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<ニューヨークの夜明け>

 ソ連軍によるアメリカへの侵攻が始まってからすでに丸3か月以上もの月日が経過した。


 しかしアメリカは未だ健在であり、それどころか最初こそ次々と各地にある大都市や軍事上の重要拠点をソ連軍に占領されそのまま亡国となってしまってもおかしくなかったアメリカであるが、今ではアメリカ軍がソ連軍を各地で包囲して不法にもアメリカの領土を占領するソ連軍に対して『その時』が近づきつつあった。


 そもそも怒涛の勢いで侵攻を開始したソ連軍であったが、ソ連軍は合衆国大統領の身柄を抑えて講和を結ぶという1日だけの占領で終わらせるはずだったことから占領計画がなく、侵攻開始から2日目には占領する範囲も決まっていなかったため侵攻は止まっており、ソ連軍はすでに占領した場所にただいるだけの状態となってしまっていたのだ。


 そしてそのようなソ連軍の事情を知らないアメリカ政府は民兵たちによる勇敢な行動がソ連軍を食い止めたと国内や海外に宣伝し、これによりソ連軍への攻撃に参加する民兵の数はさらに増えソ連軍の損害はそれに比例するように増えていくこととなったのである。


 また、それから少しして始まったアメリカの空軍と海軍による空爆もソ連軍をさらに追い込んでいった。


 ソ連軍はもともと1日だけの戦闘と占領ですべてを終結させる予定だったためアメリカに侵攻したソ連軍には対空兵器が一切配備されておらず、アメリカ軍の空爆によってソ連軍は多大な被害を受けることとなったのだ。


 特に市街地に潜入した特殊部隊との連携が上手くいったニューヨークでは爆撃によるソ連軍への損害は大きく、一時はニューヨーク市全域と隣接する自治体全域を占領していたソ連軍がその占領地域をニューヨーク市全域にまで減らすほどであった。


 その後しばらくしてソ連軍はようやく対空兵器を配備することとなるが、それから再び占領することができたのはニューヨーク市の外側数キロ程度であり、艦船からによる艦砲射撃も始まるとソ連軍は完全に占領した都市の一角に抑え込まれることとなったのである。


 こうしてアメリカは各地でソ連軍を包囲することに成功し占領された都市や軍事拠点を奪還するための準備を進めることとなるが、ソ連軍によるアメリカ侵攻の開始から丸3か月が経つ直前、ここにきてさらにソ連軍に大きな動きが起こる。


 それはソ連軍の撤退である。


 なんとソ連軍はホワイトハウスと国防総省、ニューヨークとワシントンのほかサンフランシスコとロサンゼルスといった6か所以外から突如として撤退したのだ。


 この際ソ連軍は今まで占領していた都市や軍事拠点の建物やインフラを手当たり次第に破壊し尽くして撤退していくこととなるが、アメリカは棚ぼた的に今までソ連軍に占領されていた領土の多くを取り返すことができ、残るソ連軍に対してアメリカの持つ戦力を集中的に投入することができるようになったのである。


 だが一方でニューヨークなどソ連軍が撤退しなかった地域ではソ連軍の兵力が増強されており、その後ロシアに侵攻していたソ連軍も増強されたことから撤退したソ連軍部隊がそのまま占領地や前線に投入されたのは明らかでソ連軍が占領を未だ続けるそれらの場所の奪還をより一層難しくさせると考えられた。


 しかしそれでもソ連兵の数はロシアにも分散したことからアメリカにいるソ連兵の数は侵攻当初と比べると半分以下に減っているという状況であり、新しく増強されたソ連兵が今の場所に慣れる前というこの千載一遇のチャンスをアメリカは逃さず作戦を前倒しして決行することを決定したのであった。



・・・・・



 『自由の夜明け作戦』


 アメリカの総力を挙げたソ連軍への反攻作戦。それはソ連軍を自由の国アメリカを覆う夜の闇に例えソ連軍を掃討することによってアメリカに夜明けをもたらすとしてそう命名された。


 この作戦には駐留していた海外から帰還したアメリカ軍とソ連軍による侵攻で発生していた数千万人にも及ぶ難民への対応を終えた国内のアメリカ軍が全土から参加することとなっており、それ以外にも臨時政府による徴兵制で集められたアメリカ人とイギリスとフランスからなるNATO連合軍も加わることとなっている。


 そして作戦は自由の女神というまさに自由の象徴があるニューヨークから始まった。


 現在ニューヨークのソ連軍はニューヨーク市全域を占領しており、空間移動装置でソ連との出入口となっているセントラルパークがあるマンハッタンを中心にニューヨーク市南西の島であるスタテンアイランド全域と市域であるマンハッタン南東にあるロングアイランドの西部を占領している。


 またこの他にもマンハッタン北側の川を越えた場所にある市のランドマークでもあるヤンキースタジアムを前線基地として市の北側から隣の自治体まで十数キロに渡って占領しているほか、マンハッタン西側を流れる川の対岸であるニュージャージー州の川岸一帯まで占領しているのだ。


 地理的に見ればマンハッタンは周囲から完全に守られており先日の一部地域から撤退したソ連軍がニューヨークの占領に加わったこともあってその防備は固いと思われる。


 だがアメリカは何を言っても自由と独立の国であり、その象徴である自由の女神があるニューヨークを取り戻すことを目指すアメリカ軍の士気は非常に高かった。


 こうして新月の月のない夜、ついにアメリカによる反攻の第一撃が始まることとなる。



・・・・・



 ニューヨークの高空。アメリカが誇るステルス爆撃機であるB-2は新月で月明かりのない闇夜にその漆黒の機体を隠し、その腹に抱えた爆弾を投下した。


 2000ポンド爆弾とも呼ばれるその爆弾は重さ約900kgの精密誘導爆弾GBU-31であり、爆弾はマンハッタンから北側を占領するソ連軍兵士約3万人の前線基地となっているヤンキースタジアムへと直撃するとスタジアムにいたソ連軍兵士を永遠の眠りへと導き、轟く爆発音はニューヨーク中にいる全てのソ連軍兵士の目覚ましとなる。


 こうして深夜のニューヨークでアメリカ軍を中心とした部隊による反攻作戦が始まる。


 この作戦ではニューヨークを包囲していた部隊がそれぞれマンハッタンを目指して進撃し、ロングアイランドの東からマンハッタンを目指す部隊にはイギリス軍が加わり、ニュージャージー州からスタテンアイランドとマンハッタン西側の対岸を目指す部隊にはフランス軍が加わっている。


 しかし何といってもこの戦いで最も奮戦し活躍することとなるのはアメリカ軍であり、そのアメリカ軍の中でも特に活躍したのはアメリカ中西部のカンザス州から来たアメリカ陸軍の第一歩兵師団だった。


 第一歩兵師団はニューヨークの北から南下してマンハッタンを目指す部隊であり、彼らは作戦開始直後から各地でソ連軍の小部隊を撃破して進撃しソ連軍の防衛線も一点突破で打ち破るというその怒涛の進撃は数か月前にソ連軍がアメリカに侵攻を開始した時の様子をまるで逆の立場で再現しているかのようであった。


 こうしてアメリカ軍を中心とした部隊はアメリカの地であるニューヨークを次々とソ連軍から取り戻し、作戦開始から3日目、第一歩兵師団はその駐屯しているソ連軍兵士の人数の多さからアメリカ兵の命を守るためとして攻略を諦めて泣く泣く爆撃することとなったヤンキースタジアムに到達。


 参加していた部隊の中でも最も早く第一歩兵師団がソ連軍の本拠地となっているマンハッタンの目前まで到着し、それから2日後にはほかの方面から進軍した部隊もマンハッタンへと到達することとなりマンハッタンをめぐるアメリカ軍とソ連軍の決戦がついに始まることとなったのである。





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