第五話 もう一つの石の場所
「お呼びでしょうか?」
謁見の間に入り、すぐさま硬い声で静かに問う。顔は上げているが視線は追うよりも後ろの自国の国旗に注がれている。
それに気づいたリアンは静かにだが、楽しそうに笑う。
「あぁ、ルチル。この城が建設されていらいずっと宝物庫に安置されていたはずの宝石がないのだ」
「お前が……」
「お言葉ですが、私は宝物庫に入ったことさえありません。更に言うならば、私は宝物庫の場所さえ存知ありませんが?」
兄が何か口出ししてくる前に、すらすらと淀みのない口調で答える。それが何かといわんばかりの表情で立つルチルの後ろでリアンが肩を思いっきり震わせている。
後ろを見なくてもわかる、笑っているのだ。しかも思いっきり。しまいには、姿が見えず声が聞こえないことをいいことに、大笑いし始める。
「馬鹿だ、馬鹿がいる! 教えてもいないことを聞くなんて愚かだ!」
「リアン。馬鹿にしているところ悪いんだが、うるさい」
「すまん」
半眼になり、小声で注意を促す。自分にしか聞こえないからといってすぐ後ろで大笑いされれば、ダイレクトにその笑声が耳に届く。
軽く耳鳴りまでしたくらいだ。
「それで、なにがあったのですか?」
「宝物庫に安置されてあった宝石がないのだ。もう一つはあるのだが……」
「宝石……」
「私のことだ」
ひそひそと耳打ちしてきた言葉に、なるほどと納得する。家族たちが探している宝石は自分の上着のポケットの中にあるなんて夢にも思わないだろう。
「本当に愚かだな。普通は魔力で気づくのにな」
「ここでは魔力はすべて遮断されるらしい」
「ほう、だがそこまでの結界ではないがな」
「結界ね」
ちらりと横目で謁見の間の壁際を見てみる。そこにはフードをかぶった人影が三人いる、彼らが魔力を遮断する結界を張っているのだろう。
軽く鼻で笑い、狼狽しあせっているところでルチルは探りを入れてみた。
「ところで、王。もう一つとはどういうことですか?」
「あぁ、この城には安置されている宝石が二つあるのだ」
「二つのうちの一つがどこかに……、そのもう一つはどこに安置されているのでしょうか?」
「宝物庫と正反対の場所にある」
さらりと答えてくれる自分の兄。軽く首を傾けて彼の顔を見てみれば、侮蔑の表情が浮かんでいる。どうせ弟は宝物庫の場所を知らないのだからいってもかまわないだろうという考えだろう。
だが、その考えは甘かった。
一人だったらその場所はわからなかっただろう。今のルチルには、
「そうか。ならば宝物庫の場所を探してこよう。ルチル、何かあるといけないから部屋で待っていろ」
リアンが、炎の魔王がすぐそばにいるのだ。姿も見られない彼ならばすぐに見つけ出してくるだろう。
なんだか子ども扱いされていると思ったがそれはあとで問いただすとして、わざとらしく小さなため息を吐く。
「私には何の役にも立たないようなので、これで失礼させていただきます」
「すまなかったな」
「いえ」
短く答え、足早に謁見の間を去る。
ルチルの顔には、冷たい笑みが浮かんでいた。まるで、リアンのような見るものを凍てつかせるような笑みを。そしてその瞳にはほの暗い炎が燃え盛っていた。
「見つけたぞ」
その夜。自室で本を読んでいたルチルはそういいながら、扉をすり抜けて入ってきたリアンを見る。
その表情は輝いており、それを見たルチルも思わず微笑む。
「よかったな」
「あぁ、だが私一人ではいけない。明日の夜についてきてくれ」
「今日じゃなくて良いのか? それよりもどうやって?」
小首を傾げるルチルに、暖かい笑みを向けるリアン。
ベッドに座っている彼の隣に腰掛け足を組む。前へと落ちてきた髪を後ろへと払い話し始める。
「私が記憶を調べることができるのは知っているだろう? その力を使ってそこら辺のメイドや使用人の頭の中をのぞいてきた」
「そうか、便利だな。だが、なぜ王とかの記憶を見なかったんだ?」
「あんな馬鹿の記憶を見たら、馬鹿がうつる」
リアンの言い草に小さく噴出す。その笑みを見て彼も微笑み、頭をなでる。リアンの表情は年の離れた弟を見守る兄のようなだ。
だが、ルチルは知らない。記憶を調べた後、その使用人たちの魔力を吸い取り燃やしてきたことを。彼らもまたルチルのことを悪く言っていたのだ。
意外と短気なリアンは、そのことを知るやすぐに燃やし殺してしまったのだ。
そのため、時間がかかりこんな時間に戻ってきたのだ。
「それよりも早く寝ろ」
「わかった」
素直にベッドの中にもぐりこむルチル。毛布をかけなおしてやり、ふと気になったことを聞いてみる。
「どうして寝ていなかったんだ?」
「あぁ、眠かったんだが」
「だが?」
「リアンが戻ってくるのを待っていた」
瞼を閉じすぐに眠ってしまったルチルは見ることができなかった。
面食らった表情で顔を真っ赤にさせたリアンを。
「そうか」
寝付いたルチルに向けてポツリと一言返す。
その顔は笑み崩れており、本当に嬉しそうである。だが、その表情はすぐに引き締まる。
「ふぅん」
扉の外を見つめ、冷笑を浮かべる。ゆっくりと扉の外へとでる。少し時がたつと同時にかすかな断末魔が響いた。
戻ってきたリアンは、ルチルを一瞥すると少しだけははだけた毛布を戻し、深い眠りに落ちていることを確認すると小さなつぶやきを落とす。
「お前を守護するから、どうか無理だけはするな」
少しだけ悲しそうな微笑を浮かべながら眠るルチルの頭をなでると窓をすり抜け外へ出た。
その夜。一夜にして総勢十二人が城から姿を消した。
そのことを熟睡しているルチルはもちろん知るわけがなかった。