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三人の魔王  作者: 零夜
第三章 闘争する水
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第四十話 死の淵で

「俺は死んだのか?」


 体中が焼け付くような怒りに襲われ、逆に頭の芯は冷え切っていくような感覚で大技を振るい、隙をつかれ自分の心臓を貫かれた。そこから先の記憶はない。

 

 自分の胸に触れてみれば、出血はなく変わりに仄かな温もりが手のひらに感じた。


「ここはどこだ? 俺は本当に死んだのか」

「いや、まだだ」

「誰だ!」


 ルチルは自分が黒い空間にいることに気づいた。光が全く見えない闇の中で自分の体がぼんやりと輝いているのがわかる。

 周囲を見渡しながらつぶやくと、低い誰かの声が聞こえた。


 驚いて振り返るとそこには二つの人影があった。一つはオブシディアンだと思われる、なぜなら彼がまとっていたローブの裾にあった紋章があるから。

 そしてもう一つの影は彼よりもさらに頭一つ分高い。


「「まだ、死んではいない」」

「だけど早く戻らないとね」

「オブ?」

「そうだよ、ルチル。全く人の忠告を聞かないで……」


 やれやれと言わんばかりの声音で溜息を吐きだしてくれる。それに反論できないルチルは黙って視線を下に落とす。怒りが爆発し、オブシディアンの忠告の言葉を思い出したのに無視してしまった。


「「まだ、まだだ……。おまえは闇にとらわれてはならない。死の淵、ここより先にいってはいけない」」

「誰?」

「「今は、まだ答えられない」」


 もう一つの影が言葉を漏らす。ルチルが何者かと問いかけるが答えられないと返してくる。その声は二重(・・)に聞こえる、まるで二人同時に話しているかのように。

 二人が立っている後ろには、今いる場所よりも更に深い闇が渦巻いているのがかすかに見え、ゾクリと背筋が冷える。


「見てはいけないよ」


 オブシディアンがルチルの視線を遮るように、体を動かす。もう一人の男は静かにルチルの前へと立つ。慣れ親しんだ雰囲気を、炎のような熱い魔力をその男から感じ、不思議に思う。


「「戻れ」」

「どこへ?」

「「おまえのいるべき場所へ。やらなければいけない使命がある場所へ」」


 オブよりも背が高く同じように黒いローブをまとった男はついと手を伸ばしてきて、ルチルの額を軽くついた。それほど強い力で突かれたわけではないのにルチルの体は後ろへと倒れていく。

 彼が後ろを振り向けばそこには光の穴があり、体勢を直す間もなく光の中に飲み込まれていった。


「「いいのか?」」

「なにがだ?」

「「お前がいいならば、かまわないが。オブシディアン、いやサ……」」

「今はその名ではない」


 男が口にしようとした名を言葉で遮り、オブシディアンはフードの下から漆黒と蒼の瞳をのぞかせる。


「もう戻ったほうがいいだろう。一人目」

「「……そうだな」」


 男は全身を炎で包み込むと、炎が消えると同時に姿を消した。オブシディアンはその様子を眺めていたが、姿が消えると同時にルチルが吸い込まれていった光に近付きそこから何かをのぞくようにする。


 そこには倒れているルチルと刃を突き立てているセレスが見えた。じっと見つめているとルチルの指が動き、深紅の瞳が瞼の下から現れ、驚くセレスを殴り飛ばしその場から離れるのが見えた。


「ルチル……。二度目はないぞ」


 どこか悲しみに満ちた声で、そう告げルチルの動きをじっと見つめ続けた。



「っがは!」


『おーっと! 絶命したと思われたレイテッド選手が起き上ったぞ!』


 ルチルはせきこみながらアナウンスを聞いていると、服の胸元に空いた穴から何かがこぼれおちるのを見た。キンと澄んだ音を立ててリング上に転がったそれはオブシディアンにお守りだと言って渡された銀の十字架だった。


 それを拾い上げて、握りこむとズボンのポケットに滑り込ませると転がっている自分の愛刀を取りに向かい拾い上げる。

 仮面はすでにセレスの攻撃によって割れてしまい、髪を結んでいた紐も衝撃で切れた。だがルチルは何も言わずに切っ先をセレスに向ける。


「馬鹿な」

「お前は殺す」


 抑揚のない声音がルチルの唇からこぼれ、目にもとまらない速さでセレスに飛びかかると真っ二つにするような勢いで上段から刀を振り下ろす。

 だが、それはナイフによって防がれたがルチルは気にせずにそのナイフを叩き切ると、今度は突きを放つ。


「いったいどうやって命拾いをした」

「どっかの自称俺の味方がくれたお守りがお前の刃を防いだ」

「そうか、悪運だけは強いようだな」


 セレスが嘲笑を投げかけてくるが、ルチルは感情の凪いだ瞳でそれに応じるだけだった。


「やはり魔王にお守をされているだけである。悪運だけは強い。貴様自身は全く強くない、弱い」

「……」

「どうした、反論しないのか? なぁ、お坊ちゃん。もっと俺を熱くさせてくれ、俺に生の実感をさせろ」

「……だな」

「あぁ?」


 ルチルは刀を肩に担ぐようにすると、平然と言い放った。


「下種だな。いや屑か。お前のほうが実力は上だが、俺よりも弱いな」

「なんだと。貴様、どういう意味だ!」

「さてな」


 ルチルは痛みをこらえつつも、ふっと冷たくも美しい微笑を浮かべると、哀れむような眼をセレスに向ける。その眼差しにセレスはかっとなったのかルチルに向かって飛びかかってくる。


 繰り出される早い一撃を刀でいなし、隙を見つけるために視線を彼の全身に向ける。苛立っていたとしてもなかなか隙を見せないセレスに驚きつつも、自分の未熟さを感じ溜息を吐く。


 それを自分のことを哀れに思っていると勘違いしたのだろう、風の魔法と組み合わせた大技を繰り出そうとしてくる。セレスを中心に風が集まりだし、それがナイフにまとわりつき始める。

 すさまじい暴風となり、ルチルの全身を容赦なく叩き髪を煽る。


「見つけた」


 そんな中で微動だにしなかったルチルは隙を見つける。彼自身も風の魔法を使い、自分に纏わせスピードを上げると懐に飛び込む。

 刀を下段から上段に向けて振りぬきセレスの命を絶ち切ろうとする。


 だが、間一髪セレスは上体をそらし命を守ることはできたが、刃は彼の片腕に吸い込まれるように入り体から切断した。


「ギィャアアアア!?」

「っち!」


 血がかからないようにその場から飛び退り、転がったセレスの右腕に黒炎を放つ。一瞬にして燃え上がり灰になる右腕。


「腕が、俺の腕が」


 血の吹き出る腕を抱え込みながらうずくまるセレスに近付き、殺意、怒り、そして憎悪を込めて無言で刀を振り下ろすルチル。だが、その時とても懐かしい気配が自分を包んだ気がした。


『駄目だ。お前はそんなことをしてはいけない。憎悪にとらわれてはいけない、闇には囚われてはいけないよ』


 ルチルの刃はセレスの背を貫くことはなくリングに突き刺さる。本当に懐かしい慈愛に満ちた優しい祖父の声が聞こえた気がして、視線を滑らせる。


 だがそれは一瞬のことで、リングに倒れ伏しているはずのセレスに視線を向ければそこにはいなかった。どこにと探すように顔を動かせば、耳に


『ルチル! 上だ!』


 とジェイドの声が風に乗って聞こえハッと頭上を仰げば、そこには白いローブを羽織った人物がセレスを抱えていた。


「何者だ?」

「この勝負、こいつの負けでいい。この男に死なれると困る」

「だから貴様は何者だ」

「また会おう。魔王を従えし者よ」


 会話がかみ合わずいまだに怒りのくすぶっているルチルは、黒炎を放つがその前に白いローブの男とセレスの姿が光に溶けるように消えた。


「何なんだ?」


 ルチルが疑問の言葉をつぶやくもそれに答えてくれるのは割れんばかりの歓声と、うるさいアナウンスだけだった。

 彼はズボンにしまいこんだお守りを取り出し、日の光にかざす。黒曜石は割れ銀の十字架はくすんでしまっている。ルチルは手のひらに十字架を握りこみ一筋の涙を無意識のうちに流し


「爺様、俺は……」


 と、小さく小さくつぶやいた。


「あれは」

「ついに動いたか」

「これで確信を得たな」


 白いローブの男は消える寸前にこちらを見たのに気づいたラピスとジェイドは、険しい顔で言葉を交わす。


「ルチルに、重い使命を背負わせなければならないな」


 視界の端でリアンが動いたのを見れば、彼は瞼を開き体をほぐすように体を動かす。


 クシャリと前髪をかきあげ、どこか疲れたような表情をするリアンにジェイドとラピスは感情の読めない視線を向ける。カーネはまだ目をつぶって微動だせず、ジェイドが風で支えている。


「リアン?」

「すぐに会うことになりそうだ。やつらに」

「そうか……」

「迎えにいってやらないと」


 リアンが案じるように、のろのろと動き出したルチルを見つめる。うつむいており、長い漆黒の髪によって顔は隠され、どんな表情をしているかはわからない。


 先に行くといい、リアンはその場から姿を消す。それについていくようにジェイドも後を追う、二人の背を眺めつつラピスは口を開く。そこでようやくカーネが瞼を開き、眉間にしわを寄せる。


「接触したようだな、淵で」

「あぁ」

「カーネ?」

「ラピス。明日は好きにしろ、実力を見たければするがいい。ただ、お前が思うようにあの子は実力を発揮しないかもしれない、いやできないだろう」

「かまわない。今回の対戦で実力の一端を垣間見ることが出来た」


 だから満足だと、薄く笑みを浮かべる。カーネはいつもの明るく快活な様子ではなく、リアンとそっくりな雰囲気をまといながらラピスに視線を向け小さく息を吐いただけだった。



「レイテッド!」

「あぁ、リアン」


 まだ闘技場の中なので偽名を呼べば、うつむいていたルチルがのろのろと顔をあげてどこか気の抜けた笑みを浮かべてリアンのの名を呼ぶ。

 今にも崩れ落ちそうな彼にあわてて走りより、その軽い体を支える。


「リアン」

「なんだ?」

「爺様の気配がしたんだ。本当に懐かしい声が聞こえたんだ」


 何でだろうと、まるで幼子が疑問を投げかけてくるようにあどけない口調で問うてくる。リアンはそれには答えずに、ルチルを抱え上げるとジェイドに視線を向ける。

 その意図を理解したジェイドは指を鳴らし、暴風をその場で発生させる。それにまぎれるように三人の姿は消えた。



 彼らの泊まっている宿の部屋の窓ががたがたとゆれ、突如何もない空間から三人が現れる。リアンはベッドにルチルを座らせ、魔力で作り出している異空間からしまいこんである服を取り出し、すぐさま汚れたシャツを着替えさせ始める。

 

 ルチルは半分眠っているらしく、されるがままの状態である。ジェイドも異空間から取り出した救急箱で治療を始める。


「ジェイド、これ直せるか?」

「無理だな、燃やして処分してしまえ」

「わかった」


 ぼろぼろになったシャツを手に持つと、残りはジェイドに任せ慎重に燃やしていくリアン。うかつに燃やせば火の粉が飛びかねないのだ。


 ジェイドは打撲の後のようになっている胸元の傷に薬を塗り、念のために包帯を巻いておく。ところどころに傷がある白い肌にざっと目を走らせ、いぶかしげに眉根を寄せた。


「どうした?」

「いや、こういう傷はどうしてついたのかと思って……リアン?」

「お前は知らなかったな」


 そういえばと続け、機嫌が急降下していくのを肌でひしひしと感じながら低く激情を押し殺した声が紡ぐ、傷の理由を聞いた。

 聞き終わった後、デフォルトの不機嫌な表情を消し無表情になっているジェイド。


「ふぅん」

「言いたいことは?」

「とりあえず、そこがあった場所に竜巻でも発生させるか?」

「いい考えだな、協力し」

「やめておけ」


 リアンの言葉をさえぎるようにして現れたカーネは、リアンそっくりな表情を浮かべていた。激情を押し殺した顔をしている。


「下手に災いをあそこに起こしてみろ、ルチルが災いの人柱だったかのように扱われる」

「……?」

「薄々ルチルのことを知っているやつらはいるだろう。ルチルがいなくなった今、ルチルがいたからこそ災いは避けられていた、なのにルチルがいなくなったから災いが訪れる。彼は役目を放棄しどこかへ消えたと、人間は考えルチルを憎悪し旅がしづらくなるだろうな」


 極端論だがとつぶやき、ルチルの背中を支えながらベッドに寝かせ毛布を肩までかけてやる。疲れきって熟睡しているルチルの顔を眺めながら明日の予定を話す。


「明日の正午前にチャンピオン戦らしいぞ」

「それじゃあ、ルチルは勝てないぞ」

「勝ってもらっても困る。チャンピオンに祭り上げられると旅が出来なくなると、ラピスと話した結果引き分けにすることにした」

「それが妥当だな」


 頭に巻いている布を取り、ふわふわした髪を手櫛ですくジェイド。椅子に座り込み複雑な感情を瞳に宿す。リアンはベッドの端に座り込みルチルの黒髪を梳いてやる。


「どこまで疲労が抜けるかだな」

「死の淵にまでいってしまったからな、その疲労は並大抵のものではない」

「今は静かに眠らせてやるだけだ」


 髪を梳くのをやめ、煙草を取り出すと咥え火をつける。窓辺に座り細く窓を開けると、静かに煙を吐き出す。


「おやすみ、ルチル」


 良い夢を……、願わくばその夢が幸せなものであるように。



 魔王三人は同時にその言葉を紡ぎだし、そっと瞼を閉じた。

お気に入り登録220件、232,086PVありがとうございます。


前話の前書きに書きました通り、約五ヵ月間放置していてすいませんでした。

今後はこのようなことはないとは、断言できませんができるだけ更新をするように心がけていきたいと思います。


次話ではついにチャンピオン戦となり、ようやくこの章を終わらすことができます。


ここまで読んでくださってありがとうございました。感想・評価お待ちしております。

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