<NATO>
突如としてアメリカで巻き起こった異常事態にヨーロッパ各国では情報が錯綜していた。
ヨーロッパの政府機関にもたらされた第一報では大都市に出現した部隊の規模や郊外の軍事基地や施設を中心に騒動が広がっていることからトラプル大統領の不在を狙ったアメリカ軍による軍事クーデターが発生したものと見られるというものであった。
しかしアメリカで発生していたこの異常事態をアメリカ国外で初めて報道したイギリスの放送局によれば大都市に展開している部隊は明らかにアメリカ軍ではなくソ連の旗を掲げたロシアの兵器を使う軍勢だということであり、現地からの映像もそれを裏付けるものだったのである。
こうして現在ヨーロッパ各国の情報機関は自国への脅威やアメリカにいる自国民保護のためにアメリカで一体何が起こっているのかということを明らかにするためNATOが中心となって必死の情報収集を行なっている真っ最中であり、特にここ最近のロシア軍の動きは各国情報機関の注目の的となる。
いくらソ連軍の旗を掲げているとはいえ使用されている兵器はロシア軍と同じものであり、どの国も今回の事態にはロシアが関与しているのは間違いないと見ていたのだ。
そのうえ普通に考えて複数の大都市を同時に攻められるだけの軍勢が湧いて出てくるはずもなく、そうなればロシア軍はどこかで大規模に部隊をアメリカに移動させていることはまず確実である。
そこで各国の情報機関は一体いつロシアがこれだけの部隊をアメリカへと輸送したのか、それを様々な観点から推測・究明しそれを解き明かそうとしていた。
だが当のロシアは今回の件に関して完全に関与を否定しているうえロシア国内にいるロシア軍の配備状況はいつも通り、そのうえどう考えてもアメリカへ戦車を含めた大規模なロシア軍部隊を輸送するなどというのは明らかに不可能であり、今回の件に関してロシアやロシア軍の関与を主張することはあまりに無理な話であった。
それもそのはずアメリカに出現し侵攻しているソ連軍は別の世界線、パラレルワールドからやってきたソ連軍であり今回の件に関してロシアは全くの無関係で本当に湧いて出てきたものであることからそれを解き明かすことなど誰にもできるはずもなかったのだ。
しかしこの世界においてアメリカが大規模な侵攻を受けているというのは紛れもない事実であり、この事実は世界にさらなる混乱と衝撃をもたらすと同時に世界各国に様々な対応とアメリカへの支援を強いることとなった。
まず今回のソ連軍によるアメリカ侵攻に大きく巻き込まれた国は侵攻されたアメリカを除くと3つあった。
1つ目は今回の侵攻でアメリカに次ぐ被害者ともいえる一時関与が疑われることとなったロシアであり、下手をすれば核戦争になってもおかしくない疑惑にロシアは自らの無実を証明するために奔走しなければならなくなったのだ。
そして今回のアメリカ侵攻に巻き込まれた2つ目と3つ目の国はメキシコとカナダであり、アメリカと国境を接する両国には国籍を問わず大勢の避難民が押し寄せ、避難民の受け入れやアメリカ人以外の避難民を帰国させるための各国大使館との連絡や調整など両国の政府はすでにパンク状態となってしまっている。
そのためアメリカが多大な支援を必要としているなか隣国であるメキシコとカナダは今回の事態に対する対応だけで精いっぱいでアメリカに支援を行なう余裕などまったくもってなかった。
このような状況のため現在アメリカを大規模に支援することができるのはNATOだけという状況であり、世界の中で特にNATOがアメリカに軍事支援を含めた様々な支援を行なわなければならなくなったのである。
こうしてNATO各国は超大国アメリカを大規模に支援するというとてつもない負担を背負うこととなるが、そのような中イギリスの対応は早く、アメリカの強固な同盟国としての存在を世界に見せつけることとなる。
イギリス政府はかつて大英帝国として世界の海を支配していた威厳を示すかのように大西洋にいたためソ連軍による破壊は免れたものの母港を失うこととなった空母を含むアメリカ海軍の艦船全てをイギリスで受け入れることを発表し、在米英国人保護のためとして陸軍と海軍をアメリカに派遣することを決定したのだ。
一方、イギリスを除くNATO加盟国は今回の件に関してアメリカを支援することにはだいぶ慎重であり、フランスをはじめとしてドイツやイタリアは当初アメリカへの支援は弾薬の提供に留まっていた。
なぜなら兵器の提供についてはNATO全体の問題としてアメリカ製の兵器ではなくヨーロッパで開発された独自のものを使っていることからアメリカ軍では運用ができず、派兵についてもドイツとイタリアでは敗戦国という歴史的な事情から本格的な戦闘を前提とした派兵は国民世論のハードルが高く、そもそもアメリカへ派遣できるほど十分な兵力を有していないという問題があったのだ。
そして十分な戦力を持ちながらも常任理事国であるフランスはマカロン大統領を始めとしたフランス政府が論理的には関与が否定されているとはいえ未だ疑惑の目で見られているロシアとの関係悪化を恐れて派兵を渋っているという状況だった。
このように各国のアメリカへの最初に提案された支援は様々な事情から小規模なものであった。
だが、そのような状況もそれぞれの国内世論によって一気に変わる。
ネットによって荒廃したアメリカの大都市の画像や被害を受ける自国系のアメリカ人の様子がNATO加盟国にも広がり、フランスではイギリスが派兵をするのになぜフランスは派兵しないのかという声も高まっていったのだ。
最終的に当初は弾薬の提供のみであったドイツとイタリアは民兵支援のためとして自国で生産した小火器の大規模提供を決定し、フランスもイギリスに対抗するような形で大規模な派兵を望む声が大きくなったことによって国内世論に押される形でフランスもイギリスに次ぐ大規模な派兵を決定することとなった。
こうしてNATOは突如として亡霊のごとく湧いてきたソ連の旗を掲げた謎の軍事組織、パラレルワールドからやってきたソ連軍とアメリカの盟友として共に戦う道を選んだのである。




