第二十話 牢屋での推理
「ここどこ?」
「牢獄」
「牢屋」
「牢」
ルチルがぽつりと漏らした言葉に三種の意味はすべて同じである答えがある。
ぼんやりと鉄格子のはまっている窓から、徐々に変わりゆく空を無感動に眺めていたのだがいい加減あきてきたので、牢屋の中をぐるりと見回す。
粗末なベッドとルチルが座っている古びた椅子とテーブルしかないのは仕方ないとして、壁のところどころにある黒いしみが気になる。
近づこうとふらりとイスから立ち上れば、後ろから手が伸びてきて襟首を掴まれる。
「ぐえっ」
「ああいう得体の知れないものを見に行かないんだぞ~」
どうやら掴んだのはカーネのようで、あきれたような声が降ってきた。苦しいから離してくれと少しじたばたすれば、そのまま椅子に逆戻りさせられその上で解放される。
けほっけほっと咳をしながら喉をさする。
「大丈夫か、ルチル」
「うん。それよりも、リアンずいぶんとくつろいでるね」
「やることがないんだ」
一つしかない粗末なベッドに転がりながら、リアンは静かな声で返事をしてくれる。珍しく今に寝てしまいそうな声だ。
こんな声も出せるんだなぁと思いながら、先ほどから何かしているカーネとジェイドを見る。
「で、カーネとジェイドは何してんだ?」
「ん~、暇つぶし?」
「みたいなことだ」
「お前たちが封じられていた宝石を使ってジャグリングすることが、暇つぶしなのか?」
三つの宝石がカーネとジェイドの間をすごい速さで行ったり来たりしているので、その動きを目で追いながら、確認のためにリアンに聞いてみれば
「知らん」
という小さなつぶやきが返ってきた。ちょっぴりしょんぼりしてしまったのはルチルだけの秘密である。
「リアン、寝ないでよ」
「善処する」
「じゃあ、俺の質問に答えて」
「わかった」
寝転がりながらとろんとした目を向けてくる。今にも寝そうだがちゃんと質問には答えてくれうようだ。ひゅんひゅんという音がさらに増えたような気がするが、それは視界にはいれない。
「なんでこんな風に平然としてるんだ?」
「大方こうなることを予測していたからな」
「どうして?」
「私が一人で奴を探している時も何やらつけられていたしな」
奴と言って示すのはジェイドのことであり、本人は呼んだかというように首をかしげる。ジャグリングはやめたようで、冷たい石の床に座り込んでいる。
「そう、なのか?」
「そうだ」
「俺たちを囮にしたってことか?」
「そうともいうか?」
煮え切らない態度と言葉にむっとした表情をするが、その表情はすぐに消えて無表情に変わる。椅子に腰かけて腕を組み、また格子の隙間から刻々と色の変わる空を見つめる。
「わかんないときは、考えを口にするとまとめやすいぞ」
「それに対して俺たちが付け足しもするしな」
だからさっさと言葉にしてまとめろとカーネとジェイドがせっついてくる。どうやらルチルがどこまで理解をしているのかを知りたいらしい。
それを感じ取ったルチルは空を見つめながら、一つずつ推測を口に出してまとめていく。
「あいつらはメテロを探していた。ジェイドが言っていたように祭事を行わせたくないやつらによって、隠されてしまったから。だけど、あいつらは祭事を行わなくてはならないし、大事な宝石が隠されたとなれば祭事が行えないし、監督不足だとかなんとかでこの街の人々から信頼を失う」
「ルチル~。俺も風でたまーに、ごくたまーに情報収集してたんだけどよ。祭事を行うやつらはそれなりに重要な組織だ」
「なんかすごくたまーにというのが強調されたけど、そうなんだ」
情報有難うと礼を述べ、うーんとうなりながらいろいろと思い出す。
自分たちを捕縛しに来た者たちの着ていた服が統一化され、武器がやけに実用的な形状だったのを思い出しながら、さらに言葉を続ける。
「重要な組織が内部分裂を起こしかけていると知られれば、困る。そこを突こうとしている奴らがいるからで、さらに祭事ができなくなり組織同士がぶつかり合えばこの街は一気に大混乱を起こすだろう。この街が混乱しているのをいいことに、犯罪などをしようとよからぬ考えるやつもいっぱい来そうだよな」
「混乱をしている場所では司法などは麻痺しているしな」
「人さらい、盗難、殺人。罪のオンパレードだ」
認めてもらうためにと大量に詰め込んだ知識を引っ張り出しながら推測を述べていけば、それはどうやら正しいらしくリアンやカーネが補足してくれる。
罪という言葉を聞いて若干ルチルの表情が曇る。彼自身も罪を背負っているが、それは生きるためにしかたなかっただけでは済まされない。
「生きるために必要なことを教えないほうが、一番重い罪だ」
リアンがその考えを見抜いたかのように低い声を発する。ルチルは軽く瞼を伏せただけで、推測の続きを述べる。
「必死に悟られないように探し続けていたら俺たちに出会った。魔力の質が高く内包量が桁外れの者たちに。メテロは魔力に引き寄せられるんだよな?」
確認するように問えば、うなずきが返ってくる。
暗い牢屋の中で、ルチルの真紅の瞳が刃のような鋭い光を宿す。ぼんやりとしていた表情が引き締まり、忌々しげな口調とともにゆがむ。
「だったら俺たちに報酬やら高待遇とか良い話を吹っかけて探させる。そして見つけたところを捕まえて、『こいつらが祭事のための宝石を盗みました。我々がちゃんと犯人を見つけ宝石を取り戻しました。我々はこの街のことを一番に考えています』みたいなことを言ってさらに信頼を高める。さらには、自分たちの裏事情も隠せて一石二鳥だ」
うんざりとしたような表情をするルチルに手を伸ばして、なだめるように頭を撫でてくるカーネ。
そのぬくもりを感じながら深呼吸をし心を落ち着けると、こんな感じでどうというように首をかしげれば、ジェイドがよくできましたというように手をぱちぱちと数度叩く。
「すげぇな。俺たちの言葉だけでここまでわかるとは」
「生きるために、認めてもらうために必死に勉強したからな」
「……そうか」
なんてことないと言わんばかりの口調でさらりとルチルは告げる。その言葉にリアンは静かに返すが、その瞳には怒りの業火が燃え盛っている。
いま目を合わせれば八つ当たり直行なので、二人は速攻でリアンから視線をそらす。
「それよりもさっさと俺の剣を取り返したい。間違っても質屋に入れられたら困る」
「だな」
「さっさとここを抜け出そうか? ……どうしたの?」
よっこいせと言いながら立ち上がると、そのままでいてくれとリアンに言われる。カーネとジェイドは立ち上がり、リアンはベッドから起き上がりカーネの隣に立つと、三人は同時に片膝をつき首を垂れる。
急なことなので驚いて同じように膝をつこうとすれば制され、固く張りつめた空気が急速に形成された。
「我らが主、無の魔王よ。許可を求めます」
「どういう意味だ?」
「この街を焦土と化すための許可を」
「許可できない」
ルチルの言葉に三人はいぶかしげな表情で、伏せていた顔を上げる。
窓から入る太陽の光で、表情に陰影ができたルチルは眉間にしわを寄せている。いきなりこんなことを言われて理解に苦しむといわんばかりの表情である。
だが、必死に考え三人が何を言いたいか理解しようとはしているらしく視線が泳いでいる。
「なぜですか?」
「こんなところを焦土と化したところで何の意味もない」
「しかし、あなたをこんな目にあわせたやつらに報いを」
「リアン、いや静炎の魔王。報いとかの話はいらない。こんなところで魔王が復活したなんてことが知られたら、他の魔王たちを解放するのにさらに手間がかかることになるだろう」
「ですが」
「ですが、じゃない。ジェイドじゃなくて風の魔王」
わざわざまおうという呼称に言い直してルチルは穏やかだが、有無を言わせない声音で三人を戒める。
顔を伏せているので表情はわからないが、たぶん不満げにゆがめられているのだろう。だが、何もわからないうちに焦土化なんて許可ができるはずはない。
「でも、あの風車の破壊は許す」
「風車だけですか? というよりもなぜ?」
「カーネじゃなかった豪炎の魔王。祭事を執り行うものがいなくなってこの町が混乱するのは困る。次いで風車は腹いせ」
「ですが、この国にはその祭事を執り行う者達と反発する者がおります。その者らに祭事は任せ、此度我らをはめた者たちを消すことだけは許可頂きたい」
顔をあげたジェイドのぎらつく眼差しにルチルは唇をへの字に曲げる。何となく怒っているというのが分かってきた。なぜ起こっているのかはわからないが、消したくて消したくてたまらないらしい。
ルチルは顎に手を当てて、軽く悩む。正直自分が生きるために血を見るのはいたしかなかったがあまり今は見たい気分ではないのだ。
ルチルが「ダメだ」の一声をかければ不満そうにしながらも彼らは聞いてくれるだろう。だが、あとでこっそりと舞い戻ってきて殺戮をされても困る。ならばいたしかないと、軽く瞼を伏せて溜息を一つ吐いた。
「わかった。それは許す、ただしあまり派手にはするな、暴れるな」
「わかりました」
輝いた表情にこれでよかったんだと無理やり自分に言い聞かせる。だが、喉に何かが詰まったかのように少し息苦しい。
それでも、彼らと、魔王たちといるためには乗り越えなければいけないんだと、心を鬼にする。
「あのころを思い出せ」
ぽつりと自分に言い聞かせれば、すっと思考が冷える。呼吸も元通りになる。まだ少し自分の中でぶれるものがあるが、すぐに収まるだろう。
思考をそらすためにジェイドに声をかける。
「風の魔王、契約を」
「わかった」
忘れてたと小さくぼやきながらルチルが差し出した手を両手で握ると、静かに契約の言霊を紡ぐジェイド。
『我は風の魔王ジェイド。わが力、黒の魔力を持ちし、「無」の魔王に分け与えん』
ジェイドの魔力が自分の中に流れ込んでくるのを感じつつ、それに伴って体に走る痛みを懸命にこらえる。足元から風が吹き荒れ、ルチルの漆黒の髪をバサバサと揺らす。
また鼓動が一つ大きく鳴り響き、何かの鍵が開く音がした。それと同時に自分の中から大きな力がわきあがるのも。
「契約完了」
「痛い」
思わずよろめくと、あわてたようにジェイドがその体を抱きとめる。頬や額首筋には切り傷ができており、イラついたような表情をしたリアンが近寄ってきて一つずつ癒してくれる。そこまで深くはなかったのであっという間に治った。
「俺たちがルチルの刀をとってくるから、その間ジェイドはルチルのことを見ていてくれ」
「わかった」
二人が牢屋の扉を強引に蹴り破りって開けると外に出ていく。その様子を見ながら、ゆっくりとベッドに座らせるジェイド。
傷は癒えたが辛いらしく肩で息をしているルチル。
「気分はどうだ?」
「すぐに良くなると思う、そうだジェイド一個聞きたいことあるんだけど」
「なんだ?」
苦しそうな息をしながら、視線と言葉を向けてくる。そんなルチルを支えてやりながら、静かに返事をする。さすがにこの状況は楽しめない。
「なぜあの時抵抗しなかったの?」
「あぁ、そのことか」
捕縛されるとき、ジェイドはおとなしくていろと楽しげに笑ったのだ。少し手こずるが全員で暴れれば、捕縛なんかされなかったのにと考えていると。
またもや楽しげな声で
「何事も」
「何事も?」
「経験だろ?」
ジェイドの言葉にきょとんとすると、なるほどとルチルはうなずく。その様子を今度はジェイドがきょとんと見つめ一拍おいてから吹き出す。少しの間笑い続けると、片目をつぶりながらつぶやく。
「お前最高」
「そう?」
「あぁ、これからの旅が面白くなりそうだ」
喉の奥で笑い続けるジェイドをそうなのかなぁと疑問符を浮かべながら見つめていれば、荒々しい足音を立てながら戻ってくる二人。その様子を見て眉間にしわを寄せた。
ルチルが何かを言う前に、剣を手渡してきて、ジェイドを隅のほうに引っ張っていく。
なにしているんだろうと、不思議に思いながら剣を腰に差す。何やら不穏な空気が流れてくるが、何も言わないというよりは言えない。
「んだと?」
「そうだ」
「ルチル~」
「なに?」
振り返った三人は凄絶な微笑みを浮かべていた。ルチルが思わず壁際にまで逃げるほど凄絶な微笑みだった。
「あいつら俺らの逆鱗にふれたから」
「いいつけ」
「守れなさそうだ」
「あまり派手にしないでね」
びくびくしながらそっと言葉を紡ぐと、了解という言葉が返ってきた。
何があったんだろうかと思いながらも、直感が聞いてはいけないと訴えるので口は閉じておいた。
「怖い……みんなが怖い」
一人涙目になりながらルチルは身震いをする。怒らせないようにしようとひとり心の中で誓った。