<ブランコ中尉亡命事件>
ソ連によるこの世界への侵攻が始まってから丸2か月以上が過ぎた現在、ロシア極東部ではソ連軍がロシア軍を掃討しながら支配地域を広げてロシアのウラジオストク目前まで迫り、そのうえ中国のかつて満州と呼ばれていた中国東北部にも侵攻を開始していた。
この中国への侵攻は中国がロシアに加勢したことによって始まったものであり、自分たちと敵対することを明確にした中国に対してソ連軍が反攻する形で侵攻を開始したためであり戦線が急拡大することとなったのである。
そして、このような極東における戦線の急拡大は近隣各国にソ連軍への備えを進めさせることとなった。
中国と同じくロシアと国境を接する北朝鮮では全ての出来事を国民に隠しながらもロシアとの国境に軍を展開させ、韓国でも北朝鮮を盾としつつソ連軍と難民となって押し寄せてくるかもしれない北朝鮮国民に備えて38度線に軍を展開させることとなったのだ。
またアメリカとの間にある広い太平洋と比べて狭い日本海を挟んでロシアにいるソ連軍と対峙することとなった日本も例外ではなく、アメリカへの支援を停止してその時への備えを進めていた。
ソ連軍によるロシアへの侵攻が発覚した時、すでに在日米軍の多くは臨時政府があるハワイへと移動しており残る部隊も基地の維持管理とアメリカ本国への支援で手一杯であることから日本は自力でソ連軍への備えを進めなければならなかった。
そこで日本はソ連軍の上陸を防ぐためにオホーツク海と日本海に面する北海道と本州の長大な海岸線に防衛線を構築することを決定し、この3週間ほどに渡って多くの自衛官や多数の民間事業者が昼夜休みなく投入され海岸線への有刺鉄線の設置やトーチカの建設などが突貫工事で続けられていたのである。
もちろんのこの長大な海岸線に防衛線を構築するというのは簡単なことではなく、一部の市民団体や野党などは艦船を保有していないソ連軍に対して防衛線の構築は過剰で税金の無駄遣いだと騒ぐ者も出ることとなるが、それもソ連軍の急速な支配地域の拡大とともにいつの間にか収まることとなった。
なぜならソ連軍はハバロフスクでの民間人虐殺やその後に行なわれたウラジオストクへの無差別爆撃などロシアで蛮行の限りを尽くしており、日本のすぐ近くで発生し日本にまでその被害が及ぶかもしれない情勢について日本国民自身が危機を間近に感じた結果、防衛を妨害する一部の市民団体や野党が逆に非難の的となったのだ。
それに今に至るまでソ連がパラレルワールドのこの世界へと進攻を続ける理由も分からず、ソ連がロシア極東部を支配することになるのが目前の今、ロシア極東部や中国がソ連によって恒久的に支配されるようなことになれば日本は大陸を支配する強大なソ連軍と恒久的に対峙しなければならないということになるのである。
そのためにも防衛線の構築は10年後、20年後にソ連軍が日本を攻めてくるかも知れない以上は絶対に行なわなければならないものであり、むしろ今まで北朝鮮の拉致事件や不審船などを振り返ってみれば今になっての防衛線の構築は遅すぎるほどであった。
こうして極東ではパラレルワールドのソ連がアメリカやロシアに侵攻を続けている理由がソ連最高指導者の私怨などとは知りもしないままソ連軍への防備を固めていくこととなり、それから1週間後、日本が防衛線の構築を始めてから1か月以上が経過したその日、北海道で日本国民の危機感をより一層高める出来事が起こることとなる。
それはソ連軍兵士の北海道上陸である。
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オホーツク海を望む北海道、その沖合に一隻のロシア漁船を見つけたのは防衛線構築を行なっていた民間の作業員たちだった。
作業員たちはその漁船に手を振る1人の人間が乗っているのを確認すると数人をその場に残して数キロ先で別の作業を行なっていた自衛隊のもとへ駆けつけて通報を行ない、自衛官がそこへ駆けつけて双眼鏡で漁船を見ると漁船に乗っているのはなんとソ連軍の兵士だったのである。
どうやら漁船はすでにエンジンが動かないらしく、その後これ以上海岸に近づくことができないと判断したソ連兵は極寒の海へと飛び込んでずぶ濡れになりながら北海道の海岸へと上陸、当然のことながらこのソ連兵の身柄はすぐに確保されることとなる。
なお、このとき駆けつけた自衛官は防衛線構築のために派遣されていたため誰一人として銃を所持していなかったことが問題視され、この事件の後すぐに防衛線構築のために派遣された自衛官に小銃の所持が許可されることとなるがそれはまた別の話・・・。
こうして身柄を確保されることとなったソ連軍兵士であるが、この男はソ連防空軍の中尉で名前はブランコだと名乗った。
なんでもこのブランコ中尉はソ連軍が占領したロシアのアムール州にある空軍基地で鹵獲した航空機に乗るために派遣されたそうなのだが、中国軍の空爆で乗る機体がなくなったことで地上戦へと駆り出されておりブランコはイギリスへの亡命のためにロシアで漁船を盗んで日本へとやってきたのだという。
こうしてこの出来事はソ連兵が日本へと来ることが可能だと示すこととなり日本の水際防衛の重要性をさらに高めることとなるが、それとは別に今回の亡命事件は世界中の注目を集めることとなる。
なんとこのブランコ中尉は今までアメリカやロシアで捕虜となったソ連軍兵士とは違い、自分たちが侵攻しているのは世界線が異なるパラレルワールドのアメリカやロシアだということを知っていたのだ。
何でもこのブランコはパラレルワールドである向こうの世界でイギリスの情報機関と少なくない接触があり、この世界への侵攻に参加させられる直前にソ連が侵攻しているのは世界線の異なるパラレルワールドのアメリカやロシアなのだということを聞いていたのだそうだ。
そのためブランコは今までアメリカやロシアで捕虜となった一兵卒のソ連兵とは違い実に多くの情報を持っており世界は侵攻してきたソ連があるパラレルワールドについての情報をブランコから得ることとなるが、ブランコによればあちらの世界のNATOやアメリカはソ連が行なっている侵攻に関して一切関知する気はないという。
もしこのようなことを自国民に伝えてしまえば、それはソ連の技術力を認めるということでありソ連と敵対する西側諸国はこの出来事を隠ぺいするという道を選んだというのだ。
それにソ連が勝手に弱体化するのならばそれで良く、パラレルワールドの国々など知ったことではないというのがあちらの世界の判断でありイギリスの情報機関がブランコに真実を伝えてパラレルワールドのイギリスに亡命をするように助言したのがソ連の侵攻を受けるこの世界への唯一のやさしさだったといえるだろう。
そしてブランコからはこちらの世界とは全く違う向こうの世界の情勢についての情報を得ることとなる。
こちらの世界と向こうの世界でアメリカはそう変わらず、ソ連はアフガニスタンに深入りしなかったことからその後も崩壊することなくアメリカを相手に冷戦を続けており、こちらの世界で大国となっている中国は未だ1960年代から1970年代とそれほど変わらないような国内情勢になっているという。
そして向こうの世界の日本は今の日本と発展の度合いはそう変わらないようだが、あちらの世界で日本は米ソ冷戦に中立の立場をとっているのだそうだ。
なんでも日本は1970年代に行なわれたベトナム戦争で広島や長崎に続いて原爆が使われたことや在日米軍兵士の犯罪によって日本中でアメリカ軍に対する強い拒否感が巻き起こり、その後在日米軍を追い出して国防軍を編成し、すでに半世紀にわたって米ソ冷戦に中立という立場を貫いているというのだ。
またこれに伴い日本の近くにある朝鮮半島では在日米軍の撤退によって在韓米軍が孤立する可能性があることから同時に在韓米軍も撤退、その後起こった第二次朝鮮戦争で韓国は北朝鮮へと併合され北朝鮮は実質的にソ連の属国となっているのだそうである。
こうしてパラレルワールドから侵攻を続けるソ連の真意は分からないままであるが、ブランコの中尉の話は少なくともあちら側の世界の国々が頼りになることはなく、こちらの世界だけで何とかしなければならないのだということを世界中に改めて意識させることとなった。
そしてソ連がいるパラレルワールドについての情報提供元となったブランコ中尉であるが、数日後イギリス政府はブランコ中尉の亡命を認めることを表明。それから少ししてイギリスの軍用機によってブランコは日本からイギリスへと飛び立っていったのであった。




