第九話 ルチルの思い 魔王たちの選択
「俺を、殺してくれ」
二人の反応が何にもないので、聞き間違いかと思っていると判断したのだろう。
ルチルは抑揚のない声でもう一度同じ言葉を繰り返す。
「こ……殺す?」
「つまり……死にたいのか?」
二人が何とか言葉を搾り出せたのは、それから五分後のことだった。
彼らの言葉にゆっくりとはっきりと頷く。
「お前たち二人がようやく再会できたから。心残りはなくなった。だから……」
「待て待て、待て」
「なんだ?」
「訳を聞かせてくれるか?」
「訳か……」
リアンは呆然としており、カーネは慌てたように訳を問う。カーネが聞くことができたのはルチルと会ってまだわずかな時間を共にしていないからだろう。
逆にリアンはそれほど長くはないが、彼の日常を知っており更に彼を侮辱するものたちを殺してきたのだ。それはルチルを守ろうとしているから、守ろうとしているのにもかかわらず、自分のことを殺せと言ってきている、それが理解できなくてリアンは珍しく混乱した表情を浮かべる。
「訳は疲れたから」
そんな二人の心情を知ってか知らずか立っているのが辛くなったのだろう、ベッドに腰掛けゆっくりとルチルの独白が始まった。
「物心ついたころから、疎まれ忌み嫌われ己の存在を見てもらえなかった。まだ、祖父が生きていたころはよかった。あの人は、俺をこんな容姿の俺を愛してくれた。この刀を贈ってくれた、剣術も勉強も見てくれた」
ベッドの下から剣を取り出し鞘をなでる、その瞳には懐かしい思い出を思い出しているらしくとても優しい光が宿っている。
「楽しかった。だが……、祖父は俺が十五の時に亡くなった」
一気に声が暗くなる。
表情も暗くなり、まとう雰囲気さえも黒いものになった気がした。瞳の中に暗い炎が宿る。
「それから六年間。俺の周りは一気に変わり俺は命を食らって生きていかなければならなくなった」
十五歳から命を狙われ続けたということかと思うカーネ。計算すればルチルは今、二十一歳。すでに成人もしているし結婚もできる。
殺せないのならば死地に送り込んでしまえばいいのかと考えたのかと、カーネは冷静に思案する。
「そして、リアンに出会う少し前に政略結婚を告げられた」
瞳に憎悪の光が宿る。暗い殺気が炎のように燃え上がった気がした。
その強さに思わず二人は膝をつきそうになる。色々な意味で彼もまた王と称せるだろう。
「そのとき、ふざけるなと叫びたかった。今まで磨き続けた剣の腕も、学び続けた勉学も、辛い生活もあいつらはすべて無に帰すといっているようなものだった。政略結婚が俺を死地へと向かわせることが目的だとわかっていたから」
鞘から少しだけ刃を抜く。鈍く輝く刃は数多の暗殺者を殺してきた、そしてそれを持つ自分の両手も赤く染まっているような気がした。
刃に映る自分の深紅の瞳は、ひどく暗い輝きを宿している。
「だけど、そんなことを言っても無駄だということは経験上学んでいた」
だからとのろのろと自分の前方に佇む、双炎の魔王を見る。リアンはすべての感情を押し殺して、カーネは思案をしているせいか無表情でいる。
「最後の足掻きとして死んでその政略結婚をなしにしてやろうと思った、死地とはいえ国が掌握できるのだから奴らの利益にもなる」
「自分で命を絶つつもりだったのか?」
「まぁ、リアンと出会わなければ」
「だから、私に協力したのか?」
リアンの抑揚のない声が響く。カーネは横目で彼の顔を見るが、何を考えているかはわからない。だが握りしめている拳は震えているのがみえる。
ルチルはそれには気づいていないが違うと静かに否定する。
「ならば、なぜ?」
「俺と同じような眼をしていたから」
「眼?」
「そう、寂しくて悲しくて自分の居場所がなくて、そして見つからないとあきらめている眼をしていたから。最後にそんな眼をして笑う顔じゃなくて、本当にうれしそうな笑みが見たかったから」
だからだと鞘に刃を収め静かに告げる。
リアンはどこかほっとしたような表情をしたが、次いで苦渋に満ちた表情をする。
「本当に死にたいのか?」
「あぁ、居場所がないのならば死ぬ」
「ならば……」
そんなリアンの様子を見ていた、カーネはルチルの目の前で膝を折り視線を合わせる。
深紅と銀の瞳が交差する。二人の瞳には感情がなく探り合っても何もわからない。
「俺たちが居場所を作ってやるって言ったら?」
「え?」
「そういうことか、カーネ」
彼の意図が読めたリアンは同様にルチルの前で膝を折り視線を合わせる。リアンはすがるような色を黄金の瞳に宿しながら口を開く。
「私たちが家族になるといったら?」
「……え?」
「そういうことだ、リアン。俺たちは、この世界に復讐する。他の魔王たちも起こしてな」
「それについてこないか? 死ぬ前に世界を見てみたくはないか?」
行き成りの提案に呆然とすることしかできないルチル。
対する双炎の魔王は真剣な表情で彼が答えるのを待っている。
外ではいつの間にか雨が降り出していた。
雷鳴が響き始め、落雷によって発生した光源が室内を照らす。
ルチルは呆然としたまま、雨音と雷鳴を聞きながら双炎の魔王を見つめていた。




