第十四話 風の街へ
「うるさい」
眉間にしわを寄せたルチルがつぶやき、それに同意するようにリアンがうなずく。
ルチルは、リアンが首に巻いていたストールで頭を覆い、髪を隠すようにしている。髪を隠すようなものではないので、艶やかな黒髪がこぼれてはいるが。
「追手は来ていないようだが、油断はできないな。ルチル、気分は悪くないか?」
「大丈夫だよ」
髪を隠しているストールを一度ほどいて巻き直してやりながらリアンは、やれやれと言わんばかりにため息を吐く。
それでもルチルに対するいたわりの言葉は忘れずに欠ける、そんなリアンに対して苦笑をしつつもうれしそうに返事をする。
「カーネはどこまで行ったんだ?」
「さぁてな。宝石を換金して、お前の容姿を隠せる外套を買いに行ったんだろうがな。どうせ、へんな連中に絡まれているんだろう」
ルチルの顔は表には割れてはいないが、さらりと揺れる漆黒の髪に焼けたことのないような白い肌、宝石のように輝く深紅の瞳はかなり目立つ。さらに言えば所々に出る王族の気品に、少々世間知らずなところのあるあどけない表情などもそっちの道に深く通じている者にとっては格好の獲物だ。
なのでカーネが宝石を換金しに行き、フードつきの長い外套を買いに行っているのだ。それでも手を出そうとそれとなく近づいてくるものは、リアンの絶対零度の視線に撃退されている。
「こんなことをしていると、何かに巻き込まれそうな予感が」
「何かとは?」
「例えば、誰かが助けてくれってこっちに来たり……」
ルチルはカーネを探すように視線をさまよわせていたが、一点を見るとすぐさま視線をそらし言葉を途切れさせる。
不思議そうにしながらその視線をたどり、リアンもまた視線をそらす。さらにルチルの目の前に仁王立ちし自分の体で小柄な体を隠す。
「ルチル、お前そういう不吉なことはあまり口にするな」
「うん」
「現実になる」
「そだね」
二人とばっちり視線が合った二人組の男女が、こちらへ猛スピードで駆けてきたのだ。
リアンはルチルの手をとると、さりげなくその場から離れる。いかにも和やかに歩きだし始めましたという雰囲気を醸し出しながら。
軽く目を細めると自分とカーネにしかできない技を使用する。
『カーネ』
『どうした?』
『厄介なことに巻き込まれないために、上空にいるぞ』
『わかった』
カーネに心の中で、呼びかけると角を急いで曲がりルチルのことを抱えあげた。
驚いてリアンと名を呼ぶが、そんなことにかまってはいられないので地面を強く蹴ると、かなりの速度で上空に舞い上がる。
ひゅうひゅうと耳元で風が鳴りぐらぐらする視界を安定させるために、一度目を閉じる。
「ここまでくれば平気か?」
「リアン。飛ぶなら、飛ぶと言ってくれ」
「すまん」
落ちないようにしがみつきながら、静かな声で不満を漏らす。それに謝罪すると、一般人よりも鋭敏な聴力で駆けてきた二人組が、なんといっているかを注意深く聞く。
「あの人たちだったら助けてくれそうだったのに」
「まだ、そんなに遠くへ入っていないはずだよ。あんな、見ただけで力が分かる人たちを見逃せるはずがない」
彼は思わず唇の端をひきつらせ、ルチルのことを落としかけた。あわててルチルはしがみつき、がっくりと脱力しているリアンの頬を抗議するようにつねる。
瞼を開いて現れた深紅の瞳には苛立ちが宿っているのを見て苦笑する。
「リ~ア~ン~」
「すまん。いや、厄介な奴らに目を付けられたと思って」
「はっ?」
「どういうことだよ」
「うわっ!?」
目の前に逆さまのカーネの顔がいきなり現れ、本気で驚いたルチルは反射的に殴りかかる。声がうるさいので片手でルチルの口を押さえ、もう片方の手で顔にぶつかる寸前のルチルの拳を受け止める。
意外と強い衝撃にそれが顔にあたったらと思いながら、若干顔を青くしつつリアンに視線を向ける。
「どういうことかって聞いてんだろ」
「あの二人組」
「あん?」
「私たちの力を見抜いたようだ」
「マジか。こりゃ早々に風の街にはいったほうがよさそうだな」
ベリッとカーネの手を口から引きはがし、風の街とはどこのことかと問う。
二人はそろって、西の方向に腕を伸ばす。見やすいようにとリアンが方向転換をしてくれたので、じっとその方向に目を凝らす。
遠いところを見るように、目を細めれば大きな風車のようなものが見えた。
さらに、なにやら強い魔力が立ち上っているようにも見える。それはリアンとカーネと同じものだ。
「魔力?」
「見えたか。あそこには風の魔王がいる。その魔力が風に乗って俺たちに伝わる」
「カーネ、なんで遅かった?」
「絡まれたから、ぼこってきた」
だろうと思ったと呆れたように言い、宙を歩きだす。カーネも逆さまのまま歩きだし、ルチルは何が何だか分からないままリアンに抱えられたまま、きょとんとする。
そんなルチルの頭をくしゃりとカーネはなで、そんな彼に話しかける。
「なぁ、カーネ。まさかと思うが」
「そのまさか、このまま風の街に向かう」
「おかしくないか? この状況」
「すでに不可視の結界を張ったから平気だ」
不可視の結界? と意味がわからないというようにつぶやけば、姿を見せなくする透明な壁だとリアンから答えが返ってくる。
リアンはゆっくりとルチルを下ろし、彼は足の下に固い見えない地面のようなものがあるのを感じた。
私から離れるなよ、と釘を刺されうなずくと眼下に広がる街を見つめる。
俺はこうして外に出ることがほとんどできなかったな、とぼんやりと思う。体が成長し、実力もつき祖父に教えられた抜け道を通って、初めて外へ出たときのあの感動を思い出し苦笑する。
生まれ育った城を出て、既に一週間が立った。ほとんどカーネとリアン、双炎の魔王に守られていたが彼は外の空気を吸い道を歩き、時折早く離れるためという言い分で先ほどのように抱えられ、宙を飛んだこともあった。
そして、新たなる魔王のもとを目指し風の街へと向かっている。
「でも、いやな予感がするんだよな」
ルチルのつぶやきは風にさらわれ、二人の耳には届かなかった。
だが、彼のつぶやきは風の街に到達するや否やあたってしまうのであった。
そんなんことを、のんびりと歩いているルチルはまったくもって知らない。




