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三人の魔王  作者: 零夜
第二章 吹き荒れる風
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第二十三話 後始末

「これから俺から言うことに絶対に口出しすんなよ」


 ベッドに胡坐をかき、そこに頬杖をついたルチルがブスッとした表情で三人に言い放つ。その前に反省のために正座している三人。


「えー」

「そんなこと言われてもな」

「お前何かやらかしそうだしよ」

「この落とし前は俺がつけてくる」


 上から、カーネ、リアン、ジェイドとルチルの言葉に三人はいっせいに文句を言う。ただでさえ苛々しているルチルは全身から、黒の魔力もとい殺気を放出する。

 魔王たちはその程度では怯えはしないのだが、ルチルの瞳に苛烈な光が宿り始めているのを見て口をつぐむ。


「良いから黙って俺の言うこと聞け。顔面に拳叩き込むぞ」

「やれるものなら、ゲフハッ!?」


 やってみろと続くはずだったカーネの言葉は彼自身が発した奇声によって、さえぎられた。

 なぜなら、


「やれるものならなんだって、カーネ?」


 拳を構えなおすルチル、その顔に表情はなく黒いオーラが全身から吹き荒れている。どれくらい黒いかというと白い肌がいっそう白く見える程であり、雪の中に咲く薔薇のように深紅の瞳は輝いている。

 顔に拳を入れられたカーネは痛みのあまり硬直し、リアンとジェイドは黙って視線を交わす。


「リアン。これにやつらの悪事すべて書いてくれ」


 いつの間にか調達してきていた紙の束を机の上におきリアンに視線を向ける。向けられた守護者は仕方ないといわんばかりに溜息を吐き、ペンをとる。


「葬った奴らのことか」

「そうだ。あとできるだけ誇張しろ」

「わかった」


 ルチルは瞳を動かして、いつもの薄ら笑いを掻き消して正座しているジェイドと視線を合わせる。ジェイドはほんのわずかに目を細めたが、何も言わずに続きを促す。 


「ジェイド」

「んー?」

「反組織のリーダの住んでいる場所は?」

「わり、知らない」

「なら、探して来てくれ。外に出てもいい」


 ルチルの言葉に少し逡巡したが、一つうなずいて立ち上がると窓を開けて両手を広げる。彼を中心にして風が渦巻き、それが四方八方に流れていくのが分かった。

 ジェイドの全身をうっすらと紅い燐光がまとわりついているのが見え、魔力があふれているのかと納得する。


「カーネ」

「あい」

「風車まだ残っているんだろう。消して来い」

「了解しました」


 意義は認めないといわんばかりの眼光でにらまれ、すごすごと扉から出て行くカーネ。痛みからではなくルチルに殴られたことがショックだったらしい。若干鬱オーラのようなものが漂っている。


「八つ当たりとかいって、無駄に長引かせたら怒るよ」

「わーってるよ」


 ばれたかとぼそりつぶやきつつ、出ていくカーネ。その背を見送ってぽすんとベッドに座り込むとリアンに声をかける。

 

「あとどれくらいで終わる?」

「半分はかきあげた」


 ちらりと視線をあげたリアンは、そっとルチルの表情を伺う。恐ろしいほど無表情だった、まるで仮面のように。そっかと小さくつぶやいたルチルはほんの少しだけ感情をにじませる。

 それがどんな感情は、リアンに判別ができなかった。おそらくルチルも気づいていないと思われる。


「できたぞ」


 5分ほどしてペンを動かす手を止めたリアンは、紙の束をまとめてルチルに手渡す。ルチルはざっとその内容に目を通し軽く鼻を鳴らす。まるで愚かだといわんばかりに。


「お疲れ様」

「あぁ」

「見つけたぞ」

「どこだ?」


 ジェイドはけある一点を指差す。そこは住宅密集している場所だったがジェイドははっきりと告げる。翡翠の瞳はその場所から動くことはなく、まるで何かを感じ取っているかのように。


「あの中にある家のひとつで、今秘密の会合が行われている」

「行ってくる」

「後始末にか」


 ジェイドの言葉に小さくうなずく。表情は無表情だが、瞳には様々な感情が揺れている。

 そんな二人を見つめるリアンはなにも言わないが心配そうな表情をしている。が、何も言わずに視線を逸らした。いろいろと葛藤はあるがジェイドに任せることに決めたらしい。


「後始末だ」

「後始末って」

「俺が戻ってきたらすぐに発てるようにしておけ」


 紙をきちんとまとめると、脱いでいた外套を羽織りフードを目深にかぶる。窓から外に飛び出し風を操ろうとした瞬間、ジェイドに腕をつかまれた。反動で体が引き戻され、たたらを踏む。


「のわっ!?」

「俺も行く」

「だから、俺は一人で」

「楽しそうだから、見るだけ見に行く」


 ほかはなにもしないさ、そういいながら唇の端を釣り上げて笑う。犬歯がきらりと灯りに反射して煌めく。じっとジェイドの真意を探るように瞳を覗き込む。

 だが、ルチルはその翡翠色の瞳から真意を見抜くことが不可能だった。諦めたように一つうなずく。


「わかった」

「んじゃ、連れてってやる」


 ぱちんと指を鳴らせば、あっという間に二人の姿が風に巻かれて消える。部屋の中がその中でめちゃくちゃになったが、リアンは一つ溜息を吐いて椅子に座りなおし足を組んだ。


「ジェイドは何に気づいた?」


 ぽつりと独り言を漏らせば、キィッと小さな音を立てて扉が開いた。そちらに向かって黄金の瞳を向ければ、入ってきたのは顔に疲労の色を滲ませたカーネだった。

 今しがた二人が出ていったので、帰ってくるのは彼一人なのだが。


「疲れた」

「お疲れ様」

「ルっちゃんは?」

「後始末に出かけた。戻ってきたら発つと」

「了解」


 開け放された窓から冷たい風が入ってくる。ひんやりとした空気は先ほどまでの赤い朱い灼熱の風の余韻はなく、澄んだ夜のにおいを含んでいる。


「ジェイドは何かに気づいた」

「あいつはあれで鋭いからなぁ」


 小さく鋭い舌打ちが夜風の充満する室内に響く。それがリアンの答えだった。


 一方のルチルは夜風に巻かれているので盛大にくしゃみをしていた。それはもう豪快に。


「う~、寒い」

「どっちかがいればあったまるんだけどなぁ」

「いらない、さっさと終わらせて帰る」


 ジェイドのぼやくような声をすっぱりと切り捨てて、早くというように視線でせかす。はいはいと楽しそうにつぶやきつつ、案じるような視線を向ける。


「なに?」

大丈夫か(・・・・)

「なにが?」

「なんでもない」


 ルチルが不思議そうな顔をしているのを横目で見ながら住宅が密集している区画に入る。その中の家の一つの窓に小さな明かりが灯っているのを確認すると、一旦急停止した。ルチルに視線で問えばうなずき返ってきて、彼は問答無用で窓を蹴り破った。もしも、リアンがここにいたらもう少し静かに中に入れと眉間にしわを寄せていただろう。


 中では五人ほどの男女が深刻そうな顔で会話をしていたらしく、突然の侵入者に全員がはじかれたように席を立った。テーブルにはなにかの図面が描かれている。


 ルチルはそんなことは知らんと言わんばかりに、警戒する反組織のメンバーを風で拘束する。ジェイドは楽しそうに笑って壁にもたれかかり、腕を組む。


「この反組織のリーダーは誰だ?」

「貴様は何者だ?」

「さっさと答えろ」


 低い声で問いただせば、当然のように鋭い叱責が飛んでくる。フードの下からぎろりというように睨みつければ、硬直する。

 何もしないとは言ったが、具体的に何をするなと言われていないのでジェイドも催促するように瞳を細めるように睨みつける。


 その中で、静かにルチルの真正面に座っている男が自分だと名乗り上げる。


「お前たちのしたいことは分かっている。だが、その目的はすでに達成されたといっておこう」

「どういう意味だ」


 ぽいっと脇に抱えていたリアンが紙に組織の悪事を書き記したものを無造作に投げ、リーダーの拘束だけをとく。中を見ろと言い放てば、恐る恐るというように紙の束を手に取り、中を確認していくうちに目が見張られる。

 それはそうだろう喉から手が出るほど欲しい証拠なのだから。


「これは」

「貴様らの目的のものだ。ついでに言うが、組織の一部は俺たちがつぶした」


 正確には魔王三人が蹂躙したのだが。三人の怒りを思い出し、深々とため息を吐く。そして己の未熟さも。あんな風に動くことは自分には出来ないと、少しだけ肩を落とす。


「つぶしたとは?」

「頭が悪いな。そのままだ」

「生きているのか?」


 ルチルは鼻を鳴らすだけで返答する、それだけで反組織のリーダーはわかったようだ。悼むような表情をするのを見て、フードの下でほんの少しだけ目を細める。

 ルチルが口を開く前にジェイドが言葉を発する、何のこともない天気の話をするかのように。


「二つが対立するのならば、どちらかが滅びなくちゃなんねーし。それをわかってるんだから、こういうことをしてきたんだろ? わかりあいたかったなんて言う甘ったれたな考えを持つやつがこの先導いていけるのか」


 その言葉に怒気を含んだ視線が一斉に向けられるが、ジェイドは涼しい顔をしてそれを受け流しにやりと笑う。まるでそうだろうといわんばかりの表情だ。ルチルは何も言わずに黙ってテーブルの真ん中に鎮座し、静かに燃える蝋燭の火を見つめる。


「風車にあった宝石は俺たちがもらっていく。その代わりこいつを返す。受け取れ」


 ルチルが投げたのは、いつの間にか回収していたメテロだった。それはテーブルの上を滑り、蝋燭の火を受けて淡くちらちらと輝く。

 ゆっくりと手を伸ばしてそれを掌の上に乗せたリーダー格の男の行動を見届けたルチルは、もう用はないといわんばかりに身を翻す。


「待て! 宝石とは何のことだ?」

「知らなかったのか。あの風車が特別なものなわけではない、安置されし宝石が源だ」


 その反応からして知らなかったようだなとつぶやけば、ジェイドが小さく笑いながら補足する。その瞳に宿る色は冷ややかだ。


「遠い昔のやつらは知ってて、俺に(・・)協力を持ちかけてきたけどな。ま、今ではそれもすたれきって儀式だけが残ったってわけだ」


 彼らが理解するよりも早くルチルは窓枠に足をかける。ちらりと振り返ると最後にと付け加える。


「風車はもうないぞ、自力で導いていくんだな」

「なっ!?」

「行こう」


 追ってくる前にルチルは窓から外に身を躍らせる。ジェイドはそれを風で支えてやりながら、いつもの笑みは引っ込めて男を見据える。


「俺たちを追ってきても無駄だぞ、今は何もしないでいてやるが命食いつぶされたくなければとっと鎮圧に向かうんだな」


 ルチルの後を追うようにジェイドも夜闇にまぎれる。その後を追って拘束の解けた者たちが窓に近寄れば、空が赤かった。

 そして崩れ落ちていく風車が、時代の産物がなくなるのが見えた。 


「手出しはするなって言った」

「口出しはするなって言われてないぞ?」


 にんまりとするジェイドに軽く唸ると深紅の瞳を赤く燃え盛る空に向けて、問いかける。


「火事にしたの?」

「どうやらあのへんに残党がいるらしくてよ」

「まだ怒ってるのか」

「腹いせも終わったみたいだし、いいんじゃねぇの?」


 ほら帰るぞと風に巻かれていたルチルの腰を抱え込むようにして抱き上げると、宿に向かって飛ぶ。


 じっと炎に包まれる風景を見つめる青年は唇をかむ、故郷と呼べるかわからないあの国から出るときに見た光景と同じだった。

 ただじっと見つめ続けるルチル。


 その表情を何も言わずに見つめるジェイド。


「おもしろくなりそうだな」


 彼の小さな独り言が、風に吹かれて夜空に溶けた。



 後日、風車を燃やし尽くした火事は使者を多数出しながらも鎮火され、統治者が変わったということを風に乗る音を聞いて情報を得たジェイドに教えられたルチル。


 彼は何も言わずに歩を進めただけだった。


 風の楽天家はその時ばかりは笑わず、面白がらずに黙ってその後に続いた。

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