第四話 魔王の力の片鱗
「さてと、どうするかな」
リアンを見つけた場所から、足早に戻ったルチルは運ばれてきた朝食を食べ終え、ナプキンで口を拭きながら自分のベッドに寝転がっている魔王を見る。
見られている本人はやる気のなさそうな表情で彼を見返してきた。
「何で、そんなにやる気のなさそうな顔をしているだ?」
「ろくな奴がいないからな。いたら、ちょっかいでも出してこようかなと」
「ろくな奴?」
「そう、魔力の質が高いものがいない」
よっこいせと体を起こすと、ルチルを手招きする。
何か嫌な予感を覚えながらも、近づくと彼はルチルの片手をとると自分の胸元に押し付ける。
「なにしてんだ?」
「魔力を吸収している」
「なんともないぞ」
「黒の魔力を持ちしものは魔力の内包量もけた違いだからな。私がこうやって具現化していられるだけの魔力を吸収したところでなんともないだろう」
自分の体から何かがリアンのほうへ流れ込んでいく感じはするが、疲れたりはしない。
しばらくそのままの姿勢でいたが、ふと気になったことを聞いてみた。
「ちょっかいを出しにいくってどういうこと?」
「こうやって魔力を吸収すること」
「で、ろくな奴がいないというのは」
ルチルの手を離したりアンは大きく伸びをする。
そして腕を回したりと調子を確かめながら答える。
「お前の父親、現国王でさえ青だった。あんなんじゃ、少し吸収しただけで倒れる。赤か黒じゃないとまともに立っている奴がいないということだ」
「つまり」
「弱兵ばかりだということだよ、この国にいるのは」
他の国だったらわからないがなとつぶやき、ポンポンとルチルの頭をなでる。
ことあるごとにリアンはこうしてルチルの頭をなでる。子ども扱いされているような感じがするのだが、不快ではないので好きにさせている。
「だからお前に会えたのは幸運だということだ」
「幸運ね。不幸の間違いじゃないのか?」
「お前はことあるごとに自分を卑下するな。一つ言っていなかったが、魔力の質は容姿にも影響するぞ」
ルチルの言葉に、リアンは眦を吊り上げると額を指弾する。そして彼の両肩に手を置き、さらりと重大なことを告げてくれた。
「えっ?」
「つまり、お前のこの黒髪も白い肌も魔力の質、黒の魔力が影響してそうなったといっているんだ」
「そうなのか」
「そうだ。だから気に病むことはない、むしろ羨ましい」
「羨ましい?」
意味がよくわからずにこてんと首を傾げれば、リアンは自分の指に髪を絡める。
まっすぐな深紅の髪のどこが嫌なのだろうと、見つめれば彼は嫌そうな表情でつぶやく。
「この深紅の髪は目立つんだ」
「綺麗なのにか?」
「お前の漆黒の髪のほうが綺麗だ。何者にも染まらない美しい色だしな」
自分の髪の色を綺麗といわれ気恥ずかしくなったルチルはそっぽを向く。漆黒の髪をほめられたことがなかったのでむずがゆく感じる。
と、そのとき自室の扉がノックされた。ルチルは表情を引き締めると硬い声で応答した。
「何用だ」
「王が、謁見の間に来るようにと」
「すぐにいく」
メイドが告げた内容に一言で返す。メイドでさえ入ってこないルチルの待遇にリアンは不満を持ち、滑るように部屋を横切ると扉をすり抜け、足早に去っていくメイドに近づく。
「何で私が、あの人のところに行かなければ」
「呼びに来ただけなのだろう」
「っ!? なに? 誰!?」
メイドの前方に回りこみきょろきょろとあたりを見回している目の前で姿を現してみせる。いきなり仮面のような冷たい無表情をした男が現れれば誰でも驚くだろう。
「ひっ!」
「あの子のことをそんな風に言うなんてな」
「聞かれてなければいいのよ!」
「ほう……」
メイドの言葉に目を細めるとゆっくりと近づく。彼女は逃げようにも足がすくんで動けず、ただ炎の魔王が近づいてくるのを見つめるだけ。
「そんな風にいう奴は、この世から消したほうがよさそうだな」
「へっ?」
にいっと唇の端を吊り上げて冷たい笑みを浮かべると、メイドの頭をわしづかみにする。
そのまま手に力を込めると彼女の体に異変が起きる、徐々に彼女の生気が失われていくのだ。年齢的には少女の、メイドの顔は見る見るうちに老婆のように皺だらけになっていく。
「ふん、魔力の足しにもならないな」
片手で吊り上げていたメイドに悪態をつく。全身の水分を搾り取られたように干からびているメイドをどうするかと見ていたが、このまま放置していてもしょうがないので
「燃やすか」
少し考えただけで、その考えに行き着く。表情は当たり前のことを考えたといわんばかりの表情である。
「ルチルには気づかれないようにしなくてはな」
吊り上げている手に力を込めると炎がメイドだったものを包み込む。手を放して床に転がすが絨毯には燃え移らない。
その炎は瞬く間に全身を包み、灰すら残さずに燃やし尽くす。
「リアン?」
「あぁ、ルチル。もういくのか」
「なにしてたんだ?」
「ごみを燃やしていただけだ」
ごみなんか落ちているはずなんかないのになと思いながら、謁見の間に向かう。
その後ろを歩きながら冷たく、残忍な笑みを浮かべるリアン。
「私が気に入ったものを、侮辱するものはすべて灰にしてしまおう」
「なんかいったか?」
「いや、先に行っていろすぐに向かうから」
ルチルが振り向けばきれいに微笑むリアン。そうかと納得しまた前を向く、ルチルがこちらを向いていないので無表情になる。
だが、その黄金の瞳には冷たい殺気が宿っていた。
先に行くルチルの背をその場で見送りながらリアンは静かに独り言を漏らす。
「あの子は昔の私と同じだな。生まれながら重責を背負っている、まだ何も知らないかわいそうな子だ」
自分の昔を思い出し、瞳に寂しげな色を宿す。今はそれを分かち合う対もいない。
「ならば私が守ろう。その背負いし重責を少しでも取り除けるのならば私は……」
後に続く言葉を心の中でそっとつぶやくと、ルチルの後を追って歩き出す。
一つの決意を胸に灯して。