<ロシア侵攻>
突如としてソ連軍の亡霊のような謎の軍事組織にアメリカを侵攻された世界では謎のソ連軍の正体が『本物のソ連軍』なのだということが侵攻から1か月半が経過して明らかとなっていた。
ソ連によるアメリカへの侵攻が始まってからというもののアメリカは多数のソ連軍兵士を捕虜とすることに成功しており、アメリカはこの捕虜への尋問から彼らがいまだにソ連という国が存在する世界、つまり自分たち違うパラレルワールドからやってきたということを突き止めたのだ。
もちろんこれは科学的に証明された話ではなかったが偵察ドローンや偵察衛星によってソ連軍が煙の中から出現したり消失したりしているということが確認されており、そういった非現実的な事実からもパラレルワールドという非現実的な話こそが今回の事態を説明するのに合理的だったのである。
こうして世界はアメリカを侵攻している敵の正体を知ることとなり、突如として侵攻勢力が煙の中から湧いて出てくるという不可解な現象の原因が解き明かされることとなったのであった。
一方、相手の正体を知るまで1か月半がかかったアメリカに対してソ連側は侵攻開始から1週間で自分たちが侵攻している本当の相手の正体を突き止めることができていた。
アメリカにあるソ連大使館でロシア帝国の旗を掲げていた大使館職員を反革命分子として暴力を用いながら尋問した結果、ソ連は自分たちが侵攻しているアメリカは世界線が違うパラレルワールドのアメリカなのだということを侵攻開始から1週間後には知ることとなったのだ。
つまりソ連は侵攻開始から早々に自分たちが開発した空間移動装置がパラレルワールドへとつながる空間【転移】装置として機能しているのだということを理解することとなったのだが、当のソ連はその事実を知っても侵攻をやめるつもりはなかった。
なぜならソ連の最高指導者であるタターリンは例えパラレルワールドのアメリカとは言えそれがアメリカである以上はソ連の敵であり、そのうえソ連との冷戦に勝って世界の頂点に立ったアメリカを何としても滅茶苦茶にしてやりたいという一種の復讐のような個人的な感情からアメリカへの侵攻を続けていたのである。
そして、それだけでなくソ連はこの世界がパラレルワールドだと知ったうえでロシアにまで侵攻を開始することとなる。その理由は単純明快。
タターリンがパラレルワールドだからと言って自分が処刑したはずの人物によって統治されているロシアという国など個人的な感情から許す訳がなかったからだ。
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こうしてアメリカへの侵攻開始から1週間後、侵攻している世界がパラレルワールドだということをソ連が分かった時にロシアへの本格的な侵攻は始まった。
この時すでにロシア極東部にはハワイやアラスカからアメリカ軍がソ連極東部に上陸してくるという反攻作戦を警戒して侵攻部隊と同じように空間移動装置でソ連極東部へ派遣したことからロシアの極東へと『転移』していたソ連軍部隊がおり、ソ連はその部隊をそのままロシアへの侵攻に参加させたのである。
そしてこのソ連によるロシアへの侵攻はロシア極東部が人のいない極寒の地であったことやソ連のアメリカ侵攻に伴うロシア国内の混乱、侵攻部隊がロシアと同じ兵器を使用していたためロシア軍と見分けがつかなかったことから1か月以上もの間ロシアはその侵攻に気づかなかった。
そのためロシアや世界がソ連によるロシア侵攻に気づいた時、すでにソ連軍はロシア極東部の広範囲にその魔の手を広げていた。
ソ連軍は現在ロシア極東部を東はベーリング海峡沿いから西は北極点から樺太の北端までを一直線に結んだロシア本土一帯を完全に占拠しており、そのうえロシア極東部で最大の人口を持つハバロフスクへとソ連軍の大部隊が向かっているという有様だった。
過去にフランスのナポレオンやドイツのヒトラーを退けた冬将軍もソ連軍相手では役に立たず、ソ連軍とロシア軍が最初に衝突するハバロフスクを守る大規模な戦闘がロシア極東部における最初で最後の決戦であり、その時は着々と迫っていた。
そもそも最初の戦いがロシア極東部とはいえ決戦になるなど、ここまでソ連軍の侵攻を許したロシア軍の失態は明らかであったがこれには様々な理由があった。
アメリカへの侵攻に関与が疑われたロシアは核戦争という最悪の事態を防ぐためも自分たちの軍が侵攻には無関係であると証明するための対応に追われ、各国がアメリカでの異常事態を受けて軍の態勢を整えていた一方でロシアは他国を刺激しないためにも全ての軍事活動を停止していた。
そのためソ連によるロシアへの侵攻に気づいて軍を動かしたものの様々な対応で後手に回ることとなり、複数の中小規模の都市では反撃もできないままソ連軍に都市を占領されることとなり今に至っているのだ。
そしてソ連によるロシアへの侵攻は止まることはなくアメリカへの侵攻と同時並行で進み、この世界にソ連軍が出現してから2か月以上が経過したその日、ハバロフスクから北に約100kmの位置で侵攻するソ連軍と防衛するロシア軍の間でロシアにおける極東の決戦ともいうべき大規模な地上戦がついに始まることとなる。




