<自由の中心地>
ソ連軍が占領するマンハッタン、そこはマンハッタン島と呼ばれる一つの島でありソ連軍は島の各地に防御陣地を作って島全体を要塞とすることでなんとしてもアメリカ軍による奪還を阻止しようとしていた。
なぜならこのマンハッタンはソ連にとって国防の最前線となっているのだ。
どういうことかというとアメリカ侵攻のためにマンハッタンへと空間移動装置の出入口を出現させたソ連であるが、逆にソ連側の出入口はモスクワに近い陸軍基地と繋がっている。
そのためもしマンハッタンをアメリカに奪還されソ連側にまでアメリカ軍が攻め込んで来るようなことになればそれはモスクワに近いソ連軍の基地がアメリカの基地になってしまったも同然であり、今までソ連が空間移動装置のメリットとしていたことが全てアメリカのメリットとなってしまうのである。
普通に考えればアメリカに攻め込まれるよりも前、今すぐにでもソ連軍を撤退させ空間移動装置の出入口を閉じてしまえば良いがソ連という国がそもそも普通に考えることができる国家でなく、先に行なわれた6か所の占領地以外から行なわれた完全撤退もソ連軍にとっては想定外だったのだ。
もともとソ連軍はアメリカでの戦闘が膠着状態に陥ったことからソ連軍を撤退させて空間移動装置を一度閉じ、その後撤退させた部隊を侵攻しているアメリカのハワイやロシアのモスクワに再侵攻させるつもりであった。
しかし再び空間移動装置によって繋がった先はパラレルワールドではなく自分たちのいる世界だったのだ。
幸いにしてその時最初に繋いだのがソ連のモスクワだったため同じ世界のアメリカにつながる可能性があるハワイへの転移は見送られることとなったが、この時すでに空間移動装置がパラレルワールドに繋がる空間転移装置としては機能しなくなっていることが明らかになったのである。
そのため侵攻のために繋げている空間移動装置をいま閉じてしまえば二度と現在侵攻しているパラレルワールドに繋がらない可能性が高く、それはアメリカを一部とはいえ手に入れたと信じ自らの功績として固執しているソ連最高指導者のタターリンには許せないことであった。
こうしてタターリンは何としてもすでに占領しているアメリカの死守を命じることとなりアメリカの反抗作戦開始後にソ連軍の戦力はさらに増強、督戦隊まで派遣されることとなりそのような状況でアメリカによるマンハッタンの奪還が始まることとなったのである。
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マンハッタンを防衛するソ連軍の督戦隊として派遣された政治将校のレーメンはアメリカ軍によるマンハッタン攻略戦の全てを見届けることとなった。
四方を完全に包囲したうえで始まったアメリカ軍によるマンハッタン攻略戦、それは空からのヘリコプターによる上陸にニュージャージー州からの船による上陸、ニューヨークの北と東側からは架橋による上陸が行なわれると同時に地下鉄からの上陸も行なわれるという歴史上類を見ない上陸戦であった。
そのような中、レーメンはソ連へと通じる空間移動装置の出入口となっている煙を覆うようにして作られたコンクリート要塞の門に陣取り、勝手にソ連側へと退却しようとするソ連軍兵士を射殺するための任務に就いていておりソ連軍の無線も聞くことができる立場にあったことからマンハッタンの全てを把握することができたのである。
そしてアメリカ軍によるマンハッタンへの攻撃、それは航空部隊からの爆撃によって始まった。もちろんこれに対しソ連軍は対空兵器で迎撃することとなるがそれも次々と爆撃を受けて沈黙していくこととなる。
なぜならアメリカにとって本土奪還のための作戦はどんな高価な航空機を犠牲にしてでも成し遂げなければならない作戦であり、しかも例え航空機が撃墜されてもそこはアメリカ本土でパイロットをすぐ保護でき、航空機の残骸を回収されることによる機密漏洩のリスクもない。
そこでアメリカ軍はこの作戦にF-22からF-35といった航空機であっても消耗品として投入し続け、その物量の前にソ連軍の対空兵器は押しつぶされるようにすべて破壊されてしまったのだ。
こうして制空権を確保したアメリカ軍によるマンハッタンへの上陸が始まった。
ニューヨークの上空を黒く染めるほどの百数十機ものヘリコプターが大挙して押し寄せ、アメリカ軍の兵士たちは高層ビルの屋上に降り立つとビルを上階から制圧していくと同時に屋上からソ連兵へ向けて狙撃し始めたのである。
上方から一方的に行なわれる狙撃にソ連兵はもはや道路を横切ることすら許されず、多くのソ連兵がその場にくぎ付けされると次は東西からのアメリカ軍の上陸が始まった。
マンハッタンの西を流れるハドソン川、そのニュージャージー州側からマンハッタンへと向かってくるアメリカ軍兵士たちが乗った膨大な数のゴムボート。しかし川岸のソ連軍防衛線はすでに完成しており重機関銃まで配備されているからにはそれを退けることは簡単なはずだった。
ドドドドーン
しかし、その防衛線もニューヨーク中に轟いた爆音とともに消えた。川沿いに作られていた防衛線や陣地は瞬く間にアメリカ軍の砲撃によって吹き飛び、マンハッタンの西側は丸裸となったのである。
だが、それでもまだ策はある。マンハッタンの川沿いのビルに潜むソ連軍スナイパーが上陸をしてくるアメリカ兵を狙撃するのだ。
1人撃ち、2人撃ち、スナイパーからの報告が次々と入る。
だがそれもいつの間にか沈黙する。マンハッタンへの上陸にNATOの軍隊は参加していなかったが、NATOは上陸戦をしない分アメリカ軍の支援としてマンハッタンの対岸にソ連軍以上のスナイパーを配置しており、多勢に無勢のソ連軍スナイパーは次々と彼らに狩られることとなったのである。
そして西側からの上陸と同時にアメリカ軍は東側からも上陸を始めていた。
マンハッタンの東側、そこは西側のハドソン川よりも狭い川が流れていて防御陣地が構築されていたが、それもすでに砲撃によって完全に破壊されておりアメリカ軍兵士たちは強化プラスチック製の箱を繋ぎ合わせて作られた浮橋を使って悠々とマンハッタンへと上陸していく。
こうしてマンハッタンの地上は東西から徐々にアメリカ軍に制圧されていくこととなり、高層ビルも地上と屋上の両方から制圧されじきにビル1棟そのものがアメリカによって奪還されていくこととなる。
また、マンハッタンの攻略は地下でも始まっていた。
地上で戦闘が続く中、マンハッタンの地下鉄では特殊部隊が真っ暗な線路上を歩きながら進んでいた。全員が暗視装置を装備しサプレッサーを装着した小銃をもって静かに行なわれていく地下鉄の制圧。
それは地下鉄の線路上に土嚢を積み陣地を作ってるソ連軍に対して遮蔽物がない狭い空間から攻めなければならないという厳しい条件であったが、アメリカ軍の特殊部隊は道中に設置されていたトラップを解除しながらソ連軍に気づかれることなく接近していった。
そして地下鉄駅の手前、ソ連軍が線路上に作った陣地にいる複数のソ連軍兵士を特殊部隊の複数人で同時に狙撃し無力化、地上戦に駆り出されほぼ無人であった地下鉄駅を次々と攻略していったのである。
こうして地下鉄が確保されるとアメリカ軍は地下鉄駅を拠点とし志願した地下鉄の運転手によって運行される車両により兵士や補給物資を次々とマンハッタンへと運び込み、負傷したアメリカ軍兵士を別の地下鉄駅に設置された野戦病院へと搬送、この時点でアメリカによるマンハッタンの奪還は決定的となった。
もはやソ連軍が次々と敗走し勝敗が決定的となると、政治将校であるレーメンはこちらへ向かってくるソ連軍兵士たちを機関銃で銃撃をするように部下に命令しつつ自分はいつ逃げ出そうかと考えていた。
すでにマンハッタンの防衛は不可能でありこんな訳の分からないアメリカの地で死ぬなどまっぴらなのだ。そしてレーメンは自分たちが銃撃を加えているソ連軍兵士たちに混じってアメリカ軍兵士の姿が見えるようになると部下の不意を突き1人で要塞の中へと逃げ込んで煙の中へと飛び込んだ。
これは決して敵前逃亡ではなくアメリカ軍に侵攻されるよりも前に空間移動装置の出入口を閉じるように命令するための伝令であると自分にその言い訳を言い聞かせ、レーメン煙の中を進んでいく。
そして煙が晴れ建物から出た瞬間、目の前にいたのは戦車とその手前に陣地を作ってこちらに銃口を向ける何十挺もの機関銃であった。
「撃てー」
こうしてソ連の政治将校であったレーメンはソ連軍指揮官の命令によって始まった機関銃の銃撃を一身に受けて絶命し、その後ソ連軍は空間移動装置を停止してアメリカとの交出入口を完全に閉じた。
その後マンハッタンを奪還したアメリカ軍がソ連軍の出現地点を覆うように作られた要塞の門を開けると、その中にいたのはこちらの世界に取り残されて何もない要塞内の空間で絶望していたソ連兵たちであり、拠点の制圧を知ると残存していたソ連兵は全員が投降、ニューヨークにおける戦いは終わりを迎えたのである。