第三十二話 夜の遭遇
どうもこんにちは。
約一か月ぶりの更新でございます。
いろいろと私生活で忙しく、あと話がなかなか練れなかったのでこのように遅くなってしまいました。
今回は二話あげますがどちらもトーナメントの話にはなりません。
宿の一室に戻ったルチルは、厳しい表情をしながらベッドに腰掛けた。
その様子を三人は顔を見合わせた後ジーっと見つめてきた。
「ほかの予選はどうだったんだ?」
「ほかのか? あまり見ごたえはなかったぞ」
「違う俺と同じ事をした人のこと」
「あぁ、それか」
三人はなんともいえない顔をする。ルチルは予選を見ることがなかったので、聞くことでしかどんな内容だったのかを把握するしかないのだが。
彼らの表情を見ると、聴かないほうが良いのかというような考えが浮かぶ。
「一番最初だったんだがな」
しばらくしてリアンがぽつぽつと話し始める。
ルチルはそれを黙って聞く。
「その男はお前と同じように全身を外套で包んでいた。唯一わかったのは空色の瞳と『セレス』と言う名前のみ。その男は魔術を一切使うことなく投げナイフのみで相手をしとめた」
「投げナイフだけ?」
「俺よりは劣るが、かなりの使い手だな。それにまだ奥の手を隠していそうだった」
そこでジェイドが口を挟んでくる。ジェイドの投げナイフの命中率などはよーく知っているので若干青ざめる。
「客観的に見て俺は勝てるか?」
「わからない。お前があの殺気にのまれなければ勝てる……とおもう」
「殺気?」
「相手をするものを底冷えにするような冷たい氷のような殺気だ」
それなら平気かもしれないと思い、沈黙する。三人はそれを動揺だともって心配そうに見てくるがルチルは別のことを考えていた。
魔王の殺気よりも冷たいのかなということを。
何度かキレた魔王たちのそばにいるので魔王たちの殺気にはだいぶ慣れてきているのだが、唐突に放出されると体が強張る。
予選前に漂ってきた殺気のせいで半泣きになってしまったのは心の中にしまっておく。
「ん? 一番最初って言ったか?」
「言ったぞ」
「まさか記憶見たのか?」
「正解」
何回戦目にあたるのだろうと考えていたら、リアンの言葉が引っかかり恐る恐る問えば何を当たり前のことをといわんばかりの顔で、見返された。
「やっぱり常識は通用しないんだな」
思わず乾いた笑みを浮かべれば、ジェイドがなにやら不機嫌そうな顔になる。何かしたかといわんばかりに首を傾げれば、お前のことじゃないと吐き捨てるようにいいカーネに何かを耳打ちする。
「そうか」
対するカーネも眉間にしわを寄せ、リアンに何かを小声で告げる。それを聞いた彼は小さくうなずき言葉を漏らす。
「ルチル」
「うん?」
「少し用ができたから出かけてくる。先に寝てろ」
「わかった」
「寝れなかったら散歩でもして来い」
いってらっしゃーいと手を振れば、三人はそれぞれ軽く手を振り返しぱたんとと音を立てて扉を閉めて出て行った。
とりあえず、寝るかと上着を脱ぐとハンガーにかけ、刀を鞘ごとはずしすぐに手が伸ばせるような場所においておく。
そしてベッドにもぐりこむと眠るために目を閉じた。
「眠れない……」
ぱちりと目を覚ましごろごろとベッドの上で寝返りをうつルチル。寝ようと思ってまぶたを閉じ、羊の数を数えてみるが一向に睡魔はやってくる気配はない。
「少し散歩するか」
ベッドから起き上がるとハンガーにかけてあるコートをとり、肩にかけるようにして羽織ると、愛刀を持つと窓を開けて風を操り外に向かって飛び出した。
「さすがにこの時間だとあまり人はいないな」
ひゅうひゅうと耳元で風が鳴る。少し離れたところに誰もいない丘があったのでそこにふわりと降りる。さすがに寒くなったので上着に袖を通し、腕をこする。
「星か……」
視線を上に向ければ、薄い雲に隠れかけている星。城の窓からはこんなには見れなかったなとぼんやりと思う。
「城といえば、あの後どうなったんだろうな」
かなり燃やしてたからな、特にリアンが。元家族がどうなったかは知ったことではないが、あの国の民たちはどうなったのだろうと少しだけ思う。
「ま、どうでもいいか」
ぽそりとつぶやいた瞬間、さくりと草を踏む音を聞いた。そちらの方向を向けば、空色の瞳が驚きに見開かれていた。
「先客がいるとはな」
「それは、どうも」
フードの下から覗く空色の瞳がいぶかしげに細められる。風に髪を遊ばせながらこちらも相手をにらむように見つめる。
「今日の予選の最終通過者か。確か名前は……」
「レイテッド。そういうあなたは?」
「セレス」
「……予選最初の通過者か」
セレスはフードを脱ぐ、途端にこぼれだす空色の髪。左に三房ほど三つ編みにされた髪が垂れ、残りは襟足くらいの長さにされている。
こちらを見てくる空色の瞳は油断なくルチルの動きを見てきていて外套の下に隠された手は、何をするかまでは見えない。
「君は強いのか?」
「さぁ?」
「そう。自分の実力を知らずに過信するよりはよっぽどいいな」
とりあえず好戦する意識はない様なので、少しだけ警戒を緩める。セレスもそれを見て警戒を解いたようだ。
二人の間には微妙な距離が出来ている。ルチルはそこから一歩下がった。
「あなたは強いのか?」
「試してみるか?」
「遠慮しとく。俺と同じように対戦相手を皆殺しするような人は相当の手練とお見受けするからな」
一瞬殺気を向けられ体がこわばるのを感じたが、こんなさっきよりも強い殺気を知っているのですぐさま抜刀体勢を取れた。
「そう。ならやめとくか」
「そうしてくれ」
「ここに何をしに?」
「眠れなかったから散歩をしにきただけだ」
簡潔に答えて、相手の出方を待つ。セレスはただ目を細めただけで何も言ってこなかった。
そのまま沈黙が流れる。ただ黙って星を見ていれば疲れが出てきたのか徐々に睡魔がやってくる。
セレスを見れば微動だにしないので黙って背を向けると丘を下り始めた。
「なぁ」
「ん?」
振り返ると目の前にナイフの切っ先が飛んできていた。慌てて上体を反らしそれを回避するが額が浅く切れた。
「敵に背中を見せたらだめだろ」
「戦わないんじゃなかったのか?」
「それが油断させるためにだとしたら?」
バランスの崩れているところに第二陣が飛んでくる。避けられないと覚悟したとき目の前に深紅が広がった。
「えっ?」
キィンという音がしてすべての投げナイフがはじかれる音がした。そしてたくましい腕に抱きとめられる感覚が。
恐る恐る視線を上げれば黄金の輝きが見えた。
「リアン」
「無事か?」
「とりあえず」
リアンの腕につかまって体勢を整えるとそのまま彼の背に回される。
雰囲気的にリアンが怒っているのがわかった。
「リアン……?」
「いやな予感がしてお前の気配を探ったら、こんな状況だったとはな」
「この状況は不可抗力」
「見ればわかる」
見ればというのは記憶を見たということだなと、眠い頭で考える。ぽすりとリアンの背に額をつけてしまったのは眠いからではなく、バランスをとるためである。
「お前、セレスという男だな」
「正解。君その子の連れのようだな。強いのか?」
「さぁな。この子と戦いたければ決勝で戦えばいいだろう」
「いやだ。その子が負けるかもしれないじゃないか」
その言葉にリアンはカチンと来た。人間風情がつぶやきながら魔力を開放させかける。それをルチルは髪を引っ張ることによって止めた。
「……レイテッド」
「俺は負けないさ、チャンピオンと戦いたいからな」
帰ろうリアンといいながら髪を離せば、こちらを睨みながらも業火を発生させ目くらましをするリアン。
セレスがひるんだ隙に二人は飛んで宿に戻った。
「いない、逃げたか……」
地面に転がっている自分の短剣を拾い集め、セレスは楽しそうに笑う。
「あのレイテッドという男、面白い」
リアンという男が現れた瞬間、ほっとしたような顔を見せた。だが俺があの男に殺気を向けた瞬間
「この俺が鳥肌を立てるとはな」
外套の下から腕を出せば鳥肌が立っている。さらに額を触ればじっとりと冷や汗をかいているのがわかった。
「あぁ、戦うのが楽しみだ」
セレスのどこか狂気をはらんだ声がその場に響き渡った。




