに、過剰に筋肉を鍛えている人は短命なイメージがある。
筋力と魔力は違うかもしれないけど。
「魔力が多くても、使いこなせなければ無いのと同じです」
「そんなものかぁ」
「ほほ。主様なればすぐお分かりになりんしょ」
ヤコが魔力を通すと、宝石がきらりと輝き、鎌の刃が研ぎ澄まされる。
軽く振るだけで伸びすぎた芝が短く刈りそろえられていく。
簡単そうに見えるが、魔力を通すにもコツがあるようで、塩梅が難しい。
この日は練習だけで終わった。
生活魔法。
読んで字の如く、生活に密接に関わる魔法。
最初に教えてもらったのは、清潔。
私の感覚では…除菌が近い。
汚れそのものを排除できるわけではないけれど、腹痛や病気を防ぐことができる。
具体的には、手洗いの後に使ったり、食器や調理器具に使う。
そのへんの水を清潔にできるか聞いたら変な顔をされた。煮沸した方が確実、だそうだ。残念。
次に着火。
薪など燃えるものに火をつけることができる。
ただ、火打石でも同じことができる(しかも魔力を消費しない)ので、実用性はあまりない。
でも覚えていて損はないからと教えられた。
火花が散る程度で、燃え上がったりはしない。
燃え上がるにはガスなどの燃える物質が必要で、物理法則を大幅に無視することはできないらしい。
発動するとピリッとするから、火というより電気かもしれない。
そして灯り。
これも火をつけられれば必要ないが、火が使えない場所や雨の日に役立つという理由で教えられた。
これは、目の機能を強化しているらしい。
明るくなったように感じるが、実際には暗いところが見えやすくなっているだけ。
魔力が届く範囲内なら他人もその効果を得られるので、「灯り」の魔法と呼ばれている。
最も魔法らしい魔法だと思ったのは、変身。
これはクロたちが動物から人へ変わるのに使っている。
…と、思っていたのだが。
「肉体そのものは、保管しています」
「そうなの?」
「はい。普段は異空間に転移させています」
「それって…どういうところ?」
「うーん…異空間に保管している間は、そちら側に意識がありませんので…」
「じゃあ、シロは犬の体と人の体、両方持ってるってこと?」
「はい。そうなりますね」
「魔法で意識を移してるの?」
「意識…そうですね、魂はこちら側にしかないので、どちらかというと体を移しています。交換する…という方が正しいかもしれません」
つまり、彼らは同じ魂を人と動物、それぞれの身体で使っているということだ。
「ねぇ、それってどんな感じなの?その…移した直後とかはどんなふう?」
「そうですね…目が覚めたのと同じような感じです。目が覚めたら身体が入れ替わっているような…」
うーん、これはあの「変身」みたいだ。あれは…なんだっけ?コガネムシ?だけど。
霧が漂う中、城の中では荷造りが行われていた。
主にヤコによる。
「魔力の痕跡を探す道具は必須でありんす!」
「これを…持って行くの?」
箱に車輪をつけたもの。
それを見て思い浮かんだのは、【海外旅行】だった。
「これがなきゃお話になりんせん」
ヤコは大真面目だ。
シロも、仕方ないと諦めている。
本当に必要なものらしい。
「さあさ、主様。使い方を教えてさしあげましょ」
「え、私が使うの?」
「主様が現れたときの魔法を探すのでありんす。主様が使うのがよござんしょ」
「そういうもの?」
一応、シロに聞いてみた。
「間違ってはいません。魔力の痕跡が最も色濃く残るのは、その魔法に触れたものですから」
なるほど。要は探知機か。
ものは試し、やってみよう。
ヤコは嬉々として箱を開けた。
かちゃかちゃと何かを組み立てていく。
魔法陣が描かれていると思しき彫刻。
中心にレンズっぽいものが嵌っている。
「主様、ここに魔力を注いでおくんなまし」
「あ、はい」
言われるがまま、何らかの宝石に魔力を注いでいく。
正直まだピンときていないけれど、一応できている。たぶん。
「むむ…このくらいでやめておきんしょ」
魔力を貯めた宝石を魔法陣の一部に組み込むと、ぽわっと光った。
…。
「えっと、失敗?」
「ここは主様が現れた場所からうんと遠いということでありんす」
うん、まぁ、そうだよね。
あくまで、動作テスト。
何か起きるかと思っていたので、正直がっかりした。
ものはちゃんと動作したらしく、ヤコは満足げだった。
旅支度といえば、大荷物になるイメージがあった。
「持ってくもの、これだけ?」
「?…何か足りないものがありますか?」
クロがきょとんとしている。
目の前には、旅装束。
…それだけ。
「…考えてみたら、何もないなぁ」
そうなのだ。
私は不眠不休で動ける。
クロたちは、動物姿になってしまえば寝床に困ることはない。
しかも食糧はおろか、水すら不要。
あえて持ち運ぶものといえば、あの探知機だけだ。
ちなみに、出かけるのはシロ・クロ・ヤコだけ。
トカゲ姿のアキはともかく、魚のハルはとてもついてこられない。
アキに「ハルと共に留守を守る」と言われたヤコが相当ショックを受けていた。
でも、仮にハルが人の姿になれたとしても、連れて行くとなると寝泊まりする場所に困るしなぁ。
今回は涙を飲んでもらおう。
「寄り道?」
「はい。私の昔馴染みの1人です」
シロは、簡単な地図を広げた。
世界地図だとちょっと縮尺が大きすぎるので、縮小版。
この街と、近くの山とか川とか海とかと、私の話から導き出した私が"現れた"と思われる場所が書き込まれている。
お城から少し離れた街のちょっと手前に、シロは小さなマルを描いた。
「このあたりにいるはずです。生きていれば」
「あの御方は殺しても死にやせん」
「…うん」
ヤコの言葉に、クロも重く頷いた。
一体どんな人なんだろう。
詳しく教えてくれようとしたけれど、断った。
なんとなく、その方が楽しそうだから。
出発の日は、みんなゆっくり起きた。
いつもと変わらず徹夜したクロのためだ。
今夜は寝たら?と言ったんだけど…
「猫は、夜行性なので」
そう言われてはどうにも。
私も寝ないからいいのに。
「じゃあ行ってきます」
「アキ、無理をしてはならんぞ」
「はい!みなさん、お気をつけて」
大きく手を振るアキの隣で、ハルがぱちゃんと跳ねてみせた。
お城を出て、くねくねと複雑な道を抜け、大きな広場へ。
1年も経っていないのに、ここに来た時のことが懐かしく感じる。
「この辺でクロと会ったよね」
「にゃー」
そんな話?をしながら、まずはシロの知り合いの居場所を目指して歩き始めた。
探知機にはタイヤがついていて、舗装された道の上をカタカタころころと軽快に進んでいく。
つくりはキャリーケースだけど、形は正方形なので、大きなサイコロのようにも見える。
そのサイコロの上はお皿のようにくぼんでいて、移動中はそこにクロが丸まって寝ている。
魔法を使えば夜間も移動できるが、急いでいないのに無理をする必要はないのでしない。
昼間はヤコが空から偵察と警戒、シロは先陣かつ護衛。
クロは夜間の見張り役。
私は籠を背負って薪を拾いながら歩いていくので、1日に移動できる距離はおそらく2〜30kmくらいだと思う。…もっと短いかも。
ちなみに、シロには「この旅路で治癒魔法を覚えましょう」と命じられていたりする。
疲れたり筋肉痛になったりすると、シロの魔法指導に熱が入る。
…それはともかく、日が傾き始めたら野営地を探して火をおこし、ヤコとシロは休む。
クロは起きてきて朝まで私と遊ぶ。
そんなルーティンになった。




