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初挑戦、矛盾あったら教えてください
よろしくお願いします
はじめに闇があった。
闇は光を産みだした。
闇が濃くなれば光はいっそう輝きを増し、光と闇の狭間から命が溢れでた。
命はあるところでは広がり、あるところでは集まった。
命によって星がうまれ、大地を成し、水があふれ、そこからさらにあらゆる命が広がっていった。
命は集まって大きくなり、やがて弾けて広がった。
何度も、何度も。
星の中に一際大きなものが現れた。
大きな星には命が集まり、大地と海を成した。
大地と海はさらに多様な生き物を生み出した。
やがて人が生まれた。
人は闇と光のように、男と女に分かれた。
男と女は子を産み、大地を埋め尽くした。
人は争いを好んだ。
人が寄り添い合うと、そこに争いが生まれた。
人は人を傷つけるため、ありとあらゆる手段を用いた。
そして人は滅んだ。
人によって傷ついた星は、人が滅ぶと回復していった。
そして、また人が生まれた。
人によく似た、人ならざるものも生まれた。
人は変わらず争いを好んだが、人ならざるものは人よりも強かった。
人は団結して人ならざるものを滅ぼした。
そしてまた人同士で争い、人も滅びた。
歴史は繰り返した。
人は何度でも生まれ、人ならざるものも生まれた。
人ならざるものは、変化していった。
人に近くなったもの。
人から遠ざかったもの。
人と人ならざるものは、闇と光の如く隣り合いながら、戦い続けた。
人は人の国を作り、人ならざるものを魔物と名付けた。
魔物は魔物の国を作った。
以来人の国は魔物の国と戦い続け、人も魔物も幾度となく滅んではまた生まれ、争っている。
「…なんとまぁ」
私は頭を掻いた。
私には遥か昔の記憶がある。
が、この書物が正しければ、私の記憶にある時代の人は滅びたということになる…
まずは私について話そうと思う。
ふと気がついたら森の中だった。
何をバカなと思うだろう。私もそう思う。
これは恐らく「遁走」とか「記憶喪失」とか、そういう類のものだろう。
直前までの記憶はなく、私にあるのは全くの別世界での記憶のみ。そちらははっきりと、生まれてから死ぬまでの記憶がある。
その一生で得た知識と共に。
というわけでサバイバル的な(あくまで”的な”)知識はあっても実践したことがないごく普通の人間だった私は、森の中で途方に暮れた。
幸か不幸か、近くに川が流れていたので、その水を飲んだ。
柑橘っぽい木の実をもいで食べ、うろ覚えの知識で火をおこそうとしては失敗した。
知識だけで道具がない。無理に決まっている。
でも諦めたら死ぬと思って必死に頑張った。
必死に頑張ったけど、火はおこせなかった。
おこしたところで火を保ち続けるのが難しいから、おこせなくても仕方ない…と、自分に言い聞かせた。
季節はわからないが夜は肌寒く昼はそこそこ暑い。が、極端に暑くも寒くもなかったのは運が良かった。神に感謝するべきだろうか。
とにかく私は森の中で生き延びねばならなかった。
見知らぬ森は深く、あてもないまま、それでも人里を求めて彷徨い続けた。
十日ほど経った頃だろうか。
食料を求めて森の中を歩いていたとき、物音に気を取られて足を滑らせてしまった。
文字通り転がり落ちたときは死を覚悟した。
なにしろ、10メートル以上の崖だったのだ。
だが、無傷だった。
おかしい。
いや、ずっと思っていたことはある。
今までの経験から、このくらいの期間水を飲まないと危ないとか、そろそろ食べないとヤバイとか、そういう勘で色々食べたり飲んだりしてきた。
でも、実際に空腹や喉の渇きを感じたことは…ない。
いやいや、たまたま運よく怪我をしなかったのかもしれない。
ストレスで空腹や喉の渇きを感じにくいのかもしれない。
私はぼんやり浮かんだ馬鹿げた考えを打ち消そうとした。
数日後、いつも通り彷徨っているとき、運よく?黒曜石のかけらを拾った。
植物を切るのに使えるかもしれない、と加工に挑戦した。
加工自体は失敗だったのだが、その過程で指先を大きく切ってしまった。
3針は縫う怪我だ。だって昔同じくらいの怪我で3針縫ったから。
ところがその怪我は、半日も経たないうちに綺麗に治ってしまったのだ。
ものすごい治癒力。
以前浮かんだ馬鹿げた考えがまた浮かんできた。
私って、不死身なんじゃない?
だからといって、何か自分が大きく変わるわけではない。
仮に不死身だとしても、怪我をしたら痛いし、必要なくても水を飲みたくなる。
ただ、食料を探す必要がなくなったのは良かった。
とにかく簡単には死なないと気づいたら、不思議なことに心が軽くなった。
食べなくては、飲まなくては、眠らなくてはという焦りが心の重荷になっていたようだ。
特に、眠る必要もないと気づいたのは大きかった。
眠くないのに眠らなければならないと自分を叱咤していたし、眠れないのは寝る場所が野晒しなことが不安だからだと思い込んでいた。
不安なことは違いないけれども、そもそも眠くないのだから、眠らなければ良いだけだった。
善は急げとばかりにさっそく夜を徹して高い山に登り、周りを見渡してみた。
今思えば、無茶なことをしたと思う。でも収穫は大きかった。
北側は山脈。南側は平野。東には遥か彼方に海が見え、西側は切り立った崖。西から南の平野を横断し、東に向かう大きな河。
平野部には街道らしきものがあり、そのところどころに街や村っぽいものが見えたので、近いところから順に訪問していくことに決めた。
さすがに山登りはきつかったので、少し休んでから。
私は山を降り、ひたすら南に向かって歩いていった。
まずは街道を目指し、そこからは道なりに歩いていく。
休み休み、のんびりと三日ほど歩いただろうか?
最初の村に着いた。
廃墟だった。
しかも、かなり年季が入っている。
遺跡といってもいいかもしれない。
村を見て回ったが、生きている人はいなかった。
悪いとは思いつつ、崩れた家の中を物色させてもらった。
火打石っぽいものを見つけたので拾っておく。
布や紙、毛皮のようなものはほぼ風化していて、ひび割れた皿や壺が残っている。
家も、屋根を支える梁がなくなって潰れ、レンガや石の壁だけが残されている。
朽ちてはいるが、武器も落ちていた。
青銅かな?かなり錆びている。
小さな教会っぽい建物もあったが、シンボルは十字架ではなかった。
丸…いや、輪?環と書くのが正しいかもしれない。
小さな村には他にめぼしい収穫はなく、街道に沿ってのんびり移動。
村からしばらくは畑の跡が続いた。
よく見ると畑は小さな川の近くで、村は小高い丘の上にある。
水害を警戒したのだろうか。もしくは、氾濫する季節があるとか?
火打石っぽいもののおかげで火を焚けるようになったので、夜の移動速度が落ちた。
星空を見上げながら焚き火をすると落ち着く。
欲を言えば、テントが欲しい。
ともあれ、次の街に着いた。先ほどより少し規模が大きい。
廃墟だけど。
人の気配がない街は寂しい。あと怖い。
明るい間に中を見て回り、暗くなったら街の外で過ごした。街道の方がまだ過ごしやすい気がするから。
ここも廃墟になって久しいようだ。
先ほどの村より大きな建物をいくつか見て回ったけど、中はがらんとしていて、特にこれといって残っているものはなかった。
立派な石のテーブルがそのまま残っていたくらいか。あと暖炉とか。
人がいた頃を想像して、寂しい気持ちが増した。
街を出て、街道に沿って歩いていく。
途中、より大きな街道に合流した。
恐らく一番大きな街道だったのだろう。分かれ道もあるが、大きな道から細い道が枝分かれしているので、主街道を間違うことはない。
砂利をしっかり押し固めてあるからか、今も草木に侵食されていないのは本当にすごい。
あとありがたい。
アスファルトだって数年もすれば経年劣化と草木の侵食によってボロボロになってしまうのだから、砂利を押し固めただけならもっと酷い有様になっていてもおかしくない…と思うが、そうなっていない。
素人だから、本当のところはわからないけど。
次の街には、防壁のような出城のようなものがあった。
街の少し手前に造られた、煉瓦造りの建物だ。
正面からはほぼ壁にしか見えない。
よーく見ると、壁のところどころに窓…というか穴が空いている。弓とか銃とか、なんらかの飛び道具が飛んできそうな感じだ。
出城を通り過ぎると、堀がある。
川の流れをそのまま利用したようで、今もきれいな水がゆったりと流れている。ときどき魚が跳ねるのが見える。
野生動物を見るのは久しぶりだ。森の中ならイノシシやタヌキがいてもおかしくないはずだが、一度も見かけなかった。
動物は好きなのに…
さすがにオオカミとかクマとかが出たら困るけど、シカくらいは見かけてもいいと思うんだけどなぁ。
あ、でも鳥はたくさん飛んでいたか。
岸辺は土手と石垣で、周辺には石畳が敷かれ、大きな橋の先にこれまた大きな門がそびえている。
通り過ぎてきた街や村よりも綺麗に残っているところを見ると、ここが文字通り最後の砦だったのかもしれない。
無人の門をくぐると、まずは大きな広場があった。
真ん中に誰かの像があり、石畳は像を中心に円を描いている。
東京ドームという単位が脳裏をよぎった。
数万人が集まれるほどの広さであることは間違いない。
広場から左右それぞれ10時10分の方向に大きな道が伸びている。
道と道の間には舞台のような一段高い場所があり、その後ろは大きな壁。
攻め込まれた時にはここで抵抗するためかな?
出城と同じく小さな穴があるから、おそらくそういうことだろう。
左右の道をそれぞれ軽くのぞいてみたが、どちらも市場だったようだ。
簡単な屋根を張っていたと思しき柱の残骸、カウンターっぽい石の机、一階は道側に壁がない建物。
タルの破片っぽいものが散乱する場所は酒場だったのだろうか。
それぞれ100mほど歩いてみたところで日が暮れ始めたので、今日は広場で焚き火をすることにした。
燃やすものを集めるのに少し苦労したが、無事日暮れ前に火をおこせた。
明日は奥の方まで行ってみよう。
星を見上げながらぼうっとしていると、かすかに何かの声がした。
最初は風の音かと思ったが、どうやら違うようだ。
一応、立ち上がって辺りを見回したけれど、暗闇は濃く何も見えない。
大きな動物に襲われるのは嫌だな。
齧られたら死ぬのかな?痛いのは嫌だから、できればひと思いに…無理か。
などと考えているうちに声はしなくなり、何事もなく朝を迎えた。
さて、左右の道のどちらへ行こうか。
どちらでもいいと逆に迷う。
とりあえず右から行ってみるか。
右側の道をただ道なりに進んでいくと、また城壁があった。
街の風景にかなり巧妙に紛れ込ませている。最初は大きな家だと思っていた。
通路かと思わせて行き止まり。隣接する家が崩壊していなければ行き止まりと思うだろう大きな出っ張り。
凸凹というには大きすぎる凹凸のあるひと連なりの壁。
入り口どこだろう?
城壁に沿ってしばらく歩いてみた。
…
ないなぁ、入り口。
一体どうなっているんだろう?
ひとり首を傾げていると、
にゃあ
鳴き声が聞こえた。
いつのまにか足元に黒猫が座っている。
にゃあ
猫はもう一度鳴くと、壁に沿って歩き始めた。
少し歩いて立ち止まり、振り返ってまた鳴く。
ついてこいってことかな?
私は猫を追いかけた。
猫は迷路のような細い道を迷いなく進んでいく。
この迷路は侵入した敵を惑わすためだろうか。
となると、ここは相当重要な砦だったのか?
猫の後に続いていくと、いつの間にか城壁を通り抜けていた。
複雑に入り組んでいるが、壁ではない隙間があったらしい。
振り向いても壁にしか見えない。
設計者すごい。
城壁の中はごちゃついた景色が一変し、建物が整然と並んでいる。
だから城壁を抜けたことに気づけた。
幅広の道路がまっすぐあり、両脇に平屋が立ち並んでいる。
区画ごとに意味があるのか、並び方に多少の違いがあるようだ。
平屋として残っているのは最前列のみで、後方はほぼ礎石しか残っていない。
木造、あるいはテントだったのだろう。
最前列だけは煉瓦造りで、見映えは良い。
猫と一緒に奥まで進んでいく。
城壁を抜けたあたりで見え始めていたものが、近づくについれてはっきりとその輪郭を現している。
城だ。
大きいという言葉では現し切れないほど立派。
城門は閉ざされているように見えたが、近づいて押してみると簡単に開いた。
崩れた噴水からちょろちょろと水が流れている。
バラはのびのびと蔓を伸ばし、裸婦像に絡みついていた。
りんごの木は自然の姿を取り戻し、トピアリーだったであろう木が悠々と枝を広げている。
でも、芝生はそれほど荒れていない。伸びてはいるけど、ちゃんと芝生だ。短く刈り込んだら綺麗になるだろうな。
猫は芝生の上で寝転んでいる。ここへ来て腹を撫でろと言われている気がするので、隣に座って腹を撫でてやった。
今日はここで夜を過ごそうかな。お城の中は明日にしよう。
そんなことを考えていたら、眠そうにしていた猫がすっくと立ち上がった。
猫らしいあくびと伸びをした後、ついてこいといわんばかりに尻尾を振ってみせる。
太陽は傾き始めているが…仕方ない。猫に従うとしよう。
お城の中は驚くほどきれいなままだった。
狐につままれたような不思議な気持ちになる。
猫は迷うことなく進んでいくと、大きな扉をかりかり掻いた。
開けろってことね。はいはい。
そこは豪奢なベッドルームだった。
3〜4人一緒に眠れそうな大きなベッドがあるのに、部屋が大きすぎて違和感がない。
おそるおそる布団に触ってみたが、まるで今日干したばかりのようにふかふか。
ここで休めってこと?
猫はベッドの端に丸まっている。
いいのかな、勝手に使っちゃって。
実はお城の主人がいたりして。
でもここまで誰にも会わなかったのに、都合よく主人だけがいるとは思えない。
とにかく今日はここで休もう。
重いドアと重厚なカーテンをしっかり閉めて真っ暗な部屋の中、私はベッドに横たわった。
不思議なことに、しっかり眠ることができた。
猫はすっきりした私をみて満足そうにしている。
猫にお礼を言って、ついでに撫で回した。モフモフ。
お城の中はしんと静まり返っている。
廃墟もそこそこ怖かったけど、きれいで誰もいないというのも怖い。
猫はそんな私の胸中を知ってか知らずか、にゃあにゃあ鳴きながら私を誘い出した。
猫が最初に向かったのは、玉座。
謁見の間というのだろうか?
王様がいるべきところだ。たぶん。
今は誰もいないけど。
猫はその部屋を横断して、別の場所へ向かうようだ。
中庭を抜け、階段を登り、別の建物に入る。
二重扉の先には、壁一面の本棚があった。
図書室のようだ。
猫は窓際にある、本を読むためであろう机にひょいと登ると、そこで丸まった。
…寝てる。
仕方なくぶらぶらと暇つぶしに背表紙を見ていたら、読める文字を見つけた。
嬉しくなって、図書室を掃除して読み始めた。
本の名は「新聖書」。
冒頭に戻る。
…
いやいや。嘆くことはない。
私はたぶん不死身。
人は何度でも生まれてきたという。
つまり、待っていればいずれ人がまた生まれてくる。
いずれ生まれて来る人のために、準備をしよう。
まずはここで、色々勉強していこう。
猫も気持ちよさそうにしているし。
2025.7.15修正