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三人の魔王  作者: 零夜
第三章 闘争する水
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第二十九話 エントリー

 雨を降らせていたラピスは大剣をリングに突き刺し、両手を柄の上に乗せて目を閉じていた。


 そこに風を纏った気配を感じるとゆっくりと瞼を上げ、薄い金色の瞳に自分に会いたいといった主となるべき人間の姿を映す。


「来たか」


 ゆっくりとうつむかせていた顔を上げたルチルを見て硬直する。深紅の瞳が顔にかかる影の中で輝いているような気がしたからだ。


「水の魔王ラピス」

「私に聞きたいことがあるそうだな」

「あぁ、ジェイドに聞いたらお前に聞けと言われた」

「なにを」


 沈黙が流れる。雨が降っているのでまったくの無音というわけではないが。


「お前たちが全員揃ったら世界を滅ぼすのか?」

「んなめんどくさいことはしない」

「では何に復讐をする?」

「世界と言えるべき力を持つやつらがいる。そいつらを殺すことが我らの復讐」

「誰だ?」


 知らないのかと言うようにきょとんとした顔をするが、すぐにカーネに見せられた記憶を思い出し悲しげな顔をする。


「知らなくてもよいことなのか、否かは我にはわからない。だが、伝承に伝わる我らを封じたものの末裔を殺すことだ」

「そういうことか」

「お前の力は強い。そしてお前も世界を憎んでいる。だから我らの利害は一致している」

「そうだな」


 ルチルの暗い輝きを宿す深紅の瞳を見ながら淡々と言葉をつむぐ。ラピスは思ったいつの世も人間とは醜いものだなと。

 力あるものを崇め、畏怖し、そして憎み、排除しようとする。


 ラピスは一度瞬きをし、ゆっくりと目を細める。ルチルの後ろに子供のようなものが見えたのだ。その子供は血まみれになり泣くことを忘れたような虚ろな眼差しをしている。


 思わず彼はルチルを見た。雨に打たれて漆黒の髪から雫が伝い落ちる。身に纏う服からも同様に。そして顔から伝い落ちる雫がまるで乾いてしまった涙のように見えた。


「悲しいな」


 ぽつりとラピスはつぶやく。そのつぶやきは何かを考え込んでいるルチルの耳には届かない。大剣をリングに突き刺したままゆっくりと近づく。


 わずかに深紅の瞳が動き、少しだけ首が傾けられる。水を吸った漆黒の髪が肩から滑り落ちる。そんなルチルの頬に手を添えた。

 雨に打たれている性で冷えた体温が彼の手のひらに伝わってくる。だが、それだけではないような気がした、この冷たさは。


「ついていこうお前に」

「そうか」

「あぁ」


 小さな小さな声でよかったと、どこか安堵した響きが宿る声が発せられた。それに対して薄い金の瞳をわずかに揺らす。ルチルよりも拳一つ分だけラピスは高かった。だが、ルチルのほうが細かった。


 頬に添えていた手を放すと穏やかな声で条件を告げる。


「一つ条件がある。私と戦ってくれ。あなたの力量を見せてくれ」

「わかった。今か?」

「否、明日エントリーしてチャンピオンである私の元にまで勝ちあがってきてほしい」

「……わかった。お前に勝ったとしても負けたとしてもついて来てくれるか?」

「是」


 そうかとうなずくとルチルは風を纏いラピスの元を去った。


「迷いのある目だな」


 そうつぶやくと、リングにさしっぱなしの大剣をつかみ鞘に戻すことはなく雨にまぎれるようにして消えた。



 風を纏いながらルチルが戻ると、宿の前でジェイドが立っていた。何をするでもなくぼんやりとどこか眠そうな顔で空を見つめている。

 ルチルのことを見つけると単に不機嫌そうな顔をになったが。


「びしょ濡れだな」


 あきれたような声音で言われ、目の前に下りたルチルは気まずそうに視線をそらす。バチンと額をはじかれると同時に体が、強い下から上に巻き上がる風に包まれる。


 ばさばさと自分の黒髪が風にもてあそばれる。風が収まるとルチルの全身は乾いていた。乾かしてくれたということに気づき、小さい声で感謝の言葉を口にする。


「どうした?」

「なんとなく疲れた。考えすぎて頭が痛い」


 自分の瞳を覗き込んでくる翡翠色の瞳を見返しながら、小さい声で返す。ジェイドの大きな手のひらが自分の額に触れるのがわかった。


「熱はないようだな。気疲れだろう」

「明日エントリーしに行く」

「ラピスと戦うためか」

「盗み聞きか?」

「情報収集が好きだといっておくか」


 気まずさから視線をそらすジェイド。その様子にくすくすと笑う。


「ところで、二人は」

「喧嘩中」

「寝たい」

「殴れ。それで睨みつけろ」

「了解」


 欠伸をするとジェイドを連れて自分たちが泊まる部屋に赴く。部屋の扉を開けると、部屋の空気はとても冷たかった。ここだけ吹雪でも吹いたんじゃないかと思うくらい。


 この二人って双炎の魔王だろと考えているジェイドを尻目にルチルは二人に近づくと、拳を振りかぶって後頭部を殴り倒した。


「「なにすんだ!」」

「うるせぇ」


 思いっきりにらみつけつつ、刀を抜刀し刃をちらつかせれば黙り込む。あまりに鮮やかな手際に心の中で惜しみない賞賛を送る。


「寝る。騒いだら」

「騒いだら」

「魔法で空の彼方まで吹っ飛ばす」


 といって、靴を脱ぎ刀を腰からはずすと毛布を頭までかぶりベッドに横になって眠りについた。


「大丈夫か」

「最近怖くなってきたな」

「それはお前らのせいだろ」


 それだけつぶやくと、固まっている二人に向けてあきれのため息を吐いた。



 翌朝。

 どこかすっきりしない頭で体を起こしたルチルは取っ組み合い状態になっているリアンとジェイドを見た。それには何も触れずに彼の眠っていたベッドの端に避難していたカーネに声をかける。


「おはよう、カーネ」

「あぁ、おはよう。何も突っ込みなしか」

「もうめんどい」

「だよなぁ」


 乾いた笑みを浮かべるカーネに同情の眼差しを向けると枕をとると、二人がつかみ合っている手に向かって思いっきり投げつける。


「おはよう、ルチル」

「はよ。エントリーしに行かないと」

「その前に朝飯だ」


 二人は一旦休戦だと言うと離れる。欠伸をしながら靴を履き、刀を帯刀すると部屋の外に出た。



 朝食を食べた一行は、闘技場の受付にいた。ルチルは外套をいつものようにかぶっている。


「顔を隠せるものがあるといいんだけどな」

「ならこれとかは?」


 とジェイドが取り出したのは目元だけを隠せる黒い仮面だった。こんなもの持ってたの? 昔使ってた。という会話をし、ルチルはジェイドから仮面を借りるとつける。


 そのまま一人でエントリーしに行った。

 その後姿を見ながら、三人は一抹の不安を口にする。


「決勝までいけると思うか?」

「知らん」

「実力を全部見ているわけではないからな。だが契約したことによって身体能力は上がってるし、あー……」


 彼らは顔を見合わせると、複雑そうな表情をした。


「いざとなったら俺らが魔法で援護か」

「それがいいかもしれない」

「同感」


 とそこにルチルが戻ってくる、少々疲れたような顔だ。


「どした?」

「女の人って怖い」


 ポツリと返ってきたルチルの言葉に、三人は何も言わずに視線をそらした。

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