第四十八話 巫女コーライト
「巫女……」
もう一度確かめるように言葉を口にし、言い知れない恐怖が足元から這い上がってくるのを感じた。かなわないという恐怖ではない、相手から全力で逃げ出したいわけではない。
むしろ……
滅ぼしたいと思う。そう、消滅という言葉がいつの間にか自分の頭の中で浮かび上がるのだ。
しかし、その感情のままに行動をする前に恐怖が立ちふさがるのだ。今の自分ではかなわないという恐怖が。
「なぜ、ここに『まおう』がいるの?」
「何を言っている?」
「あなたは己の意思でここに来たのですか?」
やわらかくも凛とした声で問われる。ルチルは答えるのを少しためらうと、意を決して会話を試みようと決めた。
白と黒の領域で、一人の青年と一人の少女の問答が始まる。
「俺は魔王たちとともにこの地に来ただけだ」
「ここに何あるかも知らずに?」
「あぁ、知らない。興味もない」
「……無垢なまおう」
言外に無知だと言われた気がしてむっとした表情を浮かべるが、すぐに毅然とした表情に変わり平睨する。ここで挑発に乗れば、何を言われてこちらの情報を引き出されるかわからない。
この間もラピスに簡単に挑発に乗るなとくぎを刺されたばかりだ。その時のことを思い出して、内心しょんぼりする。
「あなたは、何も知らないから魔王についていけるのね」
「どういう意味だ」
「あれらは、この世界を滅ぼすも」
「違う!!」
のだからという言葉が続きそうだったが、ルチルは反射的に叫んで途切れさせる。自分でも驚いたが、夢を思い出したのだ、思い出したくない悪夢を。
そしてその夢の中で戦う人影を、顔まではわからなかった雰囲気が彼らに似ていた。
「なぜ、違うと言えるの?」
「……答える理由はない。顔を隠し、言の葉だけでこちらの言葉を引き出そうとする者には」
悪夢を思い出してしまったこととこの場の異様な空気に現実逃避をしたルチルは投げやりに言葉を放てば、巫女は首を緩く傾げる。
意味がわからないというように。
「あなたはおかしな人」
「貴様も十分、おかしいがな」
反射的に言い返せばクスクスと楽しそうに笑う。先程まで感じていた異様な空気は無くなり一人の少女のような雰囲気をまとう。
心なしか幼くなったようにも感じる。
なぜか自分と同じような気がした。彼女が、己と同じように何も知らないと。
「私の名はコーライト」
「巫女、コーライト」
そんなルチルのぼんやりとした思考をよそに巫女はコーライトとと名乗り白い外套を滑り落とす。
光の加減により七色に輝く白い髪をリアンと同じくらいの長さまで伸ばした少女の顔だった。控えめだが繊細な作りの髪飾りをつけた髪は色鮮やかさを増している。
瞳の色は青みがかった紫で、ルチルの瞳の色とは対照的な色である。その瞳に宿る光はあどけなくルチルは無垢だというその言葉を返したくなった。
白く透き通るような肌は精気があまりなくどこか青白い。
「あなたは、なんというのですか? まおうよ」
「……おまえは名で縛る力を持つか」
「? いいえ」
氷のように冷たい声が出た。意識に靄がかかりだれかの言葉をルチルの口から告げられたような気がした。はっと目を開いて、何度か瞬きをする。今のはなんだと茫然とした。
コーライトは不思議そうな顔をしながら首を横に振る。
「名はルチル。無の魔王」
「無の魔王の無というのは、無垢という意味? それともまだ力を持たないから?」
「どういう意味だ」
問い返しながら、ルチルは急速に鼓動が早まるのを感じる。彼らに言われたから自分は無の魔王と名乗っているのであって、なぜ「無の魔王」と名乗るその理由を自分自身で分かっていなかった。
冷や汗が流れるのを無視しながら、荒れ狂う思考を宥めるために深呼吸をする。
「ルチル。あなたはあのお方のことを知っているの?」
「あのお方?」
「そう。我らが女神様のことを」
嬉しそうにほほ笑むコーライト。だがルチルの視界には彼女を取り巻くいやなものが見えはじめた。先程までは身を潜めていた、悪夢の色が。
背筋から恐怖が這い上り始める、それを根性でねじ伏せると剣の柄に手を伸ばしそうになるのを何とかこらえる。
「女神?」
「この星に参られた、絶大なるちからをもつ癒しの女神様。私はその言葉を受け取れる巫女。私は、この星をミチビクノダ」
「巫女?」
うっとりとした恍惚的な表情が徐々に変わっていく。今まで浮かべていた無垢な少女のようなあどけない表情から、艶のある女のどこか卑しい笑みをその顔に浮かべる。
ゆらゆらと巫女から立ち上る魔力が、悪夢と同じ気配に変わっていくのを感じる。
「ソシテ、ワタシガコノホシヲ――…」
声が何重にも反響するようにしてルチルに向かってくる。無意識のうちにそれを弾き飛ばすように腕を一閃すれば、己の魔力が立ち上り壁となる。
パシンという音を立てて何かをはじくと、壁は音もなく消え去る。
「マオウ、マオウ、マオウ」
「なんだ、これ……」
「イマワシキマオウーーーー!!」
憎悪の色と共にグワリと巫女の体から魔力が立ち上り、剣の形をとるとルチルめがけて飛んでくる。反射的に一歩引けば何かに包まれた。
はっとして地面を見れば、無意識のうちに一歩踏み出していたようで白い境界に入るぎりぎりの所で止まっていた。
ここから先に入ってはいけないと本能が訴え、さらに二三歩後ろに後退する。
魔力で作られた剣は黒い、ルチルのいる空間に入る前に消滅する。それでも残る魔力の残滓に恐怖を覚える。あれはよくないものだと。
「ヒトリメノ加護ヲモチフタリメノ血ヲヒクカ」
「どういう意味だ」
血走った青味がかった紫の瞳を力を込めてにらみ返しながら問いかけせば、けらけらと笑う。
異端すぎるその言動と表情にルチルは困惑を隠せない。応戦しようにも、双炎の魔王にこちらからは手を出すなときつく言われているので、手を出すこともできない。
ゆっくりと体をふらふらさせながら、こちらへと一歩一歩近づいてくるのは恐怖を通り越しておぞましい。
反射的に首から下げている、オブのお守りを服の上から握りこめば清浄な光があふれだしルチルをなだめるかのように包み込む。
その様子を見て、うっそりと目を細める巫女コーライトではない何か。
「フタリメモ加護ヲアタエルカ、コノセカイニハ魔王ガ三人イルカ。イマイマシイ」
「三人?」
リアンたちの話では、彼を含むカーネ・ジェイド・ラピスそしてまだ封印を解いていないアンバー・トルマの計六人が魔王のはずだ。
どういう意味だと、思考によってルチルに隙ができた瞬間
「キエロ、マオウ!!」
「しまった!」
常備していると思われる懐刀を投げてきた。魔力の攻撃が通用しないのならば、物理攻撃をと考えたのだろう。
非力な少女の力によって投げられたそれは、ジェイドが風の魔力によって速度を上げた時と同じくらいの速度で、ルチルの眉間に迫る。
避けられない! そう思った瞬間
「ルチル!!」
キンという音共に、自分の名が呼ばれた。はっとすれば目の前には大剣をかざしたラピスがいて、その隣には懐刀を握り締めているジェイドがいる。
「ラピス。ジェイド……」
「わりぃ、来るのが遅くなった」
「今回の贄はその少女か」
くるりと振り向いたジェイドは振り返りざまに懐刀を投げ返し、ぽふぽふとルチルの頭をなでる。対するラピスは油断なく構えており、低い声で何かをつぶやいた。
「水ト、風カ」
けらけらと笑う少女は、先ほどよりも憎悪の色を濃くし二人をにらみつける。
対する二人も各々の武器を構え、戦闘態勢をとる。
「いったい何がどうなっているんだ」
ルチルの言葉は白と黒の、憎悪と殺気の渦巻く空気の中に吸い込まれた。




