第十五話 巻き込まれ
「これが風の街のシンボル」
初めて見る大きな風車にぽかんと口を呆けたように開けているルチルの口を、リアンはそっとしめて上空にいるであろうカーネの姿を探す。
ルチルとリアンは、途中から地面に降りて徒歩で風の街を目指し、カーネは一足先に空中を飛んで宿やらなんやらの手続きをしに行ったのだ。
ルチルはすでにカーネが買ってきた外套を被っており、漆黒の髪も白い肌も隠されている。鮮やかな深紅の瞳は、目の前でゆっくりと羽根を回転させている風車を映し、子供のようにきらきらと輝いている。
その様子を苦笑しながら見つめると次いで風車を見上げる。黄金の瞳に映るのは、風車ではなく風の魔王の魔力だが。
「リアン、あれってどうやって動いているんだ?」
「すまんが、よくわからない。ただ、普通の風車のように風で回転させているわけではなさそうだが」
「そうなのか?」
「あぁ、普通は風がなければ回らない。それに速度もばらばらのはずなのだが、これだけは常に一定の速度で回り続ける。……まさかとは思うがここに封じられている宝石があったりするということは」
「まさか」
ありえないだろうと言わんばかりの顔を向ければ、そうだなと頷きそんなことがあるはずがないと、何度も自分に言い聞かせる。風の魔王とは性格上そりが合わないが、そんな間抜けなことになっていたらさすがに同情する。
自己暗示かと冷静にリアンの様子を観察しながら思う。確かにありえないと思いたい時にはよく自己暗示を使ったなと過去を思い出ししみじみとする。そのことをリアンに告げたら烈火のごとく怒るのは目に見えているので、なにも言わない。
「おーい、ルチル。しみじみしてないで、戻ってこい!」
「カーネ!?」
「またかよ」
またもや目の前にカーネの逆さまの顔が現れたので、反射的に拳を顔面にたたきつけようとする。若干あきれながら拳を片手で受け止め、ぶつぶつと自分に自己暗示をかけているリアンの姿を横目で見る。うつろな瞳で宙を見つめてぶつぶつと呟く姿は、正直言って怖い。
「おいリアン。戻ってこーい」
「……あぁ、カーネか。どこまで行っていたんだ」
「ちょっと様子を見にな。てかルチル」
「なに?」
涙目でカーネを見返せば、驚かせて悪いと頭をなでられ平気と返す。そしてカーネはさらりと重大なことを告げてくれた。
「お前やっぱ重大なことに巻き込まれるわ。さっき逃げてたやつが、お前の魔力を追っかけてきたみたいでな。もう少しで遭遇するぜ」
ルチルは、何を言われたかが分からなかった。リアンも同様だ。カーネは、地面に降りると気まずそうな表情で道の先を見るように、視線で促す。
確かにすごい勢いで駆けてきている二人組がいた。ルチルは反射的に抜刀し、カーネの力を借りて炎を二人組に向けようとしたが、
「やめなさい」
カーネに羽交い絞めにされて、それは未遂に終わった。それでもじたばたと嫌がるように暴れるルチルにぼぞりとリアンが言った。
「私があの二人を焼き殺してこようか?」
「……それはだめ」
掌に炎を出現させて素晴らしい笑顔で言ってくれたので暴れるのをやめておとなしくなるルチル。今度はリアンを止めるために、対を羽交い絞めにするカーネ。さりげなくヘッドロックをかけているのは気のせいではないだろう。
「見つけたー!」
「……はい?」
「助けてください!」
「いやです」
助けてくれと肩で息をしながらいった男性に、間髪いれずに拒絶の言葉を放つルチル。その鮮やかさにあきれを通り越して感動を覚える二人。
リアンは思わず拍手そうになったが、その前にカーネのことを蹴り飛ばして拘束を解く。
「な、なんでですか?」
「いきなり助けてくださいと言われても、助けてあげる義理がどこにあるんですか?」
「良い人は、助けてくれますよ!」
「良い人じゃなかったらどうするんですか?」
相手の言葉に間髪いれずに言葉を返して、言外に面倒事は関わりたくないと言っているルチル。その様子を見ていた女性のほうが彼らのほうに近づいてきた。
「あの助けてくれませんか?」
「断る」
「お礼ならいくらでもしますから」
「生憎、面倒事には巻き込まれたくないからな」
カーネもリアンも嫌そうな顔をしながら、女性に断りの言葉を告げる。リアンは相変わらずの無表情で、カーネは何とも言えない微笑を浮かべながらも、関わるなと言わんばかりに冷たい空気をまとう。
ルチルとの舌戦に負けたらしい男性が、ふらふらと女性のほうにやってきてがっくりと肩を落とす。
女性は男性に寄り添い、二人は涙ぐみ始める。
「あぁ、僕たちはどうすればいいんだろう」
「しっかりして、大丈夫よ。きっと誰かが私たちを助けてくれるわ」
「そうだね」
「そうよ」
誰かといいながら、しっかりとこちらを見ている二人。ルチルは二人のほうに歩み寄るとげんなりした表情を向ける。舌戦それなりに体力を消耗したらしく、お疲れ様と言わんばかりにぽんと肩に手を置く。
「なんか芝居臭くない」
「臭いというよりも、芝居だろ」
「大根役者だな」
さらに大きな声を出してわめき始める二人。助からないやら、命がなくなるなどと本当に芝居臭い言葉だ。無視してルチルが一歩踏み出した時に誰かの声が聞こえた。
『俺に会いたいならば、そいつらのお願いってやつを聞いてやれ』
はっとして周囲を見渡すが誰もいない。リアンとカーネはきょとんとした顔できょろきょろと周囲を見回しているルチルのことを見ている。
もしかしてとルチルは考え、眉間に深い皺を刻みながら嫌そうな表情で二人組に近づくと苦々しい声音を発する。
「話だけは聞く」
「本当ですか!?」
「やっぱ芝居だったな」
歓喜に満ちた声を上げる二人を見てぼそりと突っ込むリアン。その眼差しは恐ろしいほどに冷えている。
ゆっくりとした動作で片手を持ち上げると、魔力を掌に集め始める。ルチルが何を考えて聞く気になったのかはわからないが、彼を危険にさらす真似はしたくないので早めに危険な芽は摘み取っておくべきだと考えたのだ。
それに気づいたカーネが横から魔力を集中さている右手をつかむ。
邪魔をするなと言いたげな眼で見られても、どこ吹く風でリアンが手のひらに集中させた魔力を吸収してしまう。
「なにをする」
「落ち着けよ。俺らが今あいつらを消したって、何の得にもならない」
「我々の視界から消えて、イライラが収まるという得がある」
「本当に短気だな、お前は。ルチルがそれを是とすると思うか? それに何か考えがあって歩み寄ったんだろう、ならばあいつの意思を尊重してやるべきだ」
ルチルの名前を出され、黙り込む。対するルチルといえば、怒涛のように話される自分たちを追ってきた理由を、興味なさそうな雰囲気で聞いていた。
「一体何が」
「さてな。あいつなりの考えがあるんだろ、それにちまちま情報を集めていかないと。宝石がどこにあるかを調べるのに、いちいち記憶を覗くのもめんどくさい」
「仕方ない」
むすっとした表情のリアンを見て苦笑し全身を外套で隠したルチルを見る。魔力は確かに漏れ出しているがそれでも黒とは分からない。適当に目を付けただけなのか、それとも何か他に理由があるのか。カーネはそれを考え始める。
「警戒はしたほうが良いな」
「当たり前だ」
珍しく真剣な表情で硬い声音を吐き出したカーネに、憮然とした表情で同意するリアン。
とある理由で話を聞いているルチルは軽くため息を吐き、長々と続く理由という名の足止めが早く終わらないかなとぼんやりと考えたのだった。




