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三人の魔王  作者: 零夜
第二章 吹き荒れる風
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第十九話 魔王のプチ喧嘩

 どうして俺はこんな状況になっているのだろうと、ぼんやりとルチルは考えた。


 目の前に胡坐をかいて座るジェイドからは若干憐れみの色を混ぜた呆れの眼差しを向けられ、ベッドの大爆笑をしているカーネはかれこれ五分は笑い続けているだろう。


 よく息がもつものだと、些か的外れなことを考えながら、自分の腰を締め付けて(・・・・・)くるものをはがそうとする。

 が、更にそれは力を込めてルチルを離さないと言わんばかりに締め付けてくる。若干息苦しくなったので、べしべしと攻撃すれば締め付ける力は緩まるが、離れることはない。


 現在のルチルの状況。

 リアンの胡坐をかいた膝の上。さらに腰には彼の細い腕ががっちりと締め付けるように回されている。


「リアン」

「なんだ」


 名を呼べば頭の上からリアンの低い声が降ってくる。見上げてることができないので、声の雰囲気からどんな顔をしているか推測しようとするが、相変わらず無感情の声なのでさっぱりわからない。

 ジェイドが何ともいえない顔をしているので、いつもの無表情なのだろう。


 とりあえず、カーネが笑い続けていることにいい加減腹が立ってきたので、ジェイドに視線でカーネを何とかしてくれと訴える。

 その訴えを感じ取ったのか、ジェイドは一つ頷いて立ち上がると笑い転げているカーネの腹めがけて片足を振り上げると、


「いい加減に笑うの止めろ!」


 きれいに無防備の状態の腹に向かってかかと落としを決めてくれた。どこか生き生きとした表情をしているので、これも楽しいことの一つにカウントされたのかもしれない。

 ジェイドの楽しいやおもしろいのツボがよくわからない。


「ゲフッ!?」


 きれいに決まりすぎたのか、腹を抱えて悶絶するカーネ。これでいいかといわんばかりのすっきりした表情で、こちらを振り向いたので感謝の意を込めて親指を立てる。


 ニッと笑うと彼も同様に親指を立てる。やはりノリがいいようだ。ほかに何かするか? と言わんばかりのキラキラした眼差しで見つめられ、もう平気という意味を込めて首を振る。


「リアン、いい加減離してくれ」

「断る」

「即答しなくてもいいじゃないか……」


 断固拒否の姿勢のリアンにため息をつかざる得ない。

 

 なぜこんな状態になっていしまったかというと、ジェイドの二人があわてているという予想に嫌な予感を覚えたルチルは、早く宿に戻るように懇願し超特急で戻った。途中酔いそうになったが、根性でそれは押さえつけた。


 泊っている部屋に足音を忍ばせて戻ってみれば、部屋の中では二人が戦闘態勢をとっており部屋の中で使用するには、威力がケタ違いの魔法の応酬が始まりかけていたのだ。


 あわてて止めに入れば、二人から殺気のこもった眼で睨まれ硬直し、それを見かねたジェイドが二人の間に割って入ったのだ。


「ジェイド?」

「よっ、相変わらずだな」


 片手をあげて挨拶をしたジェイドだったが、その和やかな雰囲気はリアンの行動で一瞬で消え去った。ジェイドということを確認した後に、いきなり飛びかかったのだ。


 それを見越していたようにジェイドは、つかみかかってきたリアンの両手を己の両手で押さえこみ二人は押し合いをしながら口げんかを始めた。


「相変わらずの短気やろーだな」

「貴様も、眉間のしわが濃くなったんじゃないのか?」

「言ってくれるな」

「貴様もな」

「んだと、この短気猪突猛進やろーが」

「……唯我独尊不機嫌男がよく言うわ」


 一触即発の雰囲気に、おろおろするルチルを尻目にカーネはベッドに転がって大爆笑を始め、リアンとジェイドの魔力が急激に高まったのを感じたルチルがそちらを見れば、


「言わせておけば、てめぇずいぶんと口が悪くなったようじゃないか」

「貴様こそ、短気になったんじゃないのか」

「んだと!?」

「私と殺し合い(けんか)するって言うのか?」

「いいだろう。その殺し合い(けんか)にのってやるよ!」


 二人はお互いの手を離すと、それぞれの魔法を打つために魔力を集中させ始める。さすがにまずいと思ったルチルは、後で怒れるのを覚悟して二人の頭を鞘におさめた剣で思いっきり殴った。


 思わぬ攻撃に二人は頭を抱えてうずくまり、ルチルはひと仕事を終えたといわんばかりに額の汗をぬぐうふりをすると、二人を冷たい目で睨みつけ言い放つ。


「喧嘩なら外でやれ、二人とも」

「その指摘も違うと思うぞ」


 笑いすぎて息切れを起こしているカーネのツッコミは無視する。カーネはカーネでルチルの攻撃によってうずくまった二人の姿がまたツボに入ったせいか笑い始める。


「なにをするんだ、ルチル」

「こんなところで暴れるな」

「暴れてはいない、喧嘩という名の殺し合いをするだけだ」

「もっと危ないだろう!」


 ルチルは眦を釣り上げる。そんなルチルをいつもの冷静な眼差しで見つめ返して、何か変なことを言ったかというように小首をかしげた。

 ジェイドは怒りが収まったようで、二人の間からそろりと離れる。


「なんでまた殺し合いなんだ」

「我々にとっては、当たり前のことだ」

「当たり前だったのは昔の話だろ! 今は違う」

「違わない」

「違う! そんな事をするようならばリアンとは口をきかないようにするぞ」


 殺し合いをやめなければ会話をしない宣言を受けたリアンはショックを受けたような表情をした。数秒硬直するとルチルの腕をひっつかみ、胡坐をかくと自分の膝の上にのせ逃がさないといわんばかりに腰に腕を回した。


 というのがルチルが今こんな状態になっている原因であり、もういわないから離してくれと困りきった声を上げれば、ようやく離してもらえた。

 リアンは細身の長身ですらりとした体躯だが、かなり筋力があるらしく自分の力で振りほどけなかったことにちょっぴりショックを受けた。


「あー、痛てぇ」

「笑い続けてるお前が悪い」

「もう少し手加減ってものを覚えてくれよ」


 カーネの訴えをきれいに無視すると、ジェイドはルチルに翡翠色の瞳を向ける。その瞳に相変わらずのように楽しげな光が宿っているのを見つめながら小首をかしげれば、彼は軽く嘆息してしゃべりだす。


「ずいぶんと大変なことになっているようだな」

「まぁね。ジェイドはメテロと呼ばれる石の在り処知らない?」

「メテロ? なんでそんなものがここに」

「祭事に使うんだと」


 祭事ねぇといいながら腕を組んで、窓の外に視線を向ける。緩やかに魔力が立ち上り、外の風が強く吹く音が聞こえた。好奇心からジェイドの方に手を伸ばし、魔力の一部を吸収してみる。

 それに意志を持たせて部屋の中の空気を風にして操ってみる。少しだけ動いただけで、風にはならない。


「あれ?」

「ん〜? ルチル、風の場合はずっと魔力流し込んどかないといけないぞ」

「そうなのか?」

「炎の場合は、確か最初に込めた魔力の量によって時間を調節できるらしいぞ」


 そうなの? というようにリアンをなだめているカーネを振り返ればそうだぞというようにうなずく。今まで感覚的に使ってきたので原理を知って何となく理解した。


「てかさ、ルチル」

「なに?」

「メテロのことなんだが。知っているというか、俺がもっている」


 ジェイドのさらりとした言葉に


「「「は?」」」


 と三人はきれいに声を重ねる。

 この辺だったかなぁと、ジェイドが上着のポケットから取り出したのは、白く金色の粒子が表面についた美しい石。ほれっと投げ渡されてキャッチしたその意思はつるりとした手触りで、ルチルが魔力を微量だけ放出すれば反応するように輝く。


「なんで?」


 二人が口をパクパクさせているので、仕方なくルチルが問えば、苦虫をかみつぶしたような顔でジェイドが答えた。


「祭事を邪魔しようとするやつらが、これを俺のところに置いて行ったんだよ。こいつは魔力に引き寄せられるからな。魔王である俺のところに転がっていてもおかしくはないだろう」

「魔王というか魔力の固まりか」

「そうともいう……なんだ?」


 そう説明していると、いきなり部屋の扉が開かれどやどやと人が入り込んできた。ルチルをかばうようにリアンが目の前にたち、カーネはじろりと相手をねめつけ、ジェイドは険しい表情をうかべる。


「あ~あ、本当に厄介なことになったな」


 カーネの声に頷きリアンは最後に入ってきた見知った男女二人組を軽く睨みつける。その視線に気圧されながらも、勇ましい声を発する。


「あなたたちを宝石を盗んだ罪で、逮捕します」


 きっぱりと告げられた言葉に、三人は溜息を吐きこうなると思ったと言う。先ほどから視線を感じていたのだが、やはり予感は的中で張り込まれていたらしい。

 ルチルは話の流れが読めないまま、きょとんとしている。


「罪人を捕縛せよ」

「えっ」

「ルチル、おとなしくしてろ」


 剣の柄にのびたルチルの手を押さえ、ジェイドは楽しそうに笑う。

 こんな状況でも楽しめるのが、風の魔王のジェイドなのであった。

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