第二話 目覚めし魔王
赤い五角形の宝石を部屋に持ち帰ったルチルは、宝石を触って何も起こらないことを確かめた。
宝石は彼が今まで見たことのないくらい大きく何かを秘めていそうだった。
昼間の何かを吸い取られるような感覚はもうなく、鈍く輝くだけの宝石。手を握ったり開いたりして気のせいだということにしておいた。少しだけ疲労を感じたが……。
ルチルは日が暮れるととすぐに眠りについた。
夕食もとらずに、正直気分が苛ついて食事がのどを通らないと自分で判断したからだ。
赤い宝石は枕の下にいれて隠しておいた。誰の手にも渡らないようにと。家族に見せればすぐに奪われてしまい調べると事ができなくなるからだ。
それに、なぜだかこれを手放してはいけない気がしたのだ。
「眠い……、寝てしまおう」
昼間に言われたことが頭の中で反響し続ける。
それを忘れるように体を丸め、眠りにつく。すべてを拒絶するように毛布を頭からかぶって。
枕の下で宝石が鈍く光り始める。
宝石は弱く明滅し、まるで鼓動を打つように輝いている。
―……きろ―
―…起きろ―
―お前が、私を起こしたのだろう―
「んん?」
―お前が、私を―
―甦らせたのだろう―
「なんだ?」
―お前の望みはなんだ……―
頭の中に声が響いている気がした。
それは頭の中で響き続け、逃れるように頭を抑えるが声は消えない。
寝返りを打つと枕の下から赤い光が漏れていた。
慌てて体を起こし、枕の下に入れた宝石を取り出す。
「なんだこれ」
宝石は強烈な光を発し、彼の視界を赤く染め上げる。
その眩しさから逃れるように顔を背ければ、手の中から重みが消えた。光は更に強烈になり瞼の裏も赤く染める。
「あぁ、やっと体が動かせる」
「っ!?」
自分以外いないはずの部屋に誰かの声が聞こえ、驚いて目を開ける。目の前には誰もおらず、首を傾げれば後ろから
「こっちだ」
と声がした。
声の下方向にゆっくりと振り向く。このとき常に持っている短剣に手を伸ばさなかったのは、その声の異様な威圧感により体が縛り付けられていたからだ。
「誰だ?」
窓の前に長身の男が立っていた。ルチルが今まで見たことのない美しい男が立っていた。
深紅の髪を腰まで伸ばし、一つに束ねることはせずに背に流している。顔立ちは整っているが仮面のように冷たい無表情が彼のほうにむけられていた。
感情のかけらもない無機質な視線が自分を貫く。その硝子玉のような瞳に既視感を覚えた、まるで自分の瞳のようだと。
「誰……か」
ルチルの問いに男は腕を組んで少し首を傾ける。身にまとう漆黒の服が動きにあわせて揺れた。
男はしばらく悩んだ後、ぞっとするような微笑を浮かべる。硝子玉の瞳に表現のできない感情が浮かび、妖しく煌めく。
「魔王」
そして彼は、小さくつぶやいた。一言、簡潔に答えを放った。
ルチルはその意味を理解するのに少しの間固まった。男は反応をうかがうように輝く黄金の瞳で見つめてくる。硝子の深紅と黄金の間で視線が絡み合う。
「魔王?」
かすれた声で問い返せば、頷く男もとい魔王。
魔王を上から下まで見ると、次いで自分が手にしていたはずの宝石を捜す。宝石は彼の足元にあり、そこで足が透けていることに気づく。
「古のか?」
「あぁ、封じられし魔王の一人だが?」
魔王らしくない魔王の言葉を聴きながら、この世界に伝わる伝説をぼんやりと思い出す。
この世界には、昔魔王と呼ばれる者たちがいた。魔王たちは強大な魔力を操り世界を統べていた。だが、あるとき一つの集団が魔王の支配から逃れるために魔王たちを封じた。魔王一人一人を宝石に封じ世界に散らせた、その宝石はこの城にもあるらしい。
「ちょっとしか習っていないからこれ以上思い出せないな」
こめかみを押さえながらつぶやく、王族なのだが受け継がれる伝説を教えてもらえていないルチルは落胆のため息を吐く。
そんなルチルを見つめながら魔王はおかしそうにつぶやく。
「その程度を覚えていれば、十分だと思うがな」
「なんで」
「記憶を見ることができるからな」
え、という表情をするが人外ならば何でもできるかと納得した。さも当然と言わんばかりの表情で見てくる魔王にふと思ったことを聞く。
「何で俺を殺さない?」
「はっ?」
「甦ったのなら殺すんじゃないのか?」
「何を曲解しているのかは知らんが、別に命を奪おうとは思っていない。殺したところでまた封印されて終わりだ」
ルチルに近づいてきたかと思うと、瞳を覗き込んでくる。額が触れるくらいに顔を近づけてきたので、少し顔を離す。
整った綺麗な顔だなと思ってみていると行き成り頭をわしづかみにされる。
「なっ、なにを」
「動くなよ」
低い声ですごまれ体を硬直させる。じっと自分の瞳を覗き込んでくる黄金の瞳が、ふと哀れむように細められる。奇妙な感情を宿していた瞳に哀れみの色が浮かぶ。同時に寂しげな色も。
「かわいそうに」
「なにが?」
「その容姿のせいで、忌み嫌われてきたのか」
淡々とした口調で自分の心に刺さった棘を言い当てたので、表情に恐怖を宿す。そっと頭をわしづかみにしていた手を離すとポンポンと頭をなでてくる。少し冷たい手の温もりに首をすくめたが、振り払うことはしない。
「それについてはこれ以上追求するつもりはない。それにお前はカーネの行方を知らなかったしな」
「カーネ?」
「そうだ。私は炎の力を持つ魔王、そして私と同じ力を持つ対の存在。カーネもこの城にいるはずなのだが、お前の記憶にはなかった」
愁いを帯びたため息を吐くと、ルチルのベッドに腰掛ける。遠くを見る瞳には離れ離れになっているカーネの姿を思い描いているのだろう。
そんな姿を見ていたルチルは、考えるよりも先に言葉が口をついた。
「カーネを探そうか?」
「えっ?」
仮面のように無表情だった魔王の顔が驚きに満ちる。ルチル自身も自分で何を言ったかよくわかっていおらず盛んに瞬きをする。
じーっと見つめられからはっとすると、深呼吸し目の前に座る魔王を瞳に映す。
「カーネを探し出す。そして俺の願いをかなえてほしい」
「願い?」
「あぁ、どうしてもかなえてほしい願いがあるんだ」
魔王はジーっと探るように見つめてくる。彼もその眼差しを正面から受け止める。
しばしの沈黙の後、ふっと息を吐く深紅の髪の魔王。次いで面白がるような微笑を浮かべる。淡い微笑だが、美形が微笑んだので破壊力は抜群である。ただルチルは鈍感なのでその威力には気づかない。
「そんなことをして殺されないのか?」
「俺の行動に対して、気にする奴なんていない」
「政略結婚の鍵でもあるしな」
何でそれを知っているという顔をすれば、記憶を見たとあっさりと告げられる。
さっき頭を鷲づかみにしたときに見たといわれ、思わず脱力する。
「いいだろう。カーネを見つけたときに願いをかなえてやるとしよう」
「ありがとう。……あなたの名は?」
「リアンだ、ルチル」
よろしく、リアンと片手を差し出せばよろしくとつぶやいて差し出した手を握る魔王、リアン。
「それよりも、その姿はほかの人には見えるのか?」
「見えない。あっちが本体だからな。さらに完全に封印がとかれていない」
「そっか。じゃあとりあえず」
「とりあえず?」
リアンの手を話して、ベッドに倒れこむと毛布を頭からかぶり「おやすみ」とつぶやいた。
「……寝るのか」
しばらくその様子を眺めた後、ようやくルチルの行動を理解し軽く笑う。宝石の元に歩み寄り拾い上げると、眠りについたルチルの手に握らせる。
「カーネ。待っていてくれ」
誰にともなくつぶやくと、リアンの姿は溶けるように消えた。
炎の片割れは甦る。他の魔王も目覚め始める、始まりはすべてルチルの手に握られた。