第十三話 決別
「さてと、どうするんだ?」
「挨拶はちゃんとしていかないとな」
「あんな奴らにか、めんどくさい」
「ちゃんと、決別していかないといけないぞー。ほれ、ちゃっちゃっと行く」
暗い廊下に出た三人は、次にどうするかを話し合う。濃密な血の匂いを漂わせている、何とも物騒な三人組だが。
二人は挨拶をしていけというが、ルチルは渋る。そんなルチルの腕をカーネは引っ張り、謁見の間に連れていく。リアンは少し悩んだが、反対の腕をつかんで引っ張っていく。
「む~」
「はいはい、唇尖らせるな。不満そうな顔をするな、さっさと終わらせて、さくっとここから出る。……なんだよ?」
むすっとした表情のルチルをなだめ、さっさとこの城から出て行きたいらしいカーネは、何かを思ったらしいリアンに背中をつっつかれる。
対するリアンは顎に手を当てて、考え込みながら何かを耳打ちする。
それを聞いた後、彼も少し悩むとルチルに耳打ちする。
ルチルは瞬きをした後、少し眉間にしわを寄せ悩んだ後リアンの提案に頷く。
その場に立ち止るりしゃがみこむと、ぼそぼそと打ち合わせをしていく。カーネは楽しそうだが、リアンはルチルに対する精神的なダメージを心配して渋い顔だ。
当の本人はというとケロリした顔で、リアンの案にうなずく。
「じゃあ、俺が時間稼ぎをすればいいんだな」
「あぁ。そうすれば、謁見の間で魔法が使える」
「んで、恐怖を植えつけて出て行く。楽しいねぇ」
「ルチル、魔力を少し分けてくれ」
「私はあまりお勧めしない案なのだが、仕方ないか」
「大丈夫だよ」
ものすごく楽しそうに笑っているカーネと、えらく心配そうな表情をしているリアンの対照的な感情に若干引きながら両手でそれぞれの片手をつかむ。
眼を閉じて、呼吸をするように簡単に双炎の魔王に黒の魔力を送り込む。
「よし。これだけあれば十分」
「自分の魔力を使わないのか?」
「使ってもいいのだが、封印が解かれてまだ少ししか経っていない。魔法が暴走してもいいのならば、使うが」
「結構です」
リアンがとても楽しそうな笑みを浮かべてくれたので、カーネのもとに行き、リアンが怖いとつぶやく。
カーネはそんなルチルの様子に苦笑しつつ、対を視線だけでなだめる。
怒りをぶつけたい気はわかるが、それはもう少し先だという意味を込めて殺気も飛ばす。
「そうそう、ルチル。お前魔法使えないって言ってただろ」
「そうだが?」
「俺たちの魔力を感じ取れるか?」
意味がわからずに眉間にしわを寄せれば、カーネはうーんと軽く悩むと全身から何やら赤い波動のようなもの放出させる。封印を解いたときにも見たものだ。
「見えるか?」
「見える」
「これが魔力な」
「それで?」
「自分のほうにこれをもってけ」
何言ってんだって顔をすればいいからやれと言われる。どうすればいいかわからないと告げれば、リアンが魔法を吸収するようにすればいいと言ってきた。
言われたとおりにカーネの魔力に意識を集中させ自分の手元に来るように手まねきをする。すると赤い波動はまるで生き物のようにルチルの掌に集まる。赤く輝く球体が自分の掌の数センチ上でフヨフヨと浮いている。
「それで炎を生み出すイメージをしてみろ」
「炎?」
「やってみろ」
深呼吸して炎が手のひらで燃え盛っているイメージをする。イメージすると同時に球体を中心として黒い炎が燃え上がった。
ぎょっとして手を振ろうとする寸前のところでリアンが手首を抑え、カーネが吸収して消す。
「えっ?」
「どうやら私たちの魔力を使えば魔法が使えるようだな」
「黒かったけど」
「お前の場合は仕方ないんだよ。自分の魔力で使えば色は自由に変えられるけど、俺たちのを一回吸収して使うからなぁ」
掌を閉じたり開いたりしてボケっとしているルチルの額をつくと、リアンは腕組みをする。しっかりしろ、と言わんばかりにつつかれてよろめいたルチルは頭を振って意識をはっきりさせる。
「めんどくさいから説明は省略するが、離れていても私たちの魔力は感じられるか?」
「さっきの要領で魔力を吸収して、念じれば好きなように魔法が使える」
「ただし、私たちの魔力の場合は炎しか生み出せないからな」
「他のを使いたい場合は?」
「お前自身が使えるようになるか、他の魔王をさっさと起して契約するかだな」
わかったかと同時に言われて縦に首を振る。いや、振るしかなった。二人はまた説明するのがめんどくさいから首を横に振るなよと言わんばかりのオーラを発していたからである。
「んじゃ、俺たちは」
「先に行っているぞ、ルチル無茶はするなよ」
リアンに念押しをされ苦笑しながら頷けば、二人は姿を消す。気配が自分のそばを離れ、先に謁見の間に向かったのを感じたルチルは、自分の後ろを睨みつける。
なにも出てこない。何か出てきても放っておくことにするかと考えると、廊下の壁にもたれかかってボーっとする。
リアンの案には少々時間がかかり、ルチルは彼らが謁見の間に入るまで待っていなければならないのだ。ふわぁとあくびをして時が過ぎるのを待つ。
「ん?」
ぼーっとしていると少し離れた場所で感じていたリアンの魔力が高まったのを感じた。それが合図だというのを事前に教えられていたので、謁見の間に向かう。
「さっさと決別をして、外に出よう」
楽しそうにつぶやくと、低い笑声をもらしながら謁見の間までの廊下をゆっくりと歩いていった。
「さてと。普通に開けるだけでは、おもしろくないな」
謁見の間に入るための、両開きの高価な装飾のされた扉の前でルチルは独りごちる。
どうするかと数分悩んでいる間に、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。その声を聞いていると、怒りが込み上げてきた。抑えきれない黒い炎のような怒りが彼の瞳に灯る。
蹴り開けようか、扉を切り刻んで開けようか迷っていたが、ふと魔法の存在を思い出す。
「リアン。力を貸りるよ」
リアンの名を呼ぶと、右手には鞘から抜いた刀を持ち、左手は何かを掲げるように胸の前に持ってくる。
深呼吸をし、謁見の間にいるらしいリアンの魔力の波動をたどり吸収する。
吸収した魔力を左掌に集めると、それが燃え盛る黒炎になるようにイメージする。ぼっという音を立てて掌に黒炎が激しく燃え盛る。
それを扉に放つようにすれば、炎は掌を離れゴッという音を立てて燃え移った。扉が黒い炎に包まれ、中にいた元家族が悲鳴を上げる。
ルチルは、扉から一歩近づくと右手に持っていた剣を扉に貫通させ、そのまま斜めに切断すると蹴り開ける。
燃えたままの扉は蹴りの衝撃と切り裂かれたことによって、重い音を立てながら倒れる。
「こんばんは。現国王、現王妃、第一王子、第一王女」
黒い炎に包まれ燃えたままの扉をゆっくりと踏みつけながら、右手に剣を持ち謁見の間に入る。黒い炎は彼の体を焼くことはない、彼の感情を表すようにさらに燃え上がる。
彼の耳には二人の楽しそうな笑い声が聞こえた。冷たく彼の元家族を嘲るような笑いが。
「な、何事だ」
「お別れを言いに来たんですよ」
「別れだと?」
真っ青になりながらも王の威厳のためか、気丈に問うてくる現国王に冷たい笑みを向ける。
コートのポケットから王位を示すブローチを取り出すと、床にたたきつけ、さらに剣で突き刺し粉々にする。さらにそれを二人が炎を放ち消し炭にする。
「私はこの国から出ていきます」
「何を馬鹿なことを言っている!」
「政略結婚の鍵がいなくなることが、ずいぶんと心配のご様子で。ですが、そんなことよりも、もっとやらなくてはいけないことがあるでしょうね」
ちらりと壁際に控えている魔術師たちのほうに視線を向ける。
その視線につられるように彼らが見れば、魔術師たちのフードがはだけ干からびていく途中だった。
「くそまずい魔力だな。うぇ、胸焼けしそう」
「しょうがないだろう。これもルチルのためだ」
「そうだけどよ」
「魔力を吸収されると、あんなふうになるのか」
姿を見せないカーネとリアンの会話を聞きながら、興味深そうにつぶやくルチル。その瞳には慈悲の欠片もない。ただ好奇心によって輝くだけである。
一方、彼の元家族は何が起こっているか分からずに凍りついている。
そんな姿を見て、笑いが耐えられなくなったルチルは大声で笑い出す。美しくも冷たい哄笑。それは謁見の間中にわんわんと響き渡る。
「ルチル、なんか楽しそうだな」
「いいことだ。ただもう少し」
「もう少し?」
「嘲るように笑ってほしいものだな」
「おい! それはルチルのキャラじゃねーよ」
場の空気をぶち壊す会話を繰り広げながら二人はゆっくりと姿を見せる。カーネは両手に、リアンは片手に干からびた魔術師だったものをぶら下げている。
彼らは魔力をすべて吸収すると現国王たちの前に投げつける。その有様にひっという声が漏れ、一番幼い第一王女は泣きだす。
「さてと、お別れは済んだかー?」
「とりあえずな」
「あれは別れではないだろう」
カーネとルチルの言葉に、リアンは突っ込む。双炎の魔王は無の魔王の左右に控えると嘲笑を浮かべる。カーネはにやりと、リアンはにこりとした笑みだが冷え冷えとした殺気が伝わってきて小さく寒いとつぶやいてしまった。
「貴様ら何者だ!」
「魔王ですよ。古の双炎の魔王。カーネとリアン。俺の新たな家族です」
「ま、魔王だと」
リアンがうるさいというように、炎球を掌から打ち出しすぐ後ろの国旗を燃やす。メラメラと燃え上がる国旗から熱気が伝わり、転がるように玉座から降りてきて床に這いつくばる。
その光景を見ていたカーネは、まるで許しを請うかのように這いつくばっているようにも見える。
「馬鹿な。この場では魔法は」
「バーカ。その魔法を遮断する奴らを殺しちまえば、意味ないだろ」
「何を言っても無駄だよ、カーネ。ぬるま湯につかっている奴らには何を言っても、わからない」
ルチルは、魔力を吸収され干からびて死んでいる魔術師たちを見ながら、呆れたように言う。
リアンが思いついたのは謁見の間で魔法を使うこと。兵士が報告で謁見の間に入るのと同時に入り中で待機しつつルチルを呼ぶ。彼が少しの時間を稼いでいる間に魔術師を殺す。
そして魔法を使い、さらに恐怖をあおると彼は言い二人はそれに同意したのだ。
ルチルは魔王だという証拠がわりに、コートのポケットから二人が封じれていた宝石を取り出す。王が盗んだのかという前に、リアンが嘲るように言い放つ。
「貴様らがちゃんと管理していなかったからだろうが。私たちは封じられていても、強い魔力に惹かれる。それが黒の魔力であればなおさらだ」
「黒だと……」
二人は冷たい笑みを浮かべ、低い声でおかしくてたまらないと、いわんばかりに笑い出す。なんか寒気が増したなぁと、場違いなことを考える。
「愚かだな。世界を支配できる力の持ち主を」
「自ら他の場所に移すなんて。ルチルの力をきちんと制御できれば」
「私たちさえも、操れるのに」
「そうなのか?」
はじめて知った事実に、彼らはそれぞれ見ればカーネがあとで教えてやると優しい声でいい、ルチルの元家族のほうを向くと冷たい微笑を浮かべる。
彼の一歩手前に立っているので、どんな顔をしているかはわからない。それはまだルチルに見せていない魔王の顔だった。
「だが、ルチルは私たちとともに世界に復讐に行く。残念だったな」
「そんな……」
「何を言われても、無理やりでも俺たちは連れて行くからな」
「この国にとどまる気はない」
あっそうと二人は同時につぶやくと、片手に業火を生み出すと床や壁にたたきつける。じわじわと燃え広がり始める業火。
悲鳴を上げて火を消そうとするが、魔王の炎をそう簡単に消せるはずもない。
「さようなら、俺の元家族。俺は魔王たちと旅をする」
さっさと謁見の間を後にするルチル。その姿が見えなくなってから、双炎の魔王は口を開く。
「ひとつ言っておく。連れ戻そうなんて考えるなよ」
「あの子は私たちの家族だ。家族を害するものには」
残酷な笑みを浮かべて言い放った。射すくめられたように
「「死だ」」
二人はおまけだというように、もう一度業火を発生させると周囲に投げつけ、ルチルのもとに急いだ。
「遅かったな」
二人が彼のそばに行き見たものは、真っ赤に濡れた床と転がる死体。
唖然としていると、ルチルはうんざりした表情で言い放った。
「俺が出ていくことを知らないからなこいつらは。また命を狙ってきた」
「そうか」
「だろうな」
二人は後片付けというように、炎を放つ。カーネはリアンが嫌にきれいな微笑を浮かべていることに対して、ひやひやしてはいるが。
ルチルは刃についた血を振って落とすと、鞘に納める。
「カーネ、ルチルを連れて先にいっていろ」
「ん? お前はどうすんだ?」
「ルチルが使っていたものを、処分してきたほうがいいだろう」
それだけ言うと姿を消す。ぽかんとしてそれを見ていたルチルの体を抱き上げると、カーネは窓を蹴破り割れた窓から宙に飛び出す。
リアンの処分はルチルが使用していたものが対象ではなく、他の物だということに気付いているのでそんな凄惨な場所はさすがに見せられない。
「ずいぶん燃えているな」
「だな」
少し離れたところで止まると、盛大に燃えている城の姿が見えた。見ている中で、また炎が一つの窓から噴き出す。
「暴れてるね」
「暴れてるな」
さらに今度は二つほど炎が噴出す、カーネは見なかったことにするとルチルを見る。片腕に座らせるようにして抱えているので、ルチルのどこか幼い表情を見上げるようになる。
「さて、ルチル」
「なんだ?」
「これから先は困難なこともあるだろうが、ついてこれるよな」
「大丈夫だ」
その問いかけは確認のようにルチルは感じられたが、彼はしっかりとうなずいた。
それを受け嬉しそうに笑うカーネ。ほのぼのとした空気の中、血の臭いをまとったリアンが戻ってきた。
「もういいぞ」
「ずいぶんと燃やしてきたな」
「いろいろとな」
リアンは多くは語らずに口を閉じる。
そんな対の様子に慣れているので、カーネは苦笑しながら行こうぜと促す。
訳がわからずにきょとんしているルチルに話しかけるリアン。
「ルチル。歩いていくか?」
「いや、いい。早くここを離れたい」
「ならば飛んで行こう」
二人が宙を滑るように飛び始め、カーネに抱えられたルチルは燃え盛っている生まれた城を見つめる。
瞼を閉じて、思いを振り切ると冷たい微笑を浮かべた。
「最初はどこに行くんだ?」
「風の魔王の封印が近い。そこにいく」
「そうか」
三人の魔王を開放し、世界に復讐する旅は始まった。
だが、ルチルは知らない。
自分の本当の力を、自分がどんな存在なのかを。
双炎の魔王はただ黙する。真実を知るべき時はいまだ先であるから。
静炎の守護者と豪炎の傍観者を仲間として、無垢なる王は旅を始める。