第二十五話 霧の中での出会い
「何者だ?」
「その言葉をそのままそっくり返してもいいか?」
真っ白い霧の中、ルチルは一人の人物と相対していた。
幾度目かの誰何に同じ答えを返すルチル。その表情は心底めんどくさそうである。
対する彼と同じくらいの年齢に見える青年は、リアンの瞳よりは薄い金の瞳に敵意をにじませ普通は片手で持てないような大剣の先を彼に突き付けてくる。霧の中で鈍く輝くそれは切るというよりは叩き潰すといったほうが似合うくらい大きい。さらりと紺に近い青の髪が風に揺れる。
「何でこんなことになったんだか」
相変わらずの敵意を全身に受けながら、なぜこんなことになったのかを思い出すために記憶を手繰り寄せ始めた。
あれは、今から15分前のことだったかなとルチルは思う。
「まだつかないのか?」
「もう少しでつくはずなんだけどな」
「少し様子がおかしい」
「確かに」
ルチルの疑問に三種類の答えが返ってくる。
歩いても歩いても平坦な道ばかりなので、ルチルもおかしいと思い始めていた頃合いだった。
少し前からふわりと白い霧が立ち込めはじめ、視界を悪くした。ジェイドがうっとうしそうに払っても、消えるのは一時的なので消すのはあきらめた。はぐれるのはまずいということで、ルチルはカーネに腕をつかまれ一緒にいた。。
「ふむ」
リアンが唇に人差し指を当て、何かを思案するように目を細める。その姿が絵になっているので若干遠い眼をして、どうして魔王ってこんなに美形なんだろうと場違いなことを考えていたということも思い出す。
「カーネ」
「ん~?」
「これは、あいつの魔法に似ていないか?」
「確かに」
二人の会話を右から左に流しておきながら、風であたりを探索しているジェイドの近くによる。
デフォルトで不機嫌な顔のジェイドは、ルチルが近付いてきたのを見て少しだけ視線をこちらに向けてきたが何も言わない。
「この霧はなに?」
ふわりと白い霧を払うように手を動かすがまったく意味をなさない。小さくつぶやけばうっとうしそうにジェイドが軽く唸る。
「霧が邪魔で探索しづらい」
「風で吹き飛ばすことは?」
「さっきもやっただろ。それでわかったけど、こいつは魔法で人為的におこされた霧だ」
嫌そうな顔をして額にかかる髪をかきあげるジェイド。翡翠色の瞳で周囲を見回すと、二人に呼び掛ける。
「どうやら誰かが、ここを人為的な迷路にしているらしいぞ」
「そうか」
カーネは一つうなずき、なぜかルチルを見てくる。リアンとジェイドも同様だ。
何と言わんばかりに首をかしげて見せれば、少しだけ湿った髪をつまみ、リアンが言いにくそうにしながらお願いをしてきた。
「探してきて倒してきてくれ」
「はっ?」
「術者を探して倒してきてくれってことだ」
「なんで俺?」
それは構わないのだが、探査能力のあるジェイドがいけばいいのではないかという顔をする。
「俺たちの魔力ではどうやらうまく探れないようになっている」
「これはラピスの魔力が関与しているからな」
「魔王倒して来いって?」
無茶言うなと言わんばかりの声音で言葉を吐き出せば、三人は違う違うと片手を顔の前で降る。
「ラピスが少しだけ魔力を分け与えたやつがいると思うから」
「そいつを殺し……倒して来いと」
「今『殺して来い』と言いそうになっただろう」
「さて、なんのことだか」
あえてすっとボケるルチル。その様子に苦笑しながらカーネは右手を強く握る。
その手を開けば、彼の髪の色をした宝石の様な石がその手のひらに載っていた。
「こいつを持っていけ」
「なにこれ?」
「俺の魔力を凝縮したものだ。そいつが強く輝いているほうに行けば、倒すべき相手がいるということだ」
「……わかった」
渋々というように宝石を手に取ると、霧がもうもうと立ち込める道に向かって一歩踏み出す。テノヒラの中で紅い石に光がともり明滅し始める。
「倒したらその場にいろよー。俺たちがすぐに行くからー」
「わかった!」
ジェイドの声が聞こえたのでとりあえず振り返って答えておく。振り返った時に見えたリアンのやけに渋い顔が印象的だったの思い出したところで、一歩下がる。
ちょうど今の今までその場にいたところに、水の刃が突き刺さる。
「もう一度、聞く。おまえは何者だ」
「旅人」
抑揚のない声が耳朶をたたき、めんどくさそうに視線を相手に向ければ第二波を放つところで、仕方なく石から魔力を取り出すと業火を発生させ水を蒸発させる。
「それでやけに輝くからそっちに向かえば、こいつがいたんだよな」
自分が今一緒に旅をしている三人と同じ雰囲気を纏う青年に、今度はやや殺気を込めて視線を向ける。
「こちらも一つ聞いていいだろうか」
「なんだ」
あっ、ちゃんと話を聞いてくれるいい人だと地味に感動しつつ朗らかな口調で
「あなたが、水の魔王ラピスだろ?」
鋭い質問を、否、確認するように問いかける。
この問いを聞いた相手は苛烈な殺気を向けてきた。つまり正解だということらしい。
「この霧をどうにかしてくれないか?」
「なぜ」
「この先にある町に行けない」
すさまじい殺気を涼しい顔で受け流しながら、軽い口調で要件を口にする。背中には汗をかいているが。
ラピスは、大剣を放り投げ背にある鞘に器用にしまうと詰問してくる。
「こちらも一つ聞こう。どうして私がラピスだとわかった? なぜ魔王のことを知っている?」
一々答えるのも面倒なので、懐からリアンが封印されていた宝石を取り出すと投げ渡す。
それをキャッチしたラピスはいぶかしげな顔をしていたが、宝石に魔力を当て中に誰もいないことを知ると、驚愕の表情を向けてきた。
「封印が解かれているだと?」
「カーネとジェイドもいるよ」
「まさか、な。黒の魔力を持っていると言わないよな?」
苦笑すると自分の魔力を全身からほとばしらせる。周囲の霧を包み込む黒の魔力。
指を動かして、辺り一帯の霧を払ってしまう。
「最初からこうすればよかったか」
「馬鹿な」
「嘘だと思うのならば、この霧を消せ。お前に会いに行ってやる。双炎の魔王と、風の魔王を連れてな」
「待っていよう。おまえがわが主にふさわしいかを確かめてやる。私は王者として君臨している」
リアンが封じられていた宝石を投げ返してくると、霧にまぎれてラピスの姿は消えていく。どういう意味か聞きたかったが風によって霧はあっという間に吹き流され、彼の姿もなかった。
「ルチル!」
「無事か」
「術者は?」
「本人だったよ」
歩き出しながら、のんびりと答える。
三人のいぶかしげな視線を背に受けながらもう一度詳細を繰り返す。
「水の魔王ラピスが、この霧を起こしていた。会いに行くぞ」
「やはりか」
リアンの妙に納得したような声を聞きつつ、笑い出しそうになるのをこらえながらルチルは一人で先に歩いて行った。




