第三十三話 憶測
「ルチル」
「ん?」
「傷は痛むのか?」
そっと触れてくるのは先ほどセレスの短剣を避けられずに負ってしまった切り傷。
リアンが治癒魔法を使ってくれたのでたいした痛みはもうない。
「平気」
「そうか。それよりもあの男、気味の悪いやつだった」
「あの男がセレスだ」
「なに……」
黄金の瞳が驚愕の色を宿し見下ろしてくる、その瞳が本当かというのを雄弁に語ってくるのであえて話題をそらした。
「で、みんなはどこにいってたんだ?」
「ラピスにジェイドが呼び出され、それについていった」
「用件は?」
「さっきの男についてだ」
「どうゆうこと?」
ルチルの疑問は当然のことだ。だがリアンは渋い顔をして彼の目の前を腕組しながら右往左往する。ここにジェイドかカーネがいれば確実に八つ当たりの対象になっていただろう。
「一から話す」
悩みに悩んだ末、彼らがラピスと合流してからのことを話し始めた。
―――――
「早いな、やはり」
「なんのようだ?」
不機嫌丸出しの声でジェイドは問う。その後ろにはリアンとカーネがいぶかしげな表情で彼を見つめていた。
「ひとつ忠告をしておかないと思って」
「忠告?」
「ルチルに伝えておいてくれ。『セレスには気をつけろ』と」
「セレス?」
誰かの名前だということはわかったが、ここまでラピスが警戒するほどの人物なのだろうかという疑問が三人の心中には浮かぶ。
「我々の実力で言ったら敵ではない。だが……ルチルの場合は少々てこずるかもしれない」
「あの子が?」
旅の間はあんまり実力を披露することはないが、修行と称して何度か手合わせをしたことのあるリアンは訝しげな声を上げる。
ルチルはまだまだ荒削りな部分はあるが、かなり鍛えてきたのがわかるほどの実力を持っているのだ。
「ルチルの実力を私は知らない。だが対峙したときにかなりの修羅場をくぐってきたことはわかった。だがやつはまた違う、別格なんだ」
「いいからわかるように説明しろ」
「あいつは私と三度戦って、三度敗北し、三度生き延びている」
「つまり?」
ラピスは苦々しい顔をすると、三人の顔をそれぞれ一人ずつ見ていくとボソリと言葉を吐き出す。
「私は、私と対戦するものを必ず殺してきた。だがあいつだけは殺せない。あいつはいろいろな意味で狂気と執念のみで生きている」
「お前でも殺せない?」
魔王の中でも二番手に来る実力者のラピスでも殺せないという言葉に、三人は表情を険しくする。
ラピスの苛立ちを現すように、周囲の水分が凝縮され始めさらに温度が下がり始める。
「のらりくらりと避ける。あいつは蛇のようだ。じわじわと相手を苦しめるようにして倒す、まるで獲物を品定めしているように」
「そりゃ、めんどくさい相手だな」
「だからジェイド。お前を呼び出したわけだ」
「あ?」
意味がわからずにかなり不機嫌な声を上げる。おそらく不機嫌なのは眠いからでもあるのだろう。先ほどから欠伸をかみ殺している。
「対投げナイフの相手の訓練をしておけと言っている」
「そういうことか」
今度はこらえ切れなかったらしく大きな欠伸をする。目じりにたまった涙をぬぐうと当たり前だとつぶやくように返す。
その答えに満足したようにラピスは薄く笑う。
「それを伝えるためだけに俺を呼び出したのか?」
「それもある」
「も?」
「あぁ、実は……」
二人の話を聞き流していると不意に悪寒を感じたリアン。
「どうした?」
「ジェイド、ルチルはどこにいる?」
「ん? あ~少し離れたところの丘にいるな」
「ちょっと行ってくる!」
「おい! リアン!?」
―――――
「そしてあの場に着いたらお前があんな状態だった」
とリアンは締めくくった。
彼の話を聞いたルチルもなにやら考え込んだ顔をする。
「確かにどこか空虚な眼差しだったけど、狂気がかすかに感じられた」
「戦いたくなさそうだな」
「そりゃ狂気に満ちたやつの相手なんかしたくないだろう、だれだって」
苦虫を噛み潰したような顔でいえば、確かになとどこか疲れた顔で言葉を返してくる。
「それよりもお前は狂気に駆られた相手と戦ったことあるのか?」
「あるよ。昔この首に城内だけだが莫大な懸賞金がかけられていたことがあってね、そりゃあ毎日のように金目的のやつらが来るわ来るわ、全部返り討ちにしたら徐々に減ったがなって……リアン?」
ルチルが途中で言葉を止めたのは、リアンが真っ黒いオーラを背負いながら口許だけで微笑し始めたからだ。
怖いと心の中で絶叫しながらも、表情には出さないでおく。
「そうか。つらかったな」
「いや、えぇ、そうですね」
視線をそらしながら肯定する、そんな彼の顔をリアンは怒りに燃えた瞳で見つめていた。その怒りを抑え込みルチルの額をついてベッドに横たえる。
「さっさと寝ろ。明日は一回戦だろ」
「そうだな、なんか気が抜けたし寝るか」
ごそごそと動きながら持っていた刀を床に放り出し、上着を脱ぐとそれも放りだしもそもそと丸くなると眠りについた。
その様子をあきれた様子で眺めていたリアンは刀を手にするとそばに置いてやり、上着はハンガーに掛けておく。まるでお母さんのような動きだ。
一連の動作を終えるとルチルの眠るベッドの端に腰かけ、今まで抑え込んでいた怒りと殺気を放出し始める。
「ただいま~、ってうお!?」
「……」
不機嫌と殺気を瞳にともし、リアンはのんきな声を上げて帰ってきたカーネを刺すように睨む。
「なにかあったな?」
リアンは沈黙し否定も肯定もしない。やれやれとため息を吐きながらルチルの顔を覗き込む。すうすうと穏やかな顔をして眠る顔は成人しているとはとても思えない。
「ジェイドは?」
「ラピスと一戦してから帰ってくると」
つんつんと白く柔らかい頬を突っつけば軽く眉間にしわがよる。面白いからもう一回という顔をすれば更に濃密な殺気が漂ってくる。
なるべくリアンのほうを見ないようにしながら窓を開けるとポケットから煙草入れを取り出しタバコを一本取り出すと咥えて火をつける。
部屋の中にこもらないように煙を窓の外へ吐き出す。
「なぁ、―――」
「……なんだ」
「その間が非常に気になるが、ラピスがお前に対して伝え損ねたことを伝えておく。あいつは『世界』かもしれない」
「なっ!?」
カーネはとある名でリアンを呼び、ラピスが伝える前にいなくなってしまったリアンに衝撃の言葉を伝える。
驚愕の顔でこちらを見てくる弟に対し、ガラス玉のような瞳で見返し事実だとつぶやく。
「記憶が見れないんだと」
「こんなに早くこの子とやつらが」
「仕方ないぜ、あちらも焦ってんのかも知れないぞ。なんせ『黒幕』だからな。あのねじ曲がり始めた歴史を作り始めた」
「確かに、そしてその事実を知っている我ら魔王を封じた」
リアンは溜息を吐き眠りについているルチルの顔を悲しみに満ちた表情で見つめる。
「なぁ、二番目はどう思っていると思う?」
「さてな。ルチルは三番目で、二番目の……」
「そうだな、そして一番目は……」
二人の視線がぶつかりあうそしてお互いのことを指差しあう。だよなと同時につぶやき腕を下ろす。
「どうせ夢で逢うんじゃないか? やつの能力の一つだし」
「だな。我らが考えても仕方のないことか」
煙草をくれというように手を伸ばせば、一本取り出しその掌に載せられた。カーネの隣に行くと煙草の先をくっつけ火をともす。
それをくわえると煙を吸い込み吐き出す。
「無の魔王はどう動くかね……」
カーネの言葉には答えずに揺らめく煙を目で追うだけのリアン。
夜はゆっくりと更けていった。様々な憶測を抱えたまま。
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前話の前書きでも書きましたが約一カ月更新せずにすいませんでした。
次話からトーナメントの話に入って行こうと思います。
戦闘シーンを考えるのは苦手なんですが、頑張っていこうと思います。
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